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血路の先の魔人達 18

「大丈夫、ですか」


 アサメは心配そうな顔でゴクロウを見上げる。

 顔面が血だらけだ。魔女の一撃を至近距離で喰らって吹き飛び、気を失いながら難着陸して散々転げ回った直後。

 べっ、と血を吐き捨てたゴクロウは全身を軽く動かせる程度に回復。異常はなさそうである。

 とりあえずな、と首を鳴らしながらようやく目が合った。ぎょっと金眼を見開いた。


「ってなんだ、アサメ。お前のその格好は。またか」


 輝く金髪は羊毛の如き質感。

 琥珀(こはく)色の瞳はとろみを含んでいて、蜂蜜色に輝いても見える。

 褐色肌を白く塗ればロスヴァーナに似寄るだろうか。怪訝(けげん)な顔つきから柳眉(りゅうび)を逆立てて変わるアサメの冷艶な容姿は、魔女とは別種の美妙を(かも)していた。


「またかって何ですか。好きでこうなったんじゃないです」


 悪い悪いと悪びれもせずに笑って誤魔化(ごまか)すゴクロウ。ややぎこちないものの、屋上の縁へと歩いていく。

 脚を引っ張るまいとアサメも立ち上がった。

 がたつく膝に気合を入れる。負けていられない。転がる刀を拾い、引っ張る。まだ繋がったままの頑強な銀糸に感謝した。たったの三本()り合わせただけでこの強度。ゴクロウとアサメの二人分の体重を支えても千切れずに済んだ。

 張り詰めた銀糸の先、貯水槽に突き立つ刀を引き抜く。ちょろちょろと溢れ出た水が屋上の縁に当たって跳ね返る。生活用水らしく、見た目は清潔そのもの。


「金ぴか魔女め。本気で天国が見えかけたじゃねえか。最近の綺麗な姉ちゃんってのはどうしてどいつもこいつもおっかねえのやら」


 ゴクロウは悪態なのかよくわからないことを呟いて縁に片足を上げて柵から身を乗り出すと街道を見下す。

 溢れる水を見上げると勝手次第と頭から水を浴び、口に含んでは喉を潤して血を流す。戦々恐々たる感情をも(すす)ぎ落とし、気持ちを切り替えた。

 アサメも隣から顔を出す。


「何なんですか、あれは。人間業とは思えませんが」


 視線の先は、冷気を凝縮した白(もや)の巨腕。

 ゴクロウとアサメを殴り上げたそれはまだ現出したまま、その異様さを知らしめていた。


「感応術、とは違うのかもな。周りの空気を精素を媒介とした術で瞬間的に凝固、爆発させた、のか。今の俺達じゃ、それこそ真身化(シンカ)でもすりゃ真似できるかもしれねえ、が」


 魔女ロスヴァーナと闇鎧ガルセリオンの二人は警兵隊と死骸人が壮絶な攻防を繰り広げている戦闘領域まで悠々と闊歩(かっぽ)していく。


「追って、来ませんね」


 隣に立ったアサメの呟きにゴクロウが頷いて返す。


「ああ、これが奴らの答えなんだろうよ。気に食わないからとりあえず追っ払った。足元にも及ばねえ煩い小蝿(おれたち)をな。どこかへ飛んでいけば上々、くたばれば尚良しってな」


 侮辱的だ。だが同感せざるを得ないとアサメは静かに拳を握り込む。

 確かにロスヴァーナは怒りを滲ませていた。しかしながら殺気らしい気配は微塵も感じ取れなかった。雑魚を捻り潰すのに殺意など要らないという意志は、今思えば確かにその通りだ。

 虫けら同然の扱いを受けたのと同時に。


「手加減して、これほどの威力ですか」


 震撼する。

 これが世界に名を連ねる人間の神威。立つべくして立つ者の覇気。今代の最強者、その一角。

 去っていく魔人の後ろ姿、歩んできた修羅の道に信じられない数の頭蓋が転がっているかのような恐ろしい錯覚さえ覚えた。


「まともに相手できるまで、まだまだ時間が掛かるってわけだ」


 それをゴクロウは牙を向いて笑っていた。充血したままの金眼だけは鋭い。あしらわれたのがよほど悔しいとみた。


「勘弁してくださいよ」


 アサメは呆れるばかりである。だが背中に伸し掛かっていた重圧が、少しだけ軽くなった気がした。

 少し緩んだ空気を察したゴクロウは今度こそにやりと笑む。


最強喰らい(アヴァミネーター)の名が廃るだろ」

「また言う。もうあの時の私じゃありませんし、あんなの相手にしたら命がいくつあっても足りませんから」


 不敵な笑みのまま、ゴクロウは顎を摩った。


「今はな。主上(オーダー)とかいう最上級に狂った野郎の元へ行くまで、奴ら以上の実力をつけなきゃならねえんだ。いずれ拳を合わせる時が来る」

 

 本気なのだろう。やってのけるのだろう。

 だが主上(オーダー)という言葉に眉を(ひそ)めたアサメは不機嫌なまま六方郭を指した。思い出したくもないと強引に話の筋を切り替える。


性悪女(ナガサ)からだいぶ離れました。急ぎましょう」


 階下から(あわ)ただしい足音。

 都医院の屋上だ。改めて見回せば、せっかく綺麗に洗って干していた洗濯物が血塗れの砂埃だらけになって散乱していた。手荒な手段に出る者は居ないだろうが、これ以上、余計な害意を増やすのは面倒である。

 アサメは返事を待たずにゴクロウの左側へと滑り込んだ。

 眼下に伸びる路地の幅はそう広くなく、隣の建物移るだけならば程良い準備運動になるだろう。ほんの僅かな休息のおかげで筋力も疲労も回復しつつあった。

 まだまだ跳べる。全身に気力を(たぎ)らせていく。


「また忍者ごっこだ」

「まったく。一回くらい舌噛んでおいた方がいいと思いますよ。痛い思いをしないと」

「おいおいアサメ、俺から舌奪ったらただの筋肉盛り盛」


 言い切る前に跳躍。

 背後から何者かの叫びが聞こえて来たが、それも風圧によってすぐに掻き消された。

 

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