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死闘宗の殺戮手 18

 ゴクロウは地べたに胡座(あぐら)を掻き、悍しい事の顛末を語るアサメの口調に合わせてうんうんと頷いていた。

 話を聞きながらも長刀の装いを元の形に整えていく。刀身を膝に寝かせ、片手であろうとも器用に(はばき)切迫(せっぱ)を戻していく。

 柄を嵌め、柄頭を何度か石畳に打ち付けて目釘(めくぎ)穴を通す。


「そんな気味の悪い得物。今までずっと背負っていたかと思うと、頭が痛くなります」


 (むべ)なるかな、とゴクロウは小さく唸る。

 幾ばくか安堵の表情を取り戻したアサメは既に手入れを終えた二振りの刀身に、植物油を染み込ませた懐紙(かいし)を滑らせて(さび)止めを施していた。


こいつ(マルドバ)、焼け焦げて消滅したもんだと思ってたからな。俺も油断していた」


 黒ずんだ目釘(めくぎ)を挿し、(こしら)えたばかりの長刀を改めてしげしげと眺める。

 朝日を照り返す血流しの刃紋は、多少の刃毀(はこぼ)れも見つけられない。この剛刃さ故に、ほとほと手を焼いた。二度も命を脅かされ、だが心臓から抜刀して以降、破滅的な強敵を二度も退(しりぞ)けた。

 慎重に扱えさえすれば本性が牙を剥くことはない。


「とりあえず、何も悪さをしてくる気配はなさそうだけどな」


 筈である。

 立ち上がったゴクロウは右脚を引いて左半身で構え、剛刃を軽々と振るった。

 二度、三度と重苦しい風斬音が鳴る。


「ゴクロウ。まだ持って歩き回る気ですか」


 暗に捨てろと言っていた。放棄したいと怖気づくアサメの気持ちは解らないでもない。だがこの業物を質屋に回すなど、惜し気が残る。


「サガドとリプレラ。あいつらはまた、俺達の前に現れる。その時にだ。お前の愛刀、気味が悪いから身売りに出したとでも口にしてみろ。愛する我が子だぜ。どんな顔すると思う」

「どんなに怒り狂って迫ろうとも、脳天を縦に割るのみです」


 取り付く島などないとアサメはきっぱりと返した。手入れを終えた刀身を黒色の鞘へするすると納めていく。


「そりゃ俺も気持ちは同じだがよ」

「とにかく、私はもう持ちたくありませんから」


 断固たる意志。無理に押しつけることもあるまい。


「解った。俺が背負うよ」


 ゴクロウが折れた。はい、いいえ、ともに言わずフンと顔を逸らす。好きにしろという訳である。

 図らずも朝稽古の時間となり、このままゴクロウは長刀を振るった。重量に振り回されることなく、きびきびと素振りに励むこと三十分。


「さすがですね」


 階段に腰掛けて見物していたアサメは、同じ戦闘者として純粋に褒めた。眺めていてもまるで飽きないのは、身体が疼くからだろうか。

 ゴクロウが玉の汗を弾いて機敏と足を捌くと、ようやく一息ついた。


最強喰らい(アヴァミネーター)殿にお褒め頂くとは、光栄なこって」


 いつもの軽口に、アサメはあからさまと嫌そうな顔をした。


「次、その名で呼んだら怒りますから」

「別に煽っているわけじゃないんだけどよ。何をしでかしたらそんな大層なあだ名を付けられたんだ」


 飴色鞘の刀を一振り携えて石畳に降り立ったアサメは、青く晴れ渡ろうとしている天空を見上げた。

 鋼の瞳を閉ざす。記憶にこびりついた血を(こそ)ぎ落とす。


「歩法に五年」


 突如として剣気が膨れ上がる。

 ゴクロウは思わず、距離を取った。


「体術に十年」


 鯉口を切る。覗く刃と鏡面(はばき)の鋭い光。


「得物を手にするまで、二十年」


 抜き放たれた刀身は残酷なほど美しい。

 その道を極めた者が手にしてなお、対峙する者に威光を示していた。


「そんな古ぼけた兵法ばかりをものの数分で脳に読み込んだ旧式強化兵士(ロートル)達が五百回近くの殺し合いを繰り返し」


 消失。


「血みどろの廃棄場から生還したのが、この私です」


 ゴクロウの首筋に刃が添えられた。

 一歩目から最速に特化した飛び込みは、あくまで人力の範疇による恐るべき神速。ゴクロウはそれを見切った上で微動だにしなかった。


「殺人兵器を造る蠱毒(こどく)ってわけか」


 好奇心に満ちた金眼を一頻り見つめたアサメは刃を降ろして納刀。


「無敗という血の呪いを負った私は地獄の釜から出た後、存分に魔性を振り撒きました。最強と称され、立ちはだかる者を殺し続けた」


 剣鬼の異影が麗人の背後に視えた気がした。

 これも精素のみせる魔性か。熱気を帯びていたゴクロウの背中の毛が逆立っていく。


「私の呪いから逃れられたのは貴方と、主上(オーダー)だけです」


 だが、ゴクロウは豪快に笑い飛ばした。


「ハッハッ、震えるね。そいつは縁起がいい」


 身に走る寒気は歓喜の武者震い。

 欲しい。その術の習得をするか否かは必ず、生死に直結する。労力にたる見返りを(もたら)すはずだ。

 アサメは不服そうに片眉を吊り上げていた。


「呪いも祝いも、貴方にとっては一緒みたいですね」

「そいつが兵眼流(へいがんりゅう)の意義なんだろ。ますます気に入った。教え」

「教えません」


 先手を取られた。

 何が気に食わないのか、ふんとそっぽを向いた。女心が不機嫌な向きへと傾いたらしい。


「なんでだよ」

「なんでもです」


 ゴクロウは目線を上に上げ、(しぶ)る理由が何故か考えた。


「ああ、そういやアサメ。教えるのド下手っ子だもんな」


 鋭い鋼の瞳が横目でじっと睨んでくる。図星らしい。ふう、と深く息を吐いて心を落ち着かせていくと真剣な面持ちに変わる。


「死ぬ覚悟があるのなら、どうぞ」

「大層なもんだ」


 アサメは首を横に振るう。


「この兵眼流に残された原型はもはや名のみ。膨大な殺し合いを経て別の戦闘術へ昇華したものです。つまり使い手は死を制し得た私だけ。その私が如何にして築いてきたかはもうご存知ですよね」


 成る程、とゴクロウはほくそ笑んだ。


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