血路の先の魔人達 12
一連の暗殺行為により、路上は剣呑な気配に満ち満ちていた。殺意の重圧に思考が冷徹と切り替わっていく。
行き交う者は全て敵だ。そう思い込まなければ簡単に仕留められる。
ゴクロウら三名と一匹はさらに歩を早めた。
前を往く人々とぶつかることなく追い抜き、すれ違う。常人の歩きでは誰も追いつけない。これよりも早く背後から近寄る者は敵とみなす。
前方であれば進行路を阻む者が敵。前例により、追い抜く際が最も神経を酷使する。時折と側面に開ける狭路も見逃さない。車道も例外なく睨みを利かせる。駿馬を駆って迫り来る者も居るだろう。
誰もが索敵を行い、神経の網を周囲に張り巡らせる。
張り詰める緊張。
悪意を以って踏み入れば最期、殺人の毒牙が振るわれる。六方郭へと驀進する単縦陣は毒蛇の如し。
追走劇は不意に幕を上げた。
すれ違おうとしていた通行人どもが急に踵を返し、ゴクロウらと並走。
左に五、右に六、合計十一名。よって隊列が膨張し、運悪く阻む形となった善良な市民が殺戮手に跳ね飛ばされる。
戦闘開始。
ゴクロウは左右を瞬時に睨む。相手は一見無害そうな男二人。
「よう」
声掛けなど無視。
右方から目潰しの裏拳を喰らうゴクロウ。左脇へ滑り込むは心臓狙いの短剣が。
「ッ」
裏拳は頭突きで対応。
稲光の如く閃めいた左手が短剣を挟んで止めた。
捻り返して武装解除、強奪、反転、右方へ刺突。
超絶技巧の一閃に呻いた殺戮手の脇下には深々と短剣が抉り込み、心臓に孔を開けていた。
左方から顔面へ拳が飛ぶ。
悪手だ。首の動きだけで躱すと同時に短剣を抜き取って逆手へ反転、胸部に突き込む。掌に伝わる微細な脈動。また一つ心臓を裂いた。柄を手放して胸倉を掴み、路地裏へ続く狭路へ突き飛ばした。
生温かい血液がゴクロウの背に飛び散る。
振り返らずとも、アサメが仕留めたであろう標的の血飛沫であることは容易に理解できた。
それにしても重鈍い衝突音だと咄嗟と振り向く。
左右に一つずつ揺れる銀髪の蠍尾に胴体を貫かれた二人の襲撃者。
馬鹿げた引力によってアサメの真正面に寄せられ、側頭部同士を強烈に打ち合わせていた。
爆ぜる頭蓋、割れ跳ぶ肉片、ぼろりと溢れる眼球。
左方へ振り飛ばされた死骸は路地裏の奥へ。右方へ投げ飛ばされた死骸は車道へはみ出ると通りすがりの馬脚による蹴りを喰らい、更に彼方へと転がっていく。
飛び交う死骸、血肉、悲鳴、怒号。
制御を著しく崩した馬車と馬車が連鎖的に衝突し、壊滅的な粉砕音。半壊した木製の荷台から野菜やら樽やら車輪やらが飛び出てあらぬ方向へと転がっていく。
広い車道には最悪の事故がぶちまけられていた。
まともに血飛沫を浴びたアサメの鋼の瞳と合う。苦虫を潰した顔をしていた。
「もう少し控えめに血化粧できるか、アサメ」
アサメは罰が悪そうにして唇を尖らせながら、短剣投擲。
既に把握していたゴクロウはただ捻って避けるだけ。短剣は背後に潜んでいた殺戮手の左肩に突き立つ。刺突程度では呻きすら上げないが、怯む隙は誤魔化せなかった。
ゴクロウの一手が閃く。
「この程度でいい」
憎悪に満ちた男の肩に突き刺さる短剣を一息に抜き、喉をかっ捌いた。
盛大に吹き散る鮮血。
「次からはそうします」
そして事切れた男を押し飛ばした。
「頼むぜ」
不気味な足取りで数歩歩いた肉塊はナガサの相対す敵へとぶつかり、わずかな縺れが勝機へと繋がった。
潰れた蛙の様な鳴き声。
暗殺刃が喉を貫き、頸椎破断。
「もうちょっと丁寧に仕事してくれると思ったんだけど」
血を浴びながら振り向いたナガサは皮肉らずにはいられない。公道に広がる悲惨な衝突事故の有り様を前に、皺の寄った眉間を揉み解す。
「こういう時はよ」
ちらりと車道を睨んだゴクロウは躊躇いなく飛び出た。何をしようとしているのか、目線で察したアサメも続く。擦過していく馬や自転車を華麗に避けたその先。
「逃げるが勝ちってな」
半壊した馬車、そして黒い毛艶を揺らす立派な馬が二頭。幸いなことにどちらも怪我はない。
「お、おい、アンタ何をッ」
慌てふためく御者をゴクロウはじっと見つめる。
強張ってはいるが人の良さそうな初老の御者だ。元気そうでなによりである。金眼の圧力に呆気なく怯んで続く言葉を失った彼は、すぐに青ざめた。
「ひいッ」
ばさりとはためく。
死闘宗の象徴たる面紗を被ったゴクロウを前に、御者は車道上にいることも忘れて腰を抜かした。血液の滴る短剣を振り、馬車と馬を繋ぎ止める馬具を斬って二頭とも解放。ゴクロウとアサメは颯爽と跳び乗る。
「悪いな、おやっさん。請求はこいつらに頼むぜ」
こいつら、と言いながらゴクロウは親指で幽鬼と化した己を指し示す。文句があるなら死闘宗に言え、と上手く罪を擦りつけた。
歩道を一瞥すれば、呆れ顔のナガサ。
それでも察してスカヤに跨っている。その背後から襲撃者が続々と迫ってくるが、一足で大きく逃げ切った。
こちらも立ち止まってなどいられない。六方郭を目指すのみ。
「行くぞ」
「はい」