血路の先の魔人達 6
謎の殺戮手はみぢみぢと捻れた胴体を解放。反発力を生み、更に加速。
超速回転する斬撃の独楽が、ゴクロウを真っ二つにせんと真っ向から強襲。
(そいつは不味いッ)
惨死を目前に、第六感起動。
ゴクロウの脳奥に飛び交う信号が焦れて加速を開始。世界の流れに粘度が増したかの様に遅くなる。
後退しつつ咄嗟に差し出した刀。
触れた瞬間、一層鋭い破砕音を上げて折れた。まるで回転鋸。微細な刃片が無数と舞う中。
ゴクロウは引き足の踵を一気に返し、回転。
背中に重くぶら下がる悪魔に、命を賭けた。長刀の柄を握る。
回転刃と剛刃が接触。
激しく散り続ける火花の閃光。
そして世界は等速へ。
凄まじい金属音。
重鈍なる衝撃。
鋼と鋼が噛み合う雄叫びが、境内を越えて轟いた。
長刀に弾き返されて吹き飛ぶ謎の殺戮手。
想定以上の衝撃を殺し切れず、靴底を引いて石畳の上を荒々しく滑るゴクロウ。
「さすがだ、マルドバ」
体勢を立て直し、労いながら空を薙いで抜刀。剛刃は血を求めんと妖しい銀光を放つ。
軽々と着地して向き直った軟体の幽鬼と、再び相対す。
「おい、蛸野郎。遠のいたぜ。勝ち筋」
砂利を噛む足音。重い殺気。
正体不明の殺戮手は不気味にも、首だけを半回転させて真後ろへと振り向いた。
「手、貸しましょうか」
夥しい返り血により赤く穢れた痩躯。
右手には血染めの刀、左手には黒艶の護人杖。編み込まれた銀髪は二つの蠍尾となって揺れたまま、染み込んだ血がぼたぼたと滴る。
乱戦を潜り抜けた剣鬼、アサメが静かに立ちはだかった。
「おう。欲しいと思ってたところだ」
ぐるりと首が正面に戻る。
二対一、挟み撃ち。
ゴクロウとアサメから逃れる隙は皆無に等しい。敵にとって最悪とも取れる状況だが、焦りの色をまるで思わせない。
「く、くく」
びくり、びくりと軟体の幽鬼が震える。
何が可笑しいのか、どうやら笑いを堪えているらしい。絶望を前に気でも触れたか。
訝しんでいると、異変。
ばぎ、ごぎりと不快な骨折音と共に、軟体の身体が捻れて次第と肥大。
「させるかよ」
ゴクロウ、アサメが同時疾駆。
零から最高速を叩き出す踏み込みを仕掛けたアサメの方が当然速い。音速を凌駕する剣鬼の刺突が無防備な背後を貫き。
「残念」
だが破ったのは、幽鬼の上着。
上体が真横へ一気に捻れる異常な回避術。信じ難い見切り。軟体の幽鬼が片手倒立をした瞬間、捻れの反発力を伴った回転蹴り上げがアサメを襲う。
「くッ」
鈍い衝撃音。
咄嗟の防御として差し出した護人杖が跳ね上げられ、上空へ舞い上がっていく。半身の握力ですら保持し切れない威力。軟体の幽鬼による追撃は止まらない。片手倒立をしたまま独楽の如く回転し、奇怪な斬撃を振るう。
響く剣戟。
弾けぬアサメではない。面紗の奥で鋼の瞳に戦意の炎を宿し、連続で激しく打ち合いながら回転刃の隙を見抜く。
そして豪然と迫るゴクロウ。前方後方からの挟み斬り。詰みだ。
「ラアッ」
重い剣戟。
長刀と刀が、激しく噛み合っていた。
散る火花の中、驚愕を隠せず向かい合うゴクロウとアサメ。
不意の衝突により思わず後退した二人が、同時に上空を仰ぐ。
「便利な腕しやがってッ」
高々と飛び上がってみせた軟体の幽鬼は、捻り巻いていた腕を高速で捻転させていた。甘い甘い、とでも言わんばかりに人差し指を振って挑発。
侮った、とアサメが隣でギリギリと歯牙を擦らせた。
片手倒立状態からの回転剣技。捻りを加え続ける事で腕を発条の様に撓ませ、上方へ回避する為の奇策を兼ねていた。
憎たらしい奇術師は音も立てず、本堂の屋根へと降り立った。
痩せ身だった肉付きが、二回り以上も膨張している。巨軀を細身になるまで押し込んでいたと考えるなら、あの回転重撃の威力と圧力にも頷けた。
「私が仕留めます」
脚に力を込めて飛び上がろうとするアサメを。
「アサメ、落ち着け。野郎の思う壺だ」
ゴクロウは欠けた右腕を前に差し出して止めた。ぎろりと面紗の奥から鋼の視線を鋭く刺しつける。
「何故ですッ」
アサメの怒気を無視するゴクロウは冷静に敵を睨み上げる。
軟体の幽鬼は身動ぎする気配もみせず、不気味と見下していた。
「野郎、実力を隠して遊んでやがる。呑み込まれるぞ」
攻めても良し、退いても良しという有利な立ち位置を無意味に保つ。それが戦術ならば、先が読み難い。後手に追い詰められている気がしてならない。
「だったらッ」
一理ある。しかしどうすれば、とアサメは葛藤に焦れる。
(一か八か)
ゴクロウもまた端から諦めてなどいない。
敵の脳天を叩き潰す光景を想起。
「おい、蛸野郎」
挑発には挑発で返す。微動だにせず。ならば鉄槌を下す。
敵の頭上に迫る、跳ね上げられた黒艶の護人杖。
「それがお主のいう殺しの技とやらか、ゴクロウよ」
馬鹿な。
ばしりと乾いた音。
頭蓋を砕く鈍い音とは程遠い。
聞き覚えのある男の声を発した幽鬼は頭上に一瞥もくれず腕を掲げ、護人杖を難なく掴み取っていた。
それはどうでも構いやしない。奴の実力を考えれば、やってのけても当然だろう。
「やはりこの得物の方が、手に馴染む」
正体不明の敵は面白可笑しいと声を溢す。
直刀を無造作と放り捨て、流麗な手捌きで黒杖を薙ぎ回した。
恐ろしく洗練された、とある武官による杖術。
(そんな、まさか)
有り得ない。
だが、正体を見破らずにはいられない。
「こうして再会するとは。いや、必然なのかもしれんな」
見知った演武を、ゴクロウとアサメは二人して悠長に見届けてしまっていた。
奴はおもむろと面紗を掴む。そして邪魔臭そうに、布を捲り上げた。
ゴクロウは再三にも及ぶ驚愕を。
アサメは心の奥底から沸く激怒を。
「シクラアアアアッ」
露わにした。