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血路の先の魔人達 10

 峡谷の古都、旧煤湯本町特有の高低差が付いた屋根郡。

 幾つかの影が忍の如く滑り降っては飛び去っていく。

 小さな殺戮手ナガサを乗せた巨狗スカヤが古い瓦屋根を踏んでは跳び、風を蹴って駆け抜けていく。

 見下せば、のんびりと出歩く旅人や木桶を小脇に抱えた住人。晴天を拝みながら朝風呂と洒落込みに向かっているのであろう。行き交う表通りは見上げる者など殆どおらず、いつもの日常の中で息づいていた。

 裏で血祭りが催されているなど、平和慣れした彼らの誰が想像するだろうか。


「あいつらやっぱり速えなッ」


 ばたばたと耳元を擦過する風圧が(うるさ)いせいで大声を上げても聞き取りにくい。

 ゴクロウの左肩を支えたアサメが着地、離脱しては屋根の縁まで疾走。再びゴクロウの脇下へ潜り込んだアサメが半身の脚力を解放、二人同時に足場を蹴る。

 強烈な浮遊感。

 爆発的な瞬発力を生む一足跳びが大通りの頭上を軽々と越えていく。


「貴方がもっと軽ければ追いつくんですが」

「はは、お姫様抱っこしてくれんのか」

「はあ気持ち悪い。言って後悔しまし、たッ」


 再び大跳躍。

 はためく死闘宗の黒装束もそれなりの重量がある。今はまだ体力を温存してみえるアサメだが、長距離となればかなりの消耗を強いられるだろう。裏通りでも走ればアサメの負担も少ないだろうが、地理も把握していない上に悪目立ちしてしまう。

 時折、後方を一瞥してくるナガサ。

 疾駆に専念するスカヤは尻尾を振って均衡(バランス)を保つだけで振り向きもしない。移動に特化した一人と一匹の走行能力を推測すれば、これでも速度を落としているのだろう。

 じれったいと言わんばかりに振り向くナガサの視線に、アサメは歯噛みする。面紗(ベール)の向こうからでも充分に感じ取れた。


「でけえ城壁だな」


 背中ばかり睨んでいたアサメは、ようやく気付いた。

 煤湯(すすゆ)の深奥。七千栄華の新たなる中枢。

 摩天楼、六方郭(りくほうかく)の高壁。

 その偉大なる(けわ)しさを。


「山、みたいですね」


 軽快と駆けながらアサメは半ば呆然と呟く。

 現在地点から六方郭(りくほうかく)までの直線距離は恐らく二十(キロ)ほどの距離。実際の移動時間や曲線距離は更に離れている。峡谷という高台から見下す今でしかこの荘厳な光景は見渡せない。平地の市街地に降りれば莫大な正体を隠すだろう。

 煤湯(すすゆ)という街の規模が実に広大なことか。そして実権を握る中枢、六仁協定(りくじんきょうてい)如何(いか)に絶対的であるか、まざまざと見せつけられていた。


「高い所で千(メートル)はあるだろうな。それに起重機(クレーン)らしいものが一つも見当たらねえ。純粋な人力というよりかは、客人の能力なんだろうな」


 有り得なくはない。


「撤去しただけでは」

「かもな。だがこれほど広く発展しておいて電力や石油を動力源とした機械の類が辺りに一つも見つからねえってのも奇妙なもんだ。別の資源、それこそ精素を運用した何かが何処かにあるはずだぞ」


 高速で(よぎ)っていく街並みを、アサメは改めて見回す。言われてみれば確かに周辺は送電線もなく、人々の生活はすれど空気はほぼ自然のまま。深呼吸しても心から清々しく思える。


「さすが、お上りさんらしく眺めているだけありますね」

「だろ。何もかも気になって仕方がねえ」


 噛まないように軽口を叩いたが、アサメは不器用ながら純粋に褒めていた。

 どれほど視覚に優れていようと、興味関心が無ければ有象無象の絵で終わる。街並みよりかは行き交う人々の社会的地位や視線に敏感で、特に感情を読み解く力に長けている。

 逆にゴクロウは好奇心旺盛な性格か、もしくは偽王としての能力故か、周辺から情報を効率的に回収していく。言うなれば観察眼に優れているといえるだろう。

 自身が持ち合わせていない思考に触れ、アサメは新鮮な感覚を味わっていた。ゴクロウの言葉を受け入れる程度には、循環する思考回路に余裕があった。

 死角外、遠方から敵意。

 咄嗟に後部、その上方へと振り向く。駆け脚は止めない。


「ゴクロウ、あれ、見えますか」


 黒い(もや)の塊が上空に五つ。


「遠いが、なんとか」


 ゴクロウの眼には微かな点にのみ映った。かなり距離がある。


「妙な気配がしたので」


 蛸墨(たこすみ)にも似た謎の飛翔体は黒い布を不気味と(なび)かせ、空を泳いでいた。こちらへ向かって滑空している。速い。


「友好的か」

「全く」


 言い捨てながらアサメは、振り向いたナガサに手振りで上空を指す。途端、スカヤが進路を変えて屋根と屋根の隙間へ消えるように飛び降りた。

 ゴクロウとアサメも互いに顔を見合わせて頷き、後を追って薄暗い路地裏へ滑り込む。影が多いのは干された洗濯物が揺れているからだろう。ゴクロウは埃っぽい貯水桶に乗り、窓の端を掴み、器用に跳び降りて狭い地上へ。

 アサメはやはり訳もなく直接降下、音も無く着地。

 二人は狭い通路を突っ走り、既に待ち構えているナガサらの元へ。隣ではスカヤが頻りと鼻をひくつかせている。


「よく気付けたね」

「殺気には鋭いもので。何です、あれは」

「死闘宗謹製の鴉凧(からすだこ)だよ。着るだけでかなり自由に滑空できる。しつこくてね。本物の鴉の方がずっとマシ」

「便利だな」

「飛翔はできないけどね」


 ゴクロウは純粋に欲しがったが、アサメはやれやれと首を横に振った。


「お喋りしている場合ですか」

「うむ。やはりバレたな。追手が近い」


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