血路の先の魔人達 2
静粛かつ機敏と鉄扉を開け、ナガサ、アサメ、ゴクロウの順で急階段を駆け上がっていく。
地下から上がり、早足で仏間を抜けつつも外の気配を探れば、ただならぬ殺気。単なる刺客でないことは明らかであった。
仏界と外界を隔てる戸の前に立ったナガサは一呼吸置く。より張り詰める闘志。すぐ向こうには巨狗スカヤの影。攻撃的な構えのまま、敵を威嚇していた。
「今一度、破戒を守れ」
微かに聞こえたナガサの独り言。
直後、素早い動作とは打って変わる緩慢とした所作で、静かに戸を開いた。
寒々しく照る日光の下、境内に点在する大小の幽鬼ども。生気の抜けた風貌はまるで神聖なる土地を踏み躙る悪霊そのもの。
死闘宗の殺戮手、その数は実に四十余名。
味方というには、敵視の圧が重くのし掛かる。
「私が何者か知っての来訪か、貴様ら」
圧倒的な数的不利。
それも連中は泥暮らしなどといった愚直な雑兵などではない。一人一人の練度は並の強者よりも抜きん出ており、敵対者に対して絶対的な死を齎す事に強い拘りを持つ。
撤退も容易ではない。地獄の淵まで追い込み、最期は心中せんという悍しい執念すら感じられた。
「血銭手の客人。鉄火蝶のナガサ、獅子像スカヤ」
前に出た一人の殺戮手が何かを放った。
回転して飛来するそれを、ナガサは難なくと指で挟み掴む。
長方形の型紙だ。写真か。いや、精緻な絵が動いている。無音だが、動画だろう。
とある建物の裏口から路地裏へぞろぞろと逃げ出てきた九名のやくざ者達。狭隘な路地の構造と人の顔に見覚えがある。最後に出てきた、強面の男。やはり強請り屋アドウだ。彼は肩を怒らせながら何事か身振り手振りを振るった次の瞬間、じぐざぐと襲い掛かる獣の巨影に誰もが巻き込まれた。人体がいとも容易くねじ切れ、肉塊へと変じていく。
奇跡的に難を逃れ、後退っていくアドウ。
画角外、路地の闇から一人の小柄な幽鬼が突如と現れ、彼を押さえ付け、そして。
「何が言いたい」
動画はそこで終了。
「標的外の大量殺傷行為、御法度である。導師より天誅せよと直々に承った」
盗撮された事実も含め、悪意のある切り抜き。だがナガサは濡れ衣を叫ばない。
「導師の勅印は。御方の証明はあるのか」
噴火寸前の静かな唸り。だが頑なとした沈黙だけが返ってくる。無言の連中は静かに刃を、それぞれの得物を構えた。
事の成り行きを見極めていたゴクロウ、アサメも戦意を露わに息を整える。今までにない絶望的な戦力差に、余計な言葉が一つも出ない。
だがナガサは。
「ふふ、それならば容易い」
可笑しいと言わんばかりに嘲り笑った。自らの直刀に手を添える。
「真の勅命ならば、全ての殺戮手を相手取るところだった。貴様ら程度、ものの数にも足りん」
挑発を受けた殺気の圧が、臨界点を超えた。
戦闘が静かに開始。ぞろぞろと歩を進めてくる。
(突っ込むのは愚策の極み。狭路へ退きながら各個撃破するしか)
ゴクロウが脳内で戦術を練っていると、火薬臭。
発生源はナガサから。何をする気か、彼女へ声を掛ける前に。
幽鬼、消失。
軽快な炸裂音と同時に、ナガサは爆速と敵陣に特攻。
「バカッ」
アサメが思わずと罵倒を上げた。さすがの剣鬼ですら正面切っての戦闘行為は不利と結論付けていたのだろう。援護のためナガサに続こうとして。
「鉄火蝶の責め苦を忘れたか、小娘」
主身に絶対の信頼を寄せるスカヤの唸り。アサメははっと立ち止まった。
連続する剣戟音。
爆速の初動を辛うじて避けた殺戮手らが四名一斉と攻め立てるが、唯一人で打ち合いを続けるナガサを一瞬では殺し切れない。
一箇所と留まらず回転しながら全視界を確保し、鋭敏な体捌きで避けては即座に剣閃を放つ。敵に届きはせず、だが踏み込みも許さない。
確かに一線を画す戦闘力だ。だが無茶が過ぎた。敵に背後を晒し続けているのも同然。
ナガサの頸に敵刃が触れ。
爆轟。
緋色に燃える蝶の群れが、全方位に拡散、殺到。煉獄の園が瞬時に形成された。
爆心地にほど近い死闘宗らを四方へ吹き飛ばし、範囲内の者を焼き尽くす。効いている。赤熱する翅は薄く軽く、死闘宗の僧衣の中へ滑り込んで肉体を直接焦がす、いわば防御性能無視の爆炎。
「往くぞ」
「無茶ばっかり」
頭数を減らす絶好の機会。スカヤとアサメは大きく跳躍し、猛追を仕掛けた。
巨狗は持ち前の体躯で翻弄し、重い爪が敵を押し潰しては手脚を噛み砕く。
颯爽と舞い降りた剣鬼は凶悪な剣舞でまた一人、また一人と斬り捨てていく。
炎が舞う。撤退戦のはずが、剣戟鳴り止まぬ乱戦へ。
「いいな。俺も敵を蹂躙する必殺技が欲しいね」
強い。これならば押し切れる。
不敵な笑みを浮かべたゴクロウだけが境内へゆっくりと降りていく。その風格たるや幽鬼の王。
ぞろりと黒布の風貌を向けてきた二人の死闘宗が接近。容赦ない殺気と刃を抜いてみせた。