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死闘宗の殺戮手 23

 殺戮手ナガサの指示に従い支度を終え、宿坊から出る。

 護人杖(ごじんじょう)をつき、右袖を靡かせるゴクロウ。二刀を腰に差したアサメは死闘宗の黒装束に着替えていた。

 襟首に仕舞われた死闘宗の象徴たる面紗(ベール)はまだ被らない。全身を包む僧衣は見た目以上に重量があり、各部位を鉄板で補強されている。生地も分厚く、防刃防弾耐火性に優れた素材である。

 戦闘者ならば誰もが(うらや)む一級品だが、一度でも身に(まと)えば殺意から決して逃れることのできない呪いの代物でもある。

 本堂の扉を開けようとしているナガサも同じく面紗(ベール)を納めた状態で着替えており、側を守るスカヤだけが灰色の体毛を晒していた。


「奴ら、まるで信用なりません」


 ゴクロウにしか聞こえない声でアサメが呟いた。


「あろうとなかろうと裏切られる時は裏切られるんだ」


 一人と一匹の死闘宗らを後ろから見つめながら、ゴクロウは今までの経験則を語る。得る物も犠牲も身を以て体感した。それはアサメも承知の筈である。


「何も得られなかったら時間の無駄ですよ」

「焦るのと急ぐのとでは意味が違う。無駄に思えても、取りこぼすのは前者の方だ。頭が冴えてりゃ、選ぶべき線路は即座に切り替えられる」


 横目で睨むアサメ。


「焦ってるって言いたいんですか」

「だな」


 意にも介さない即答に、ふんと苛立ち気味に鋼色の視線を逸らす。わかりやすい反応にゴクロウは笑いながら言葉を続けた。


「でもアサメは今まで通り感情的なままでいい。冷徹になりすぎる俺を止めてくれるからよ」

「焦ってるから知ったことじゃありません」

「拗ねるなって」


 本堂の門扉が、重く息を吸うように開かれた。

 振り向いたナガサが来い、と無言で訴えてくる。頷くゴクロウとそっぽを向いたままのアサメは暗い仏殿へと足を踏み入れた。スカヤは入らず、警備に徹する。さながら狛犬のようである。

 染みついた線香の気配に出迎えられた三名は板張りの外陣(げじん)をぞろぞろと歩く。金細工の天幕の下、厨子(ずし)には木彫りの像が鎮座(ちんざ)す。日々欠かさず手入れされているのだろう。埃っぽさはない。最低限の仏界が再現された内陣(ないじん)をぐるりと見回し、傍の細い通路を抜けて裏手に入った。

 並ぶ祭壇の一つに手を忍び込ませたナガサが仕掛けを弄る。直後に作動音。

 床板が一枚跳ね上がると、地下へと続く隠し階段が出現した。


「面白え。忍者屋敷だ」


 堂内にゴクロウ無邪気な呟きが響く。


「死にたくなかったらあちこち触らないようにね」

 気に食わないとばかりにアサメがふんと鼻を鳴らした。

「罠で脅迫ですか」

「あら、暗くて狭いとこは苦手かな」


 始まった。


「ああ、地下はあんまり良い思い出はねえな。さっさと済ませようぜ」


 ゴクロウが間に入って冷戦を止めた。

 一列になって狭く急勾配な階段を降り、辿り着いた先の鉄扉を鋭く解錠。重々しく開く。

 一切の光すら届かない暗闇。油や火薬の臭いが充満している。密談するには最適だろうが、視野の確保がないままの緊急行動は命取りになる。

 ナガサは掌を何気なく闇へと差し出した。

 その手から生じた微光が暗がりを押し遣る。彼女との戦闘の際に何度も苦しめられた緋色の蝶だった。ナガサの手元から一匹、火の粉を散らしながら飛び立つと、部屋に設置された蝋燭(ろうそく)に火を灯して回る。

 明らかになった部屋の全容は、小さな武器庫だった。仏具や装飾は一切ない。仏像の代わりに無数と短剣の突き刺さった木製の人形が並べられ、壁には大量の刀剣類が所狭しと吊り下がっている。

 部屋の角には作業台と大きな黒板。まるで実験室と言わんばかりに硝子瓶や薬品が揃っていた。傍には幾つもの義手と義足の基盤。図面の張り付いた台の上にはひしゃげた義腕と幾つもの工具類が無造作と転がっていた。ゴクロウが破壊した一部だろう。


「こりゃ見事な秘密基地だ」

「扉、閉めておいて」


 興奮気味のゴクロウと、じろりと辺りを見回すアサメ。


「臆病の極みですね。こうまでしないと監視から逃れられないんですか」


 苦言を呈さずにはいられないらしい。

 だがナガサは無視し、人差し指を立てて静粛を促した。


「いいから荷物と(ポケット)の中も全部、その箱の中に入れて施錠して」


 反論の余地も許さない強い声。指し示した鉄の箱には紋様が刻まれている。崩された呪文が複雑な幾何学(きかがく)模様を描いていた。指示に従う他ない。

 二人とも荷物を放り込んでいき、最後に形代の紙をしまったゴクロウは言われた通り施錠した。


「これでいいか」

「もう紙類は持ってないね」

「ないけど、紙がそんなに危ねえのか」


 緊張が解けたのか、一息吐いて頷くナガサ。


「書いたもの、声の届くもの、犬の鳴き声だって全て文字に書き起こされて六方郭(りくほうかく)の製紙局に保管される。煤湯(すすゆ)の外は術式の範囲外だから別だけど、この街に居る限り紙は一切信用しないほうがいい」


 成る程、とゴクロウは顎を摩った。

 確かに形代の監視(ドローン)技術は目を見張るものであった。考えてみれば声音の記録程度、訳もないだろう。

 この煤湯(すすゆ)が自由な思想を許された街で助かった。行き交う人々の暮らしを鑑みれば、充分にそれが理解できる。

 だが裏を返せば、悪事を企む環境を生みやすいという弊害も起こり得るだろう。


「もうだいぶ喋っちまってるが」

「整合性さえ取れなければ大丈夫。完璧じゃないしね」


 昨晩のナガサは悟られない様に給仕娘として徹していたのであろう。一つずつ疑問が解消されていく予感に、いよいよと話を切り込む。


「ここから先は、僅かでも記録に残るとまずい内容ってわけだ」


 大黒板の前に立ったナガサは手招きして肯定を示した。


「厄介な相手が敵に回ってね」


 のっぺらぼうの人物像が一人、年表、何らかの予定や煤湯の地図が詳細と描かれている。


「これが標的(ターゲット)だとでも」


 相手が本当に白貌の面構えならば、調査、索敵、計画の実行は容易いだろう。癖のない綺麗な白文字をざっと流し読みするゴクロウだが、そう簡単な事情ではないと悟る。

 そしてある単語に、金眼を鋭く細めた。


「そう。死闘宗の古銭師(こせんし)バスバ。百面僧とも無面僧とも呼ばれているほど正体の知られていない客人で、半身の名はマグサ。どちらも異様に腕が立つことくらいしか解らない。五十年以上も貢献してきた高僧だけど、ここ二ヶ月前から妙に鳴りを潜めていてね。同じ時期に面倒ごとばかり起こってたから、あれこれと調べているうちにスカヤが嗅ぎ取ってさ。奴からあなた達と同じ腐った泥の臭いが、泥暮らしの気配がした」


 泥暮らし。

 忌まわしい言葉を聞いたアサメが息を飲み込む。

 その隣では呑気と自身の臭いを嗅ぐゴクロウ。ほぼ無臭だが、己の体臭は自力で気付けないもの。


「今はもう一般人には解らないよ。スカヤみたいな鼻が効く奴だけ。でも昨日はまだかなり臭いが残っていた。だからあなた達のことをバスバら本人か、その協力者と間違えた。途中から微妙な違いに気付いて手を止めたけどね」


 泥暮らし、死闘宗の裏切り者。

 離れた点と点。

 話を全て聞くまでゴクロウは余計な推測を脳裏に挟まない。情報の確度が下がる。

 だが思わぬ形で自らと結びつこうとしている奇妙な予感だけが、やけに胸の中で疼いていた。


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