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血路の先の魔人達 3

 空の右袖を風に(なび)かせ、砂利を(にじ)る。左手には黒艶の護人杖(ごじんじょう)

 ゴクロウは隻腕であろうとも殺戮手ナガサ戦、剣鬼アサメとの朝稽古を乗り越えている。放つ戦意は熱気と威圧。隙らしい隙が見当たらない。

 左右に広く分かれた敵対者はどちらも刀身をぎらつかせながら、二の足を踏んでいた。


「同時でも構わねえぜ」


 幽鬼らの肩が不意に沈み込むのを視認。

 右方の一人が突撃。遅れて左方が迫る。時間差攻撃。だが接敵は左方が一早かった。


撹乱(かくらん)し慣れてやがる)


 右と思わせて左。それでもゴクロウは気を取られない。

 腰を落として杖を突き込み牽制を振るうが、乾いた音と共に受け流される。杖を旋回させながら一歩退いて敵の刃をいなし、だが右方からの斬り上げに防御が間に合わない。

 鮮血が飛沫(しぶ)いた。


「ッ、ご」


 面紗(ベール)の向こうで喀血(かっけつ)したのは、殺戮手。

 斬撃をものともせず一気に肉薄したゴクロウによる見えざる一撃が喉を突き刺していた。

 欠けた右腕に縛り付けられた短刀。

 防刃仕様であるはずの面紗(ベール)を強引と貫通して顎下を裂き、手際良く舌根を断つ。刺突には弱いらしい。


(力任せに殴った方が楽に潰せそうだ)


 同胞諸共斬り捨てんと太刀筋を振るうもう一方へ、死骸を押し飛ばす。

 喉元からずるりと引き抜かれる刃。(おびただ)しい噴血。覆い被さろうと(もた)れる肉体を迂回した殺戮手は斬撃を振るうが、悪手だった。

 死骸の死角から強襲するゴクロウの杖突きが、殺戮手の脇腹を砕く。

 怯んだ隙に脚を払って転倒させ、仰向いた殺戮手を杖で滅多打ち、とどめと頭を蹴り飛ばす。胴体が捻転して浮き、ごぎり、と鈍い骨折音。あらぬ方向に首がひん曲がって絶命を遂げた。

 殺し合いは始まったばかり。風斬音。

 五感冴え渡るゴクロウは勘任せで杖を振り回し、背後から飛来する投擲(とうてき)物をいくつも弾き飛ばした。が、正確無比な苦無(クナイ)が頬辺りを掠める。

 面紗(ベール)は破けない。だが擦過箇所は溶けて焦げ、いがらっぽい薬臭を放った。手元の杖をみれば同様の融解痕。毒だ。


(同門殺しに来てんだ。対策するわな)


 杖を振り回す手は止めない。

 投擲(とうてき)手一名が駆けて迫るのを視認。お返しとばかりに護人杖(ごじんじょう)を全力で投げ放った。豪速と円を描く鈍器を容易く回避される。当てることが目的ではない。(おとり)だ。

 ゴクロウは足元の死骸と共に転がる刀を真上へ蹴り上げた。

 白銀に回転する刃、その柄を左手で難なく把持(はじ)

 瞬間、高速で虚空を斬り刻む。手応え充分の重み、美しい反りと白刃。


「上等なもんだ」


 接敵せんと地を蹴る。奴も脚を止めない。

 横槍と飛来する苦無(クナイ)。快音を上げて弾き返しながら腰溜めに構え、力の限り衝突。

 激しい剣戟(けんげき)音と火花が散る。その衝撃たるや力士級。ゴクロウの猛進を殺しきれなかった殺戮手は堪らずたたらを踏んだ。

 隙有りと更に踏み込むが、転身。

 コンマ数秒前までゴクロウが居た空間に袈裟の斬撃が走った。

 右の脇腹辺りが剣先に引っ掛かり、浅く血が滲む。金眼が別の殺戮手を面紗(ベール)越しに睨む。戦況は全方位を把握済み。問題無い。

 息吐く暇なく襲い唸る死の連斬を紙一重で避け、金属音を掻き鳴らして弾く。

 強制後退(ノックバック)から復帰した殺戮手が死闘に乱入。右腕の短剣で刀の軌道を逸らし、回転避けする勢いで足払いを仕掛ける。(かわ)された。

 挟み撃ち。闘気が震える。前後から襲う刃。血が沸く。

 絶望的な戦況に呑み込まれてもなおゴクロウは、面紗(ベール)の奥で恐ろしく笑んだ。

 どぐり、と力強い心臓の音。

 超速転回の足捌きと変幻自在の体捌き。凄まじい手数の剣戟が金属の叫びとなって二つの敵刃を払い退けていく。

 ゴクロウの振るう刀と短刀の軌道は銀の稲光と化していた。隙あらば閃く致命の斬撃と鋭い蹴撃を、二人の敵対者は不用意と踏み込めない。


(ち、右腕の縄が緩んできやがった)


 だが彼等はそれで何ら問題も無かった。この獣をこのまま抑え込む。

 別方向から立て続けに飛来音。毒の苦無(クナイ)が連続投擲(とうてき)

 一滴でも傷に触れれば瞬時に激痛が走り、傷口はみるみると壊死する。悶え死ね。ゴクロウへ殺到する毒蜂の弾幕。


「来い」


 偽の王者と呼ばれた戦闘兵器の金眼は、既に見切っていた。

 がいん、と石畳が割れる。一方の殺戮手の股下に刀が無理矢理と突き刺さっていた。

 小刻みに振動する刃を前に踏み込めない。敵は一瞬だけ硬直。憎悪に歪む男の眼は、強者だからこそ驚愕に見開かれた。

 高速飛来する苦無(クナイ)。転身したゴクロウが掴み取った瞬間を。

 もう一方の殺戮手は好機とばかりに回避先へ刀を横薙ぎに払う。その図体が、がくりと傾いだ。

 右の脹脛(ふくらはぎ)に毒の苦無(クナイ)


「ぐ、ぎぎぃッ」


 激痛を食い縛って堪える。

 沈黙を厳守する殺戮手ですら根を上げる痛苦。悶絶する敵から刀を奪い取ったゴクロウは全力で一回転。

 (うなじ)を断つ重鈍な手応えが喉へと勢い良く振り抜けた。断頭。

 幾つもの血糸を振り撒いて刎ね飛ぶ生首、(ほとばし)る血潮を噴火させて膝を突く胴体。

 鉄臭い湯気と血液を浴びる幽鬼の王は止まらない。

 血溜まりを蹴って踏み込んできた殺戮手に右腕を思い切り振った。

 縄が解け、緩んだ短刀が飛ぶ。刃は簡単に弾かれ、あらぬ方向へ。

 (ひるがえ)り返してくる刀と血塗れの刃が激しく交差。散った火花が刀身を染める血に触れる。感応術は既に織り込み済み。

 刹那と赤熱が閃き、引火。

 反射的に地を蹴って距離を置く殺戮手。ゴクロウは敵の足取りから動揺を察した。


「逃さねえよ」


 炎刃を振るい、燃える血を拭い飛ばした。

 弾け飛ぶ溶岩めいた斬撃。避け切れなかった殺戮手は顔面に袈裟斬りの血飛沫を浴び、蛇の如くうねる赤熱に視界を覆われてもがく。

 乾坤一擲(けんこんいってき)。一気に詰めたゴクロウが袈裟斬りを放った。

 その剛力と刀を操る手腕は防刃仕様の面紗(ベール)を貫通。皮膚、鎖骨、鍛え上げられた三角筋や大胸筋を深く裂き、第一から第六までの肋骨及び胸骨を破断。肺、食道、心臓を一太刀のもとで斬り抜けていく。

 止め処なく飛び散る鮮血。

 ごぼりと面紗(ベール)の奥から不快な咳き込み、盛大な喀血。喉を掻き毟りながら前のめりに崩れ落ちていく。もう二度と立ち上がれまい。

 それでも剣戟は鳴り響き続けていた。


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