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血路の先の魔人達 13

 手綱(たずな)を調整し、馬の腹を一蹴り。

 高く響く嘶きが二つ。ぐんと急加速。馬足の頼もしい律動(リズム)が全身に伝わってくる。

 ばたばたと寒風を浴びながら、ゴクロウは邪魔くさいとばかりに面紗(ベール)(めく)り上げた。

 爆走と駆け抜ける二騎は他の馬や馬車を強引に追い抜いていく。法定速度を軽々と超過しているのは明らか。すれ違う御者(ぎょしゃ)から非難の怒声が張り上がるが、良心には一切響かない。


「ははっ、久しぶりだな。馬に乗ったのは」


 並走するアサメに大声を掛ける。綺麗な姿勢だった。銀髪の蠍尾が二つ、風圧に(もてあそ)ばれていた。


「申し訳ありません。私の不手際で」

「全くだよ」


 間髪入れずにどがり、と前方に巨狗が降る。スカヤに騎乗したナガサである。

 駈歩(かけあし)を上回る強靭な四足と爪が路面を掻き蹴り、しなやかな体躯が伸びては縮む。余力はまだまだ残しているとみた。


「まだ息を繰り返してるんだ。幾らでもやりようはある。大した事じゃねえ」

「お優しいこと。ま、別にいいけど。私はあんた達じゃないし。足を引っ張って取り返しのつかないことをしても、踏み台にするだけだから」


 棘のある言葉にアサメは強く言い返せず、歯噛みするだけ。いいようのない敗北感を拭うには前進の起点となって取り返すしかない。

 前方を睨む。

 ずらりと列を成す紙人形、形代(かたしろ)。停止を示す一線の向こうは数少ない交差点。交通法に従い、馬車や馬が勢い良く横切っていく。

 背後を睨めば、走行する馬車を縫う様に七つの騎馬が豪然と迫っていた。殺意の視線が容赦なく突き刺さる。追手だ。

 迷っている時間はない。


「じゃ、どうにかしてよね」


 ナガサの指示により、スカヤの健脚が加速。ぐんぐんと距離を開け、停止線直前で大跳躍(ジャンプ)


「そりゃ、ずるいっての」


 道幅約六十(メートル)はあろうかという大交差路を、荒技で軽々と飛び越えていった。

 ここまで飛ばしておいて、お行儀良く止まるなど有り得ない。全神経を最大限まで尖らせ、左右から飛び交う弾幕へと身を晒す覚悟を決める。

 人馬一体となるべく、ゴクロウは肌心地の良い馬の毛並みを撫でた。乗り越える。心の底からの断言を黙して聞かせ、手綱を握り直した。


「アサメ、行くぞ」

「はい」


 姿勢を低くし、加速。

 吹き付ける風圧に抗い、最高速へと迫る。自殺行為に等しい暴挙だが、ゴクロウは凶暴な笑みを浮かべていた。二人の爆走を止められる者はこの場に誰も居ない。

 物言わぬ形代(かたしろ)の制止線を、呆気なく振り切った。

 呆気なく散らばる紙の群れ。

 視界一杯に殺到する馬車、馬。

 直後、問答無用と左右から警笛(クラクション)

 耳を(つんざ)く嵐となって鳴り響く中、鳴らす騎手や御者(ぎょしゃ)は視えていない。それでもゴクロウとアサメは辿るべき経路(ルート)が既に視えている。

 手綱(たずな)を操って最適解を教え、後は馬足の(おもむ)くままに走らせる。

 危険極まる圧。だが二頭の馬は怖気(おじけ)なかった。

 瞬きを二、三度も繰り返せばすぐに過ぎる様な危機的瞬間が、異様なまでに引き延ばされていた。

 すぐ後方から重鈍な破砕音。路面を引っ掻く車輪。幾つもの悲惨な嘶き。

 突破。


「よくやった」


 すかさず振り向けば眼を覆いたくなる事故現場、その奥を鋭く睨む。

 瓦礫の山を、躊躇(ちゅうちょ)なく飛び越えてくる騎馬。

 死闘宗の騎馬隊。

 さらなる追手が横合から合流し、二十騎に達しようとしていた。前方を向けばほんの数台の馬車とナガサを乗せたスカヤの背後だけ。

 殺意の鉄光。


「まだ居ますよ」


 歩道から、もはや聞き慣れた風切音。

 ゴクロウの抜刀は聞き付ける前より行われていた。長刀が豪然と振るわれるごとに苦無(クナイ)があらぬ方向へ弾け飛んでいく。


「人気者の定めだな」

「言ってる場合ですか」


 遠ざかっていく憎しみの視線を睨み返しながら、ゴクロウは長刀を肩で担ぐ。手放しだろうとその上体はまるでブレない。


「弓もなくしちまったから仕返せねえ。なんかねえか。遠距離攻撃できる兵眼流(へいがんりゅう)の技は」


 執拗(しつよう)に背後をつけ狙う幽鬼(ゆうき)の騎馬隊がこのまま指を(くわ)えて追うはずもなく、吹矢らしきものを懐から取り出したのを視認。殺意の射線を背中に突き刺してきた。

 臨むところだ。黙ってなどいられない。

 敵視にいち早く反応、呼応した剣鬼が鋼の瞳を光らせる。


「撃ち落とすだけなら」


 アサメが駆る黒馬が僅かに失速。

 滑らかな走りでゴクロウの背後限界まで寄り、再度馬足を合わせてぴたりと追随。

 抜刀。


「それで頼む」


 アサメは未だ敵に背後を見せながら、右腰に吊る飴色鞘をわざわざ右手で抜いて構えた。人馬の剣士が放つ武威の熱量。頼もしい圧が背中越しにびりびりと伝わってくる。

 敵にとってはこの上なく恐ろしい相手だろう。


「では、後で」


 短く言い残し、馬上で後転。アサメはそのまま落馬。

 驚きに眼を見開いたゴクロウと一瞬だけ目が合ったが、すぐに視線は切れた。


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