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死闘宗の殺戮手 22

「やっぱり美味え。素朴ながら味が良い。落ち着くよ」

「いつ食べられなくなるか分からないからね。そりゃ美味しいモノ作るでしょ」


 嬉々として茶飯を掻き込んでいくゴクロウを尻目に、アサメはすっと立ち上がった。


「茶番は充分です。本題はまだですか」


 じろりと見上げた栗色の瞳は、視線を御膳に戻すと食事に集中する。


「まだ」


 ぴしゃりと返した。刺々しい。


「いつまで待たせる気ですか」

「これから忙しくなるの。朝ご飯くらいゆっくりさせてよ」


 朝食を摂る意志無し、と判断したゴクロウが勝手にアサメの御膳を自分の元へ寄せていた。

 とうに食欲は失せ、怒気に駆られている。

 鋼の瞳はお好きにどうぞと言わんばかりに視線を逸らし、小憎たらしい給仕娘を睨みつけた。


「そんな時間はありません。喋りながらでも下品に食事は続けられます。せいぜい卑しいと思う程度ですから、どうぞ」

「無理」

「いい加減に」

「まあ落ち着けよアサメ。事情があるのはお互い様なんだから」


 器用に箸を動かしながらゴクロウが(なだ)めた。


(この女、やっぱり気に食わない)


 攻撃的な言葉ばかり思い浮かぶ。苛立ちながらアサメはどすんと腰を落とした。焦っても仕方がない事など承知している。だが、何か行動せずにはいられない。

 交渉事はゴクロウに任せる他ないと不満そうに腕を組んだ。


「お前さんのその義手と脚、すげえな。見るからに本物みたいだが」

「ナガサでいいよ。この子はスカヤ」


 給仕娘ナガサはにこりと上手く話を逸らし、伏せて寝転ぶ巨狗スカヤを親指で示した。


「随分と気に入られたな。裏稼業者がそんな簡単に手の内を明かすとは、余裕なもんだ」


 微笑む相手には笑顔で返す。


「嘘か真かの判断はお任せするけど、あなた、賢いからね」


 なんだこの掌返しは、とあからさまに眉を潜めるアサメである。まだ口を挟むまいと不機嫌そうに唇を引き結ぶ。


「当ててやろう。見返りは俺達との信頼構築か」

「どうかな。用済みになったらあっさり見限るかもしれないよ」

「その手は慣れたものさ。裏切りも報復もな」


 掛かってくるなら覚悟しろ、とゴクロウは言外で語るのであった。事の次第では今斬り伏せるのも辞さない。巨軀(きょく)から放たれる迫力は、並の実力者ならば顔面を蒼白させて辟易とする程。

 だがナガサという殺戮手はまるで引け目をみせない。

 金眼と栗色の瞳は数瞬と見つめ合い、やがてナガサの方が一層と笑んだ。


「やっぱり私達の鼻が見込んだ通りだね。ゴクロウ、あなたになら打ち明けてもいい」


 懐に飛び込むのが巧い、とゴクロウは好意的に頷いておく。


「そりゃ正しい相手を選んだな、ナガサ。俺達をどう料理してくれるんだ」


 同じ様に微笑んで頷き返すナガサは済ませた食器を重ねて端に寄せると、卓の下をがちゃがちゃと弄った。どさりと乗せる。


「じゃ、まずはこれを着てもらおうかな」


 取り出したのは二人分の黒装束。見た目よりも重量があるのは、各部位に鉄板や鎖帷子(くさりかたびら)が仕込まれているのだろう。

 死闘宗の僧衣である。


「おいおい、俺達に入信しろってか」

「来る者は拒まず、去る者は生かさず」


 がたりと卓を叩いてアサメが熱り立った。かち割らないだけまだ感情を抑えているが、やはり閉口したままではいられなかった。


「有り得ない。ここまで引き留めておいて、殉教者になれと。都合が良すぎで」


 捲し立てる声に対し、ナガサはさっと掌を突きつけて制す。

 その眼差しは険しく、真っ向からアサメと向き合う。


「こっちも首が刎ね飛ぶ覚悟を決めてんの。最後まで聞いてよ。今回限りはこの掟を聞かなかったことにして」


 こん、と飲み干した味噌汁の椀を強目に置いて注目を集める。ゴクロウである。

 剣呑な気配を放つアサメを止めはせず、ナガサの奥底を見つめるように視線を研ぎ澄ます。落ち着き払い、今、為すべき事を為す。


「聞くぜ」


 死の矜恃(きょうじ)反故(ほご)にせんとする緊急性。

 その背後に、強者が救いを求める程の闇が鎌首をもたげている。


「私達に付き添うふりをして、六仁協定(りくじんきょうてい)の会談に参加してほしい」


 六仁協定(りくじんきょうてい)

 聞き覚えがある。昨晩、強請り屋アドウからも聞いた物騒な連中の名。その中にはゴクロウの望む人物がいる。


「そりゃいい。外の状況も聞けるし、ゲイトウィンとやらに会えるな」

「まともな話し合いになればね」

「穏やかじゃねえな」


 笑いながら、頷いた。


「会談中に大勢の人が血祭りに遭う。協力して」


 何が可笑しいのか。

 微笑みにそぐわぬ冷たい声音に、背筋が騒ついた。


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