表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/166

死闘宗の殺戮手 24

 臭気の違いとは。

 アサメが食い気味に乗り出した。


「嗅ぎ分けられるものなんですか」

 私は判らないけど、とナガサが前置きし。

「スカヤ曰く、バスバらは泥暮らし特有の腐臭と不潔な生活臭。でもあなた達はそれに加えて濃い血臭を纏っていた。前者は汚い寝ぐらで何事かを(はか)り、後者であるあなた達は敵地のど真ん中で散々暴れた。当たらずとも遠からずってところじゃないかな」


 嗅覚による捜索精度の高さ、恐るべし。

 彼女の予想通り、ゴクロウとアサメは泥暮らしを蹂躙(じゅうりん)した。大いに頷いて応じる。


「その通りだ。俺達はしばらく夜光族と行動していたんだが、禁足域に封印されていた馬鹿でかい化け物が生んだ亀裂に落ちてな。そこが泥暮らしの都だった」


 やっぱり、と呟くナガサ。


「よく生き逃れたね。その右腕は代償かな」

「いや、別件だ。ただ禁足域の何処かに落としたのは間違いない」


 ふうん、と聞き流す。


「確かに、急ぎだっていうなら直し魔しかいないかもね。拡張手術は時間が掛かるから」


 見た目は生身の腕にしか見えない掌を、ナガサは開け閉めする。

 耳を澄ませば関節から響くはずのない無機質な音。その眼に憂いらしき感情は見受けられない。むしろ自らの一部に絶対の自信を寄せているかの様子だった。


「ナガサ、あんたのそれもゲイトウィンの手によるものか」

「いや、専属の技師が同胞に居る。直し魔は、ちょっとね」

「問題ありか」

「まずそもそも、六仁協定(りくじんきょうてい)血判者(けつばんしゃ)がどれほどの存在か、知らないでしょ」

「ああ、ぜひ聞きたいもんだ」


 ナガサが可動式の黒板を押して横回転させる。

 裏面にも同じく、人物像と共に簡単な経緯が記されていた。


正霊式世界順位(R.O.S)って知ってるかな」

「なんのことやら」


 ナガサはこつこつと単語を叩く。


「各人が有する固有の精素を複数の術式で計算して数値化した、なんというか、魂の総量を示す客人用の順位表の一つでね。全人種抄(レーサーズ)だとか血質覧(ブラッドリスト)だとか歴戦番付とか色々な格付けがあるけど、客人としての戦闘性能という点において正霊式(ロス)はなかなか的を射ている。六仁協定(りくじんきょうてい)血判者(けつばんしゃ)ってのはそれだけ世界規模で認められている正真正銘の魔人達ってわけ。あたし達はこれから彼等の元へ訪ねるから、覚えておいて」


 ゴクロウとアサメは黒板に記された化け物達の肖像を視線でじっとなぞる。白一色だが特徴を捉えた、細かな描写の人相書きだった。


 面紗(ベール)を被った年齢性別不詳の人物。

 銭を首に飾る中性的な造りの人型。

 十二位。

 死闘宗の開祖、無賢(むけん)導師と金剛身の散銭(サンセン)


 極めて太い骨格、歴戦の傷痕を刻んだ男。

 奇妙な仮面を身に付ける線の細い女性像。

 七九位。

 恐れ狩りの師父ジェグロヴと要塞身グアルディ。


 神秘的な相貌の美女。

 名の通り全身鎧で表現された無機質な鉄像。

 十六位。

 道国(どうこく)商会曇天郷支部要人警護者ロスヴァーナと剣聖甲冑ガルセリオン。


 初老の顔つきをした薄ら笑いを浮かべる男。

 天輪を背負う女性的な小人。

 九七位。

 二六六代目煤湯都首(としゅ)ユミハと(ささや)きのリュム。


 凶暴と笑む野性的な風貌の男。

 目玉模様の髪を結んだ魔女。

 三位。

 雷盃(さかずき)ノスケと瞑孔雀(くらくじゃく)ザン。


 目つきの死んだ痩身の女。

 白点の集合体。

 四八位。

 直し魔ゲイトウィンと白い影柱。


「今日は六仁協定(りくじんきょうてい)が火急で集結される。ある意味、災厄の日だね。彼等は全員、人間を超越した何かだと思っていい。常識は通じないし、使う言葉を間違えれば簡単に首が刎ね飛ぶ。特に直し魔は群を抜いた奇人でさ。殺した人間を別の生物として作り直してしまう」


 聞くだけで背筋に悪寒が走る。生命倫理などあったものではない。

 正霊式世界順位(R.O.S)にどれ程の信用があるかは知る由もないが、数値上に表されたものは一つの基準となる。数多く存在するであろう客人の上位者として挙がっているのだ。化け物揃いに違いない。

 アサメが心配そうにゴクロウを横目で見つめた。


「じゃ、要相談ってところだな」


 やはりゴクロウは楽しげに笑っていた。言葉による脅しは彼に通用しない。

「もう少し危機感があってもいいのでは」


 深い溜息がアサメから漏れる。頭痛がすると言わんばかりに額を指先で揉んでいた。ナガサも似たようなもので呆れたような顔をしていた。


「いや、面白いだろ。こういう順位表を眺めてると、血が沸くというか、わくわくしてこねえか」

「少年か」

「子供ですか」


 アサメとナガサの声が期せずして重なった。両者はじろ、と一瞥し合い、すぐに視線を切る。


「ナガサ、あんたは何位なんだ」

正霊式(ロス)だと百位以下は載らないよ。探せばあるんだろうけど、戦闘力の順位付けにあまり興味ないし」


 ふうんと顎を(さす)るゴクロウはじっと黒板を見つめ。


「この中で垂迹者(すいじゃくしゃ)と闘り合える奴は居るのか」


 興味本位が何気なく口を突いて出た。


「はあ。有り得ないこと聞くね」


 呆れるナガサは痒くもない頭を掻いていたが。


「居るわけないって言いたいところだけど」

「ふむ」

「この中に一人、灼雷(しゃくらい)聖に喧嘩を売って半殺しに遭った、名誉なんだか不名誉なんだか分からない伝説を残した(バカ)なら居る」

「こいつか」


 ゴクロウは男の肖像に指を突きつけた。馬鹿を働きそうな奴は彼以外に居そうにない。


「そう。雷盃(さかずき)ノスケ。六仁協定(りくじんきょうてい)の中でも群を抜いた大馬鹿だね」

「その言い方だとあんたのとこの(かしら)が二番目の馬鹿って事になるが」

「大馬鹿になれって仰っておられるから良いの。減らず口は結構だけど、どんな目に遭っても面倒はみないからね」


 思いのほか話が盛り上がろうとしている。話好きと喧嘩腰は相性が悪い。このままだと話が逸れそうだ、とアサメが咳払いした。


「あの。こんな化け物揃いなら、このバスバという(やから)は大した脅威ではないのでは。私達がわざわざ手を下す必要を感じませんが」


 気を取り戻したナガサが黒板を表面へと押し戻した。バスバと名づけられたのっぺらぼうの人物像を数度と小突く。


「完全無欠なんて有り得ない。ちょっとしたきっかけを狙って突けば、全てを台無しにひっくり返せる。このバスバは死闘宗でも随一(ずいいつ)知謀家(ちぼうか)でね。煤湯(すすゆ)転覆の切り札となる計画を進めている筈なんだよ。泥暮らし、いや穢土(えど)の陣営側として」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ