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死闘宗の殺戮手 25

 ナガサは手に取った白墨(チョーク)でとある箇所に丸を描いた。


「事の発端は二ヶ月前。報復代行の依頼を受けて舞燈(ぶとう)町の外れにある高等住居区に向かった時だった。現場はなぜか片がついていてさ。売春目的で人攫いを指示していた主犯格の首が半回転して死んでいた。先に駆けつけていたバスバ達と出会してね。手柄を盗られたってわけ。よくある話だよ。前払いだから文句はないけど、まあ置いといて。

 この頃から奴は妙だった。

『罪人の温床を生む六仁協定(りくじんきょうてい)の統治は煤湯(すすゆ)の未来と成り得るか』

 って語り出してね。死闘宗として(じゅん)じる時点で六仁協定(りくじんきょうてい)を支持しているようなものなのにさ。私が「その為の自由な思想が許されているんだから知ったことじゃない」って突っぱねたら何も言わずに消えた。この時からすでに奴から泥暮らしの臭いをスカヤが嗅ぎ取った。妙な臭いが混じっていると。まだ泥暮らしの出没情報が出回る前だったから正体には気付けなくて、下水路を経由して奇襲でも仕掛けたんだろうと気にも留めなかったんだけど」


 かつかつと追加で矢印を書き込んでいく。


「一ヶ月ごろ前から外と内が騒がしくなった辺りで、バスバと他数名の無銭衆が姿を(くら)ました。東西南北の地区で同時多発的に火事が起こる怪事件に乗じてね。勘づいたあたし達がバスバの気配を嗅ぎつけて乗り込んだんだけど、住処も何もかも燃え滓になってたよ。焼け跡から、これだけを残して」


 ナガサは作業台の上にある小棚から、掌程度の大きさの筒を取り出した。

 密栓された硝子製の試験管だ。

 ゴクロウは眉間に皺を寄せて見つめる。何が入っているのか、内容物が何かすら解らない程に微かな、綿状の物体だった。


「羽毛の、残骸ですか」


 視力に優れたアサメが目敏く言い当てる。


「そう。元は伝書鳩の羽毛だよ」


 不意に嫌な直感が、脳裏を掠める。


「鳩舎を使う人間は意外と居るから追跡は難しいと思ったんだけど、こいつは別でね。夜になると薄青く発光するんだ」


 まさか。薄気味悪い寒気がゴクロウとアサメに背筋を這う。


「夜光の精素だよ。バスバはどういうわけか、夜光族の誰かと繋がっていた」

「誰とッ」


 食い気味にアサメが乗り出した。

 鬼気迫る勢いにナガサは少々たじろぎながら下がれ、と手を振る。


「手紙も何もかも殆ど燃えたんだから知らないよ。この塵だってあたしがやけくそ気味に掻き集めた偶然の手掛かりでしかないし」


 ナガサは試験管が割れないよう静かに小棚へ納めた。腕を組みながら黒板に視線を戻す。


「製紙局に残っている記録を片っ端から漁って夜光人も調べたけど、あまり残ってなくて。あなた達の方こそ、心当たりあるんじゃないの」

「ッ」


 怒りに歯を食い縛るアサメは、仇なす者達の名を封じる。口に出すのも(はばか)られるのだろう。

 おもむろとゴクロウは愛用する黒艶の護人杖を見つめた。

 親愛なる夜光の一族、氏族の跡取りになるかもしれなかった友、ハルシから譲り受けた代物だ。使い手の意志が精素を介して物体に馴染む現象、感化が起こるほどには長い時間を共にした。彼等の事なら何でも知っているつもりである。

 心当たりしかない。それも、忌まわしい心当たりだ。


「むしろ知りたいから、俺達に接触しようと決めたってわけか」

「そう、偶然にもね。夜光族って手掛かりが宙ぶらりんの中で突然バスバが煤湯に戻り、そして夜光柄の長杖をつくあなたが現れたんだから」


 どうやら向かっている先が酷似している。恐らくは血生臭い闇の中だろう。

 生死の争いから始まった彼女らとの出会いは単なる偶然ではない。遅かれ早かれ出会う定めだったのかもしれない。

 ゴクロウの金の瞳がナガサを見つめる。

 譲れない事情が垣間見える強い意志が彼女の瞳にも込められていた。


「心当たりはある。だがその前に聞かせてくれ。ナガサ、あんたはなぜバスバとやらに執着するんだ。奴を仕留めて、何を為す」

 

 栗色の眼光が鋭く光った。


「狂犬がのさばっているのを眺める趣味はないの。腐った牙が主に剥く前に私が叩き折る。それだけ」


 そうか、とゴクロウは頷く。


「確かにその通りだ」


 これ以上の理由はないだろう。


(まだ何か隠してやがるな、こいつ)


 もっともらしい口先。

 それがゴクロウの抱いた感想である。個人主義を原動力とする者が忠誠を示す為だけに二ヶ月ものあいだ用意周到と抹殺計画の準備を進める。その上でさほど信頼もない部外者を巻き込むだろうか。


「視線の向いてる先は一緒らしいな。俺達にもやるべき事がある。その手掛かりになるなら、そいつと接触したい」


 だが今は鵜呑みにして彼女の計画に従っておく。


「そうでなくちゃ困るよ」


 柔和に笑んだ栗色の瞳の、その奥に潜む真意を視る。

 共闘か、友好か、(はかりごと)か、敵対か。

 ゴクロウの脳裏は既に幾つもの未来を予測している。裏切られた末に地獄の(ほとり)まで叩き落とされるなど二度と繰り返したくない。地上へと這い上がる中においても宿敵と腹を探り合った経験が、ゴクロウをより用心深い性格に変えていた。


「ユクヨニ、もしくはシクランという夜光族を知っているか」


 討つべき敵の名だ。

 小首を捻ったナガサは二人の名を何度か呟いて黒板の文字を視線でなぞっていく。


「それって、二年前の灼雨(しゃくう)関門事件に巻き込まれて斬り殺された夜光の行商人たちのことかな」


 何、と。

 瞳孔を見開いたゴクロウとアサメは思わず聞き返していた。


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