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血路の先の魔人達 16

 脚に渾身の力を込め、爪先で蹴る。

 足蹴にされた馬車は大きく揺れてひしゃげ、御者は悲鳴。渋滞の上を飛魚(トビウオ)の如く翔んで駆け抜けるアサメはみるみると敵の背後へ接近していく。

 抜刀。

 二刀流の構え、風を斬りながら跳んだ。

 剣鬼の気配を察知した殺戮手ら二名が同時に振り向く。宙を舞うアサメの様はまるで刃を携えた巨大な(ワシ)。視認した頃にはもう手遅れである。

 交差する斬撃が一騎へと強襲。


「悪党が。頭が高いッ」


 虚空からの一撃。

 重く甲高い剣戟(けんげき)音が殺戮手を押し退ける。着地と跳躍は同時。続く二の太刀は馬脚へ。

 地を穿つ様なアサメの足捌き(ステップ)。落馬していく殺戮手の腕と首を三の太刀で刎ね飛ばす。後方へ転げ跳んでいく血と肉塊。

 これも兵眼流。先の型。転舟脚(てんせんきゃく)二天蓮火(にてんれんか)


 それは歩法と二刀流剣の合わせ技。鋭く弾く足捌き(ステップ)で常に滞空を意識し、攻撃的な剣術で圧倒する。不安定な足場においても優位性を保つ剣鬼の奥義。


(あと一人)


 鋼の瞳は逃さない。

 一際大きな馬車の影に隠れたもう一騎を追う。

 車輪の隙間から逃げていく馬の脚を捉え、移動先を予測。高所を取って追随すべく跳躍。

 随分と豪奢(ごうしゃ)な大馬車の屋根に一足で飛び乗り、標的の位置を完全に捉えた。

 追跡の一歩を踏み込もうとした、その時だった。

 爆ぜた。

 足元の馬車が。


(なッ)


 爆圧と衝撃。

 脳天へと突き抜ける圧迫力と完全な不意打ちにアサメの痩躯は()す術なく、軽々と中空へ放り出された。

 巻き添えを喰らって転倒した殺戮手など一気に追い抜かし、滅茶苦茶に乱回転しながらゴクロウよりも前方へと吹き飛んでいく。

 砲弾と化したアサメは姿勢制御が不可能のまま、渋滞の列、馬車の後部へと激突、貫通。

 木製の後部扉を木っ端微塵に破壊し、車内へ転がり込んだ。


「がは、ぐ、う」


 漂白される意識。

 内外共に深刻な損傷。

 半身の強靭な肉体とはいえ、痛みに耐性のないアサメにとっては(うずくま)る以外の行動は取れなかった。

 全身の穴という穴から体液が漏れ出す感覚。

 肉体に響く危急事態に脳が全身を弛緩(しかん)させていた。幸いなのは牧草を大量に積んだ車内だった事。もしも人や別の物品が搭乗、搭載されていたとしたら、最悪の場合は死が待ち受けていた。

 咳き込む。鮮やかな血の吐瀉(としゃ)と口に入った草を吐き出しながら、ガタガタと震える。寝返りすらままならない。思考が追いつかない。

 新手の攻撃か。何者か。

 生きているのが不思議なほどだった。

 そしてこの止まらない吐き気は何事か。

 この震えは、一体何故か。


「アサメッ」


 未だ焦点の定まらない視界外からゴクロウの叫び。


「アサメ、無事かッ」


 車体を大きく揺らして飛び移ってきたゴクロウに身体を支えられる。がらんがらんと手から溢れる二振りの刀。どうやらまだ手放していなかったらしいと今更気付く。


「大、丈夫、です。まだ、生きてま、す」


 アサメは絶え絶えになりながらも応じる。

 太い腕に抱き支えられたまま、鋼の瞳は爆心地を見つめる。

 白く深く立ち込める霧。

 微細な氷の粒子が、陽光を拡散して場違いなほど美しく煌めいていた。これが爆発の正体だとでもいうのか。まるで結びつかない。

 白霧は次第と晴れていく。

 豪奢(ごうしゃ)な大馬車は上部及び側面は謎の爆発によって乱暴に取り払われ、華美だったであろう内装をきな臭い外気に(さら)されていた。


(なんなの、あいつらは)


 薄霧に立つ二つの影。

 計り知れない化け物を、見つけてしまった。

 いや、化け物というにはあまりにも神々しい。

 一人は女だ。

 黄金ですら見劣りしそうな金髪をふわふわと(なび)かせた雪肌の女は殆ど裸体に近い。細身だが筋肉質。涼しげで妖艶な踊り子とでもいうべきか。こちらに背を向ける彼女は遠目でも分かるほどの苛立ちで満ちていた。

 その傍に立つは、夜空の煌めきと同等の全身鎧(フルプレート)

 闇艶の巨軀は三(メートル)近く、重厚な装甲は牛か山羊(ヤギ)を模しており、垂れ下がる捻れた角が目を引く。そして石碑の如き黒褐色の巨剣をあろうことか、片手で軽々と担いでいた。

 吐き気の正体を鎧の奥に見出す。

 信じ難い武威。そして虚無の意識。人に近い存在が中に入っているのだろうが、まるで感情が読めない。

 一瞬で思い知らされた。


(絶対、相手にしちゃいけない。瞬殺される)


 だからこそアサメは化け物と評価していた。

 化け物から、いや、魔人から目を離せずにいる。どこかで見覚えがある。初見に違いないが、既視感が拭えない。


(そうか)


 アサメが思い出したのと、豪奢な金髪の女が全方位を舐めるようにして身動いだのはほぼ同時だった。

 寒気を覚える美貌、虎の如き琥珀色の瞳は獰猛。

 そして。


「さっきからゴチャゴチャと、煩くて眠れないじゃねえのさ、このボケチンピラ共があああああッッ」


 質量を伴った激怒の咆哮が轟いた。

 路面に放射状の亀裂が走る。冗談でもなんでもない。その衝撃波が木っ端微塵を全方位に撒き散らす。有り得ない。ただの人間が放てる声量なのか。

 震えているのはアサメだけではなかった。

 支えるゴクロウの腕が小刻みに震えている。あまりの戦意に身体が強張っていた。

 ゴクロウは恐る恐ると喉奥から声音を絞り出す。


「あれが世界十六位の化け物か。六仁(りくじん)協定のロスヴァーナと、ガルセリオン」


 止まらない混沌が、眠れる獅子を叩き起こしてしまった。


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