血路の先の魔人達 9
「さ、お遊びは後にしようぜ」
ゴクロウは軽快と笑い飛ばしながら、アサメは不服そうな表情を隠すようにして面紗を被った。先導に立ったナガサとスカヤの跡に続く。
笛の鳴るような飛翔音。
煙弾が境内に着弾し、目眩しの閃光と爆発的に拡散する煙幕。
刺激成分を含んだ赤い煙は隙間という隙間へ容赦無く侵入し、瞬く間に戦場へと一転させた。
だが。
特殊な面紗で覆われた死闘宗がぞろぞろと乗り込む。総勢五十名程。
連中は視界が覆われていようとも見渡せる防塵眼鏡を身に付けており、死骸となった同胞に足を取られる事もなく良好な視程の中を自由自在と動き回る。
報告によれば、反旗を翻した古銭師バスバとその一派が血銭手ナガサを襲撃を仕掛けたらしいが、既に遅かったか。
(移動が速い。やはり獅子像の影響は大きいか)
上僧からの命により臨時部隊として組み込まれた一人が死骸に近寄る。
面紗は悉く捲られ、致命傷となった左下腹部から下行結腸、腎臓、背部へすり抜ける斬り上げが新鮮なまま露わとなっていた。迷いのない見事な太刀筋だ。殺戮手の面紗の隙を掻い潜る一撃。装備の特性を理解していなければ生じない一手である。恐らくは血銭手ナガサの放った刃であろう。
もう一方の死骸を覗けば、強引な刺突力にて心臓を突破された死骸。
傷跡の形状から別の強者が穿った致命打であることが予測される。刺突に弱い面紗だが、常に挙動を繰り返す以上は線による攻撃として受け流しやすい。想定を無視して一撃を叩き込むには余程の実力者か、それとも特性に気付かずにありのままをぶつけられる強者のどちらかになる。襲撃を事前に察知して用意した協力者によるものだろう。
無数と転がる死骸は三十と余名。
転がる死骸の死因を精査をする限り、たった四名の強者がこの難局を乗り越えた事になる。対多数に特化する血銭手ナガサの実力は言うまでもないが、それでも約八倍の数的不利を覆す実力を覆すとは。
風に吹かれた煙幕が晴れていく。
さながら霧深い幽谷に建つ荒れた寺の境内。
正体の見えない凶事の跡へとより歩み寄ろうとして。
不意に起き上がった死骸。
面紗の奥へと擦り込まれる悍しい腕。首筋を掻き千切られた。
「何事だ。散れッ」
未だ晴れない煙の中、続々と起き上がる死骸達。
対応に遅れた殺戮手から次々と毒牙に沈む。
臨時部隊の一つを束ねる百銭手の一人が、何者かの手に首を鷲掴みされた。纏う装いは同じく臨時部隊の殺戮手。
(既に裏切りが仕組まれてッ)
軽々と脚が浮き、ばたつかせながら蹴りを放つが謎の襲撃者にはまるで効かない。
「ぐ、が」
言葉にならない声を上げ、だが太腕に脚を絡めて関節技へ移行しようとして。
有り得ない。
百キロ近い体重を、たった一本の腕で凌ぐ怪腕はまるで動じない。
「その意気や良し」
ごぎり、と首がへし折れる音。
どさりと地に落ちた殺戮手は間違いなく一撃で事切れた筈だった。
「加われ。捧げるべき忠義は儂でも、無賢導師でも、ましてや曇天などでもない」
しわがれた男の声に反応する様に、死骸がびくり跳ねる。
石畳に爪を掻き立てて起きると、傾いたままの首を強引に押し返して元に戻した。
面紗の裾から温い血液を滝の如く溢しながら、死骸が合掌礼を捧げる。
「穢土様の、為、に」
それはごぼごぼと喉に血を詰まらせながら、亡者として声を発した。
気付けば死骸は数をより増やし、止まった筈の心臓は再び脈動を繰り返して悍しい血を全身に送り込む。折れた脚を引き摺って起き上がる。
晴れた煙から這い出るは、闇の軍勢。
続々と首を垂れる傀儡の配下を眺めながら。
「くく、儂の掌の上ぞ。鉄火蝶と、例の客人」
無面僧、百面僧とも呼ばれる死闘宗、古銭師バスバのくぐもった笑いが不気味に響いていた。
「もっとだ。もっと殺して回れ。煤湯を地獄に、変えてみせい」