死闘宗の殺戮手 20
巨狗スカヤは練り込まれた武技の打ち合いを眺めながら、静かにぼやく。
「姿まで晒しておいて、上に知れたらただでは済まんぞ」
「いまさら怖気つかない。大丈夫だと言ったのはスカヤでしょ」
「むう、そうだが」
理に反しようとも殺戮手ナガサは欲していた。ゴクロウ、アサメの持つ手掛かりと、発生するであろう数多の殺し合いを越え得る力を。
剛体のゴクロウが力の限り拳を振るう。
ただただ全力だ。それは我武者羅という意味ではない。洗練された足捌きや体捌き、呼吸、時機を全て掛け合わせて拳打蹴撃を最適化し、至高の一撃を繰り出し続ける。それらの挙動は美麗すら感じられた。
(しかも本調子じゃないってのが、恐ろしいところなんだよね)
己の義手を微かに握り込むナガサ。片方の腕が無いという負担条件を誰よりも知っている者だからこその感想であった。
(この半身も、どうなってることやら。どこでこの術を身に付けたの)
捌く、弾く、躱す。変幻自在と虚を突く柔拳のアサメ。主身とはまるで対極である。柳の如く受け流し、僅かな隙に強力な反撃を打ち込む。冷艶な鋼の瞳は目の前だけではなく、全方位を見通しているかの様な余裕さえある。
視線が合わずともこちらを見定めている気がしてならない、とナガサは自己防衛するかのように胸の下で腕を組んだ。
どちらの相手を務めるにしても、生半可な格闘術では到底立ち会えない。
(この二人、本当に客人だよね。観れば観るほど異常なんだけど。まるで別々の人同士で番になってるみたいじゃん)
常識から考えれば主身から分岐した半身は似寄るものだが、彼女はまるで別者の様。剛柔入り乱れるこの異種格闘式稽古を観れば明らかだった。ナガサの直感は正しいが、理由までは見抜けない。
「滅多に出会えないよ、こんな逸材は。好機以外の何物でもない」
「うむ」
ようやくスカヤが覚悟を決した。終わりを告げねば、この稽古は際限なく続くだろう。
鼻血塗れだろうとお構いなしで拳打を振るうゴクロウの左腕は、見る度に痣が浮いて腫れ上がる。だが勢いは止まるどころか、より苛烈さを極めんとしていた。
(吸収力、早過ぎ)
直線的だったゴクロウの足捌きに変化が生じる。一挙手一投足に緩急が生まれ、先が読み難くい。隻腕での戦闘に適応し、さらには兵眼流に慣れつつある証拠であった。
必中だったアサメの鋭い拳打が、ついに空振る。
「いいぜ、見えてきたッ」
血の粒を撒き散らして吠えるゴクロウは膝を叩き折る下段蹴りを放つ。
「後の型」
アサメは蹴り足を更に蹴って脚を払った。
巨軀が宙を舞う。ゴクロウは一回転する視界の中、振り上がったアサメの踵を視。
「蓮下脚三之雷」
雷の如き踵落としが顔面へ諸に突き刺さる。
意識を手放したゴクロウは。
「へへ」
顔面が血塗れになりながらも笑っていた。
「ッ」
露わになる継戦の意志は、喜びに満ちていた。
流石のアサメも背筋が寒気立つ。見開かれた鋼の瞳に垣間見た僅かな怯み。
ゴクロウの金眼は逃さない。
石畳への衝突を殺す捻り受け身、両脚を振り回して全方位を蹴り回す。ゴクロウの回生速度を侮ったアサメは腕を上げて防御したが、体重の乗った蹴りを喰らって軽々と吹き飛んだ。
みしりと骨が軋む音。
アサメは足裏を熱く擦りながら柳眉を顰めて堪え、だが力一杯に睨む。
「ああ、今のは響いた、ぜえ」
ゆらりと起き上がった、血の滴る戦鬼を。
「無事で何よりです」
内心で冷や汗を掻くアサメ。思わず加減を誤る程には熱が入っていたらしい。
死を前にしても立ち上がる耐久力、精神力。恐るべし。
互いの闘気が絡み合い、相乗的に練り上がっていく。もう少し出力を上げてもいい。微かに口許を綻ばせたアサメは前に踏み出そうとしたところで。
手を叩く音にしては鈍い音が二度、響いた。
「それ以上は稽古じゃなくなるんじゃないの、お二人さん」
じろり、と。
声の掛かった方を横目で睨む。にこやかな表情の女と、強面の巨狗。先程から呑気に眺めているのは気付いていた。
「確かにな」
闘気が霧散。意外にもゴクロウが構えを解く。
感情を制御する偽王ならではの切り替えである。純粋な闘者だとこうはいかない。気絶するか死ぬか、対象を沈黙へ追い込むまで闘争を求める。
(ここまでか)
現にアサメは不完全燃焼に燻る闘志のやり場を見失ったまま、汗を拭うのであった。