血路の先の魔人達 14
自ら落馬したアサメは小さく宙返り、捻りながら着地。
靴底で激しく路面を引っ掻き、横滑る総身はまるで揺るがない。腰を下げた姿勢は抜き打ちの構え。
ほつれた右の一房を梳いて解く。毛先を赤黒く染める固まった血がばらばらと散る。
鋼の瞳が映し出す世界。
殺到する二十以上もの短矢、鋭い筒状の先端さえもつぶさに捉え切る。
まるで静止画だ。誤れば剣山と化す刹那。
(どれも精度が良い。逸れる軌道が殆ど無い)
強化兵士として拡張された人外の視力、そして半身としての身体能力が噛み合うアサメにはただの障害物に過ぎない。
速くも遅く迫る先鋭な弾幕がアサメの撃墜領域に触れた瞬間。
一回転。
ぶわりと拡散した銀髪が矢をまとめて絡め取り、或いは払い飛ばした。
残心するアサメは左脚を深く引いて右手の刀を水平にし、ぎらつく刃を見せつける。左手は左腰に差す艶消しの黒鞘、その鍔に手を添えるという妙な構え。
敵の騎馬部隊は目前。
更に隊列は変移済み。両端の騎馬が前方へ迫り出し、中央へ寄るにつれて後方となる。いわばVの字。鶴翼の陣形。
彼等に怖気はない。標的と定めた相手が化け物であろうと必ず殺す、という明確な戦意。
(仕込みは、上手く働くか)
応じるアサメの闘争心は上回らんばかりに燃えていた。
幾重もの馬足を連れて猛追。
二十名全隊員、一斉に抜刀。
刃の津波が照りつける陽光を斬り返す。
左右から襲い来る刃。接敵。
「来なさい」
大きく跳び引くアサメ。
横薙ぎに振るわれた一閃が敵刃を大きく弾き返す。火花が散る中、逆手に把持。薙いだ勢いで回転力を生み、旋回斬り。
ヒュル、と不意な風斬音。瞬間、アサメの繰り出す斬撃範囲は倍以上に広がり、そして加速。
止まらない。まだ止まらない。
それは夥しい量の鮮血を巻き上げる銀鉄の旋風。
後続の殺戮手はその絶技に眼をかっ開いていた。
剣鬼を中心にもう一方の刀が浮遊、超高速旋回。
音速などとうに超えている。広範囲に及ぶ魔の斬撃によって馬ごと騎手を両断していた。
腕やら胴体、馬頭やらが血を吹いて跳ぶ。
常人よりかは優れているであろう彼等の視力程度では、到底見破れまい。
アサメの右手が手繰る金喰梓の柄、目釘に結ばれた銀糸を。
もう一方の一振り、泥底乃銀次の目釘と繋がっていることを。
自力では対応し切れないと判断した中間の騎馬列が左右へ広く散開。四、五騎ほど討ち漏らす。
(オ前ハ逃サナイ)
滞空する鋼の眼光が、恐ろしき残光を引いた。
どう足掻いても斬殺から逃れられないと悟った最後方の殺戮手が最期に見た光景は、異形の影を背後に纏わせた剣鬼の姿。
頭上から風斬音が聞こえた頃には既に脳天から尻まで真っ二つに裂け、馬の背まで深々と貫通。痛々しい嘶きが哀絶と響くが、容赦はしない。
銀糸を勢い良く張り詰め、背中から一気に抜き取る。噴火する血飛沫。鈍い音を上げて路上を滑る馬。
アサメは飛来してくる泥底乃銀次の柄をばしりと掴み取り、残心。
この間、たったの四秒と余り。
湯気立てる人馬の毒々しい残骸が、路上を凄惨と埋め尽くしていた。
周囲からは人々の絶叫と悲鳴、後方から火急を知らせる喧しい警笛。ついに警兵隊が動き出そうとしている。
狂乱の中、悠々と立つ者は唯一人。
アサメは紅い弧を描いて舞い戻る刀を掴み取った。
「外道兵眼流、とでも名付けましょうか。刀儀、先の型。鶴離幽扇」
左右を二度ほど鋭く払って鉄臭い汁気を切る。刀身を腕で挟んで交互に拭い去り、二刀とも納刀。
剣鬼の眼光は、遠ざかっていく敵の背後を睨みつけていた。
(全力で走れば、追いつくか)
姿勢を前屈に、脚は引き、全身を限界まで撓ませ、解放。
バガリ、と地を蹴る音が轟く。
凄まじい初速により、路面を形成する硬質な破片が後方へ散り散りと吹き飛ぶ。最高速度への到達までものの五秒。逃げる馬の後脚へみるみると接近していく。
その数は六騎。アサメは数瞬で十四騎を斬殺したことになる。
(いける)
もはやただの猛獣ではアサメに追いつける生物は限られてくるだろう。体重百キロを超えるゴクロウを抱えて屋根から屋根へ飛び移る脚力は伊達ではない。
爆風を破ってただひたすら前へ激走。
討ち漏らした殺戮手の一人が振り向く。この破壊的な疾走音を聞けば、嫌でも後方を見ざるを得ない。
吹き矢を放って牽制してくるが軌道は見切っている。数歩ずれて回避。
金喰梓を抜刀、同時に投擲。
一直線と飛ぶ刺突の刃が馬の太い後脚へ深々と貫入。
泥底乃銀次に接続された極細の銀糸が張り詰めて煌めく。
アサメは続けて抜刀、瞬間的な力で糸を引き、推進力を得て加速的に前へ跳躍。前のめりで転倒していく馬と騎手を一息もしないうちに置き去る。
糸をぎりぎりと鳴かせて力をゆっくり掛け、馬体から刀がすっぽ抜ける手応え。
宙を横切り、見ようによっては滞空しているかの様なアサメへ殺戮手らの視線が集まる。
殺意と緊張を斬り刻むは、空を舞う刃。
騎手を狙う必要はない。馬の脚を断っていく。殺し合いに情けなど不要。文字通り脚を失った騎手が計三名、派手に転げ回って脱落していく。
至近の騎馬が接近。
回転する斬撃の範囲を見切って回避したのだろう。狙い澄まされた吹き矢の口と鋼の瞳がぴたりと合う。
射出された針の軌道を完璧予測。
自身は宙で回転しながらも感覚的に着弾予測点を瞬時に叩き出し、銀の蠍尾で迎え入れて防御するだけ。
「私に牙を剥いた己を呪え」
銀糸を掌に巻きつけて操作。宙を舞う刀を手繰り寄せ、殺戮手の首元へ。
手応え有り。
均衡を失った胴体が血液を噴きながら落馬。頭は後方へと勢い良く刎ね転げていった。
残り二騎。