死闘宗の殺戮手 24
臭気の違いとは。
アサメが食い気味に乗り出した。
「嗅ぎ分けられるものなんですか」
私は判らないけど、とナガサが前置きし。
「スカヤ曰く、バスバらは泥暮らし特有の腐臭と不潔な生活臭。でもあなた達はそれに加えて濃い血臭を纏っていた。前者は汚い寝ぐらで何事かを謀り、後者であるあなた達は敵地のど真ん中で散々暴れた。当たらずとも遠からずってところじゃないかな」
嗅覚による捜索精度の高さ、恐るべし。
彼女の予想通り、ゴクロウとアサメは泥暮らしを蹂躙した。大いに頷いて応じる。
「その通りだ。俺達はしばらく夜光族と行動していたんだが、禁足域に封印されていた馬鹿でかい化け物が生んだ亀裂に落ちてな。そこが泥暮らしの都だった」
やっぱり、と呟くナガサ。
「よく生き逃れたね。その右腕は代償かな」
「いや、別件だ。ただ禁足域の何処かに落としたのは間違いない」
ふうん、と聞き流す。
「確かに、急ぎだっていうなら直し魔しかいないかもね。拡張手術は時間が掛かるから」
見た目は生身の腕にしか見えない掌を、ナガサは開け閉めする。
耳を澄ませば関節から響くはずのない無機質な音。その眼に憂いらしき感情は見受けられない。むしろ自らの一部に絶対の自信を寄せているかの様子だった。
「ナガサ、あんたのそれもゲイトウィンの手によるものか」
「いや、専属の技師が同胞に居る。直し魔は、ちょっとね」
「問題ありか」
「まずそもそも、六仁協定の血判者がどれほどの存在か、知らないでしょ」
「ああ、ぜひ聞きたいもんだ」
ナガサが可動式の黒板を押して横回転させる。
裏面にも同じく、人物像と共に簡単な経緯が記されていた。
「正霊式世界順位って知ってるかな」
「なんのことやら」
ナガサはこつこつと単語を叩く。
「各人が有する固有の精素を複数の術式で計算して数値化した、なんというか、魂の総量を示す客人用の順位表の一つでね。全人種抄だとか血質覧だとか歴戦番付とか色々な格付けがあるけど、客人としての戦闘性能という点において正霊式はなかなか的を射ている。六仁協定の血判者ってのはそれだけ世界規模で認められている正真正銘の魔人達ってわけ。あたし達はこれから彼等の元へ訪ねるから、覚えておいて」
ゴクロウとアサメは黒板に記された化け物達の肖像を視線でじっとなぞる。白一色だが特徴を捉えた、細かな描写の人相書きだった。
面紗を被った年齢性別不詳の人物。
銭を首に飾る中性的な造りの人型。
十二位。
死闘宗の開祖、無賢導師と金剛身の散銭。
極めて太い骨格、歴戦の傷痕を刻んだ男。
奇妙な仮面を身に付ける線の細い女性像。
七九位。
恐れ狩りの師父ジェグロヴと要塞身グアルディ。
神秘的な相貌の美女。
名の通り全身鎧で表現された無機質な鉄像。
十六位。
道国商会曇天郷支部要人警護者ロスヴァーナと剣聖甲冑ガルセリオン。
初老の顔つきをした薄ら笑いを浮かべる男。
天輪を背負う女性的な小人。
九七位。
二六六代目煤湯都首ユミハと囁きのリュム。
凶暴と笑む野性的な風貌の男。
目玉模様の髪を結んだ魔女。
三位。
雷盃ノスケと瞑孔雀ザン。
目つきの死んだ痩身の女。
白点の集合体。
四八位。
直し魔ゲイトウィンと白い影柱。
「今日は六仁協定が火急で集結される。ある意味、災厄の日だね。彼等は全員、人間を超越した何かだと思っていい。常識は通じないし、使う言葉を間違えれば簡単に首が刎ね飛ぶ。特に直し魔は群を抜いた奇人でさ。殺した人間を別の生物として作り直してしまう」
聞くだけで背筋に悪寒が走る。生命倫理などあったものではない。
正霊式世界順位にどれ程の信用があるかは知る由もないが、数値上に表されたものは一つの基準となる。数多く存在するであろう客人の上位者として挙がっているのだ。化け物揃いに違いない。
アサメが心配そうにゴクロウを横目で見つめた。
「じゃ、要相談ってところだな」
やはりゴクロウは楽しげに笑っていた。言葉による脅しは彼に通用しない。
「もう少し危機感があってもいいのでは」
深い溜息がアサメから漏れる。頭痛がすると言わんばかりに額を指先で揉んでいた。ナガサも似たようなもので呆れたような顔をしていた。
「いや、面白いだろ。こういう順位表を眺めてると、血が沸くというか、わくわくしてこねえか」
「少年か」
「子供ですか」
アサメとナガサの声が期せずして重なった。両者はじろ、と一瞥し合い、すぐに視線を切る。
「ナガサ、あんたは何位なんだ」
「正霊式だと百位以下は載らないよ。探せばあるんだろうけど、戦闘力の順位付けにあまり興味ないし」
ふうんと顎を摩るゴクロウはじっと黒板を見つめ。
「この中で垂迹者と闘り合える奴は居るのか」
興味本位が何気なく口を突いて出た。
「はあ。有り得ないこと聞くね」
呆れるナガサは痒くもない頭を掻いていたが。
「居るわけないって言いたいところだけど」
「ふむ」
「この中に一人、灼雷聖に喧嘩を売って半殺しに遭った、名誉なんだか不名誉なんだか分からない伝説を残した奴なら居る」
「こいつか」
ゴクロウは男の肖像に指を突きつけた。馬鹿を働きそうな奴は彼以外に居そうにない。
「そう。雷盃ノスケ。六仁協定の中でも群を抜いた大馬鹿だね」
「その言い方だとあんたのとこの頭が二番目の馬鹿って事になるが」
「大馬鹿になれって仰っておられるから良いの。減らず口は結構だけど、どんな目に遭っても面倒はみないからね」
思いのほか話が盛り上がろうとしている。話好きと喧嘩腰は相性が悪い。このままだと話が逸れそうだ、とアサメが咳払いした。
「あの。こんな化け物揃いなら、このバスバという輩は大した脅威ではないのでは。私達がわざわざ手を下す必要を感じませんが」
気を取り戻したナガサが黒板を表面へと押し戻した。バスバと名づけられたのっぺらぼうの人物像を数度と小突く。
「完全無欠なんて有り得ない。ちょっとしたきっかけを狙って突けば、全てを台無しにひっくり返せる。このバスバは死闘宗でも随一の知謀家でね。煤湯転覆の切り札となる計画を進めている筈なんだよ。泥暮らし、いや穢土の陣営側として」