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血路の先の魔人達 1

 意味が解らない。

 ユクヨニらは既に斬り殺されていた。しかも二年前に。何を言っているのか。


「生きているぞ、奴らは。俺達はあいつらに嵌められて死に掛けたんだから」


 今度はナガサが驚き、訝しげに眉を顰めた。


「そんな筈は。調べたから覚えているけど、故人だからって流していた。まさか」

「その事件の詳細は」


 思考に切り替えたゴクロウが冷静と促す。


「煤湯の西側にある関所で、客人が警兵隊と揉めてさ。たまたま居合わせた夜光人の行商人らが止めに入ったんだけど、客人が癇癪(かんしゃく)起こした勢いでバッサリやられたらしくてね。即死だったらしいよ。手に負えないって要請が近くの駆け込み寺に入ってから血銭手一名、百銭手三名と無銭衆が十名が出て、仕留め切るまで三十名近く死んだ。こっちも何人か殺られたかな」

 

 客人とは傍若無人な連中しか居ないのかとアサメは眉を顰めるが、今はそれよりも被害に遭った夜光人の行方が気になる。

 

「その口振りじゃナガサは関わってないんだな」

「ないね。バスバもこの件には一切触れてない。少なくとも記録上は、そう書いていた」

「死骸の引き取り先と特定された身元の情報は」


 力及ばずといった風に首を横に振るナガサ。


「そこまでは知らないよ。でも基本的に事件性のある死人が発生したら警兵隊預かりになって、都医院に回される。両者立ち会いで死因と身元を検分し切ったら引き取り人が現れるまで一ヶ月保管されるけど、期間を過ぎたら焼却処分されて合同墓に納骨される決まりのはず。もちろん解剖された死骸や骨が逃げ出したなんて例外は聞いたことがないね」


 信じられないと目を見開き困惑したままのアサメは、それでも毅然と動じないゴクロウを見上げた。

 もしもこれが真実ならば、煤湯(すすゆ)が保有する司法行政機関と医療機関のお墨付きを押されたユクヨニ、シクラン、他行商隊員の死は確定している。

 ならば目にした現実は。

 自分達が出会った彼等は、一体何者だ。


「ずっと引っ掛かっていた言葉が、一つあります」


 か細い声に、ゴクロウとナガサの視線が向く。

 未だ傷の癒えない忌まわしい過去に、アサメは恐る恐ると触れていた。

 雷狂う、裏切りの夜。

 崖の上の、野晒しになった祭祀場(さいしじょう)。雪山を(ねぶ)る火炎と黒煙に包まれた絶望の光景。

 下卑な連中の戯言。


「穢土の洗礼を受け、新たな生を」


 何のことやら、ナガサが首を傾げる。


「奴が、ユクヨニと思われる奴が、私にそう(ささや)いたんです」


 思慮深いゴクロウの眼差しが、真っ直ぐとアサメを見つめる。


「その意味や真相は今ではもう知る由もありません。でも額面通りこの言葉を受け取るなら、穢土は生と死を曖昧にする力を有していると、思えませんか」

「思えない」


 きっぱりと即答するナガサ。


「死者は生者には還り得ない。この世界がどんなにおかしくなっても、死んだ人は元通りには戻らな」

「だったら私達客人は、どうして何百万年も先の今に蘇ったんですかッ」


 アサメの憤激(ふんげき)が密室に響く。

 重い沈黙が肩に伸し掛かるように流れ込んだ。誰もがすぐに答えられるだけの言葉を持ち合わせていなかった。


「落ち着こう。情報が足りねえんだから考えても答えは出ねえ。過去を踏まえて行動する方がよっぽど堅実だ」


 荒ぶる二人を取り持つ穏やかな口調でゴクロウは言葉を続ける。


「何がどうあれ、ユクヨニは今もどこかで薄ら笑いを浮かべているものとして考える。頭の切れる奴だ。今もバスバと内通しているのなら、もう次の一手を」


 からんからんからん、と乾いた音が突然と部屋中に響く。

 天井にぶら下がる無地の絵馬が、何処かと連動する紐の振動によってぶつかり合っていた。

 不穏な気配に駆り立てられる。


「来たかもね。次の一手」


 絡繰(ギミック)を知るナガサは腰に下がる直刀に手を添えた。

 ゴクロウ、アサメも即座に察する。敵襲だ。


「私に続いて」


 ナガサは栗色の総髪(ポニーテール)を団子状に纏めると自らの襟首を引っ掴み、死闘宗の象徴たる面紗(ベール)を展開。ばさりと覆い被る。

 上半身をほぼ隠して首や肩の輪郭をぼやけさせる黒布は、人を幽鬼へと容易く変貌させた。


「周り見えんのか、それ」


 鉄箱を開け、仕舞った荷物を仕込みながらゴクロウは皮肉っぽく指摘した。


「被れば判る。私語禁止」


 有無を言わせないくぐもった声は低い。ゴクロウとアサメは一瞬目配せし、死を振り撒く姿へと変じる意を決す。

 ナガサの動作に倣い、厚手の闇で視界を覆った。


(どんな仕組みだ、こりゃ)


 被った瞬間までは暗かった。だが徐々に明るみ、良好な視界を確保。通気性も良く息苦しさは然程も感じない。

 改めて触れば触るほど不思議な素材だった。網状に走る細かな繊維は僅かに伸び縮みし、それでいて強靭。厚手にも関わらず採光性を持ち合わせるとは、未知の技術力である。

 ちらりと、とゴクロウは隣でもたつくアサメの姿を一瞥(いちべつ)


「む、髪が」


 膝下まで伸びる銀髪のせいで被れずにいた。面紗(ベール)が着脱式ならば問題ないだろうが、僧衣と一体化しているため思い通りにいかない。

 やれやれと急かすように肩を竦めるナガサ。

 ふむ、と考えたゴクロウがくるくると指を回した。


「最初から編めばいいじゃねえか」


 アサメのしかめっ面がなるほど、と閃いた。

 ぐっと眉間に皺を寄せる。銀糸がぶわりと拡散。蛇の如くうねる激流は左右に分かれ、みるみる編み込まれて引き締まっていく。

 鋼よりも遥かに硬く、鞭の様にしなやかなそれは、(さそり)の銀尾。二つの凶器が重たげと胸の前へぶら下がる。


「お待たせしました」


 ようやくと一息吐いたアサメは面紗で覆う。鋼の瞳が黒布の奥に冷たく揺らいでいた。

 長い一日が、始まる。


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