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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
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【小話⑪ー2 姪で従兄で叔父上で②】

【小話⑪ー②】



イルミナは気怠そうに乱れた前髪をかき上げると失笑する。



「ハッ、どうせまた母上の侍従長あたりにでも第一王女が暴れているから何とかしてくれと泣きつかれでもしたか? ふん、叔父上には全く関係のない事だろうに、自ら進んで巻き込まれようとは酔狂なことよ。大体そのように人が良すぎる故、下々の者にまで都合よく利用されるのだ。それでなくとも争い事を嫌う軟弱者のくせに、いい加減そのお節介を直さねば、己の望まずして厄介事になっても知らんぞ?」


「イルミナ⋯⋯」



クラウスの表情が僅かに曇る。その一瞬の感情の陰りをイルミナは見逃さなかった。


クラウスはその容貌から一見冷淡な印象を受けるが、その内面は馬鹿がつくほどのお人好しだ。おそらくクラウスの優しい実母の性格を受け継いでいるのだろうが、しかし王族にとって同情や優しさは時には命取りだ。それが女ならまだしも男がそれではいつ暗殺されてもおかしくはない。だからこそ王族の男児は非情さも兼ね備えていなければならない。まして王位継承権を持つ者は権力闘争の中心に常にある為、時には血で血を洗うような骨肉の争いに、いつ何時起こったとしても珍しくもないのだから。


しかしそんな中であってもクラウスはどこまでも優しすぎる性分だった。その身は正当な王家の純血であり、しかも彼には血縁であるフォルセナという大国が後ろ盾にあるにも関わらず、異母兄との確執を取り払うべく早い段階で王位継承権を放棄し身を引いたばかりか、自身の結婚でさえも未だ拒絶し徹底して異母兄を立てている。


それはクラウス側を支持する周囲の人間達に良からぬ野望を持たせぬ為の彼なりの周囲への牽制であり、異母兄を心から慕っている弟の敬意なのだろう。しかしイルミナはそれが気に入らなかった。王族の男で生まれたにも関わらず、権力の座を競わずして初めから身を引くなどと、イルミナに言わせれば愚の骨頂であり、権力の頂点を手にした者こそ他の誰にも有無を言わせぬ絶対君主の相関図が出来上がるのだ。そう今の現王のように。


けれどイルミナが女が故に、どんなに欲しても権力の頂点を手に入れることが出来ない辛酸を舐める悔しい思いをしているというのに、クラウスは全てを手に入れられる資格がありながら、身内との争い事が嫌だという理由で初めから逃げ根性でいるのが実に腹が立つ。


世の中の生き物は全て喰うか喰われるかの弱肉強食。正義や理想論、まして優しさなどという不確かなものだけでは到底生き残れないというのに、クラウスは実に軟弱すぎる。もし己が男であったなら、たとえ血縁だろうがなんだろうが争ってでも絶対に王位を手に入れるだろう。


イルミナは天井を見上げながら、はあぁと苛立ち混じりに大きなため息をつく。



「ああ、そんな情けない顔をするな。逆に心配されるとは思わなかったか? ならば私の気持ちもわかるだろう? 互いに余計なお世話ということだ」


「⋯⋯余計なお世話だとしても、私は君の身内として放ってはおけない」



淡々と真面目に答えるクラウスに、相変わらずな奴だとイルミナは呆れてしまう。そして気怠げな身体をゆっくりとソファーから起こすと、側にあった酒瓶を片手で掴んで持ち上げた。



「まぁ、せっかく来てくれたからには、叔父上殿。久々に酒の相手に付き合えよ。放ってはおけぬと言い出したのはそなただからな? 嫌ならさっさと出ていけ」



そう言い捨ててイルミナは持った酒瓶のコルク栓を抜いて、そのまま口に持っていこうとした時、その腕をクラウスにがっしりと止められる。



「そういう飲み方はやめなさい。もう散々飲んでいるのだろう? 身体がふらついているじゃないか。病気にでもなったらどうするんだ」



本気で心配しているクラウスの顔がおかしくて、イルミナはククッと笑う。



「病気だと? それは、ああ、頭の中のことか。それならもう手遅れだ。これは持って生まれたものだからな。あの父にしてこの子ありということだ。私はすでに壊れているのだよ。そしてその狂気を心の底から楽しんでいるのだ。だから私の邪魔をする者は容赦しないーーわかるだろう? そなたは生まれた時からの長い付き合いだものな。それが身内だからとて例外ではない。たから巻き込まれたくなくば、もう私に構うな」



イルミナは自身をよくわかっている。だからこそクラウスを自分から引き離したかった。年を重ねるごとに狂気に呑まれていく己が彼を傷つけてしまう前に。


しかしクラウスは本当に鈍感というかわからずやだった。ここまでいけばもう傲慢とも言えるだろう。こちらの意思を全く組み入れずに、頑として己の意思を遂行するあたりは、やはり本質からの王族なのだろう。


クラウスは眉間に皺を寄せながら、イルミナの手から酒瓶を取り上げると、テーブルの上にあったグラスを片手で二つ引き寄せ酒瓶の酒をグラスに注いでいく。そして酒瓶のラベルをじっと見つめていた。



「⋯⋯これはかなり年代ものの希少種の酒だな。それをあんな飲み方をして勿体ない。これはゆっくり味を楽しみながら飲むべきだ。それがこの素晴らしい酒を製造した者への礼儀だろう?」



先ほどの話を聞いていて、なぜそこで酒の話になるーーとイルミナは若干毒気を抜かれてしまうが、実のところクラウスはかなり酒に強い。というか、かなりの酒豪である。とはいっても、クラウスは本当に親しい間でしかその実力を表だって見せることはないが、酒飲みを競っても、あの大酒飲みの父王ですら先に潰れてしまうほどの、百戦錬磨の強者だった。


それは彼の母親もそうだったらしいから、人は見かけによらないとはこういうことなのだろう。だからそんな彼を酔わせて どうにかしようとする輩が無残に敗退していくのを幾度か見かけた事がある。クラウスは酒に関しては敵無しだというのに、知らぬとはいえ馬鹿な奴らだ。



「ふん、呆れた奴め。人の話を聞いていたのか。ーーまあ、いいさ、どちらが先に潰れるか勝負しようじゃないか。私に勝つまでこの部屋からは逃がさんぞ、クラウス!」



勝敗はもちろんわかっているが、このお節介で心配性のクラウスにはこうでもしないと、イルミナを放ってはいけないだろう。イルミナはクラウスの注いだ酒のグラスを乱暴に奪うと、一気にグイッと飲み干した。



✽✽✽✽



そこからはもう、クラウスの独壇場だった。イルミナは始めから散々酒を飲んで酔っ払っていたので、イルミナの酒を飲むペースよりもクラウスの方が断然早い上、イルミナが飲もうとしている酒を片っ端から奪い去ってしまう。なので先ほどからイルミナの口に入る酒がほぼ無いに等しかった。


イルミナは自分の空のグラスを睨みながらぐぅぅと呻くと、隣に座って酔った表情すらも見せず飄々と酒を飲むクラウスのシャツの襟を掴んで詰め寄る。



「このむっつり野郎が!先ほどから人の酒ばかり奪いおって、これでは私の口に酒が全く入らぬではないか! なにがゆっくり味を楽しむだ、この酒泥棒め!」



しかしクラウスは平然としている。



「ああ、もちろん味は楽しんでいるよ、どれも実に味わい深くて良い酒だ。君は散々飲んだのだろう? だったら今度は私が飲んでも構わないはずだ。それに君に勝たないと部屋から出してはもらえないようだからな」



しかもそれを真顔で言うから余計に腹が立つ。イルミナに酒をこれ以上飲ませない為なのか、はたまた自分がただ飲みたいだけなのかは、その表情からは読み取れないが、多分どちらも的を得ているのは確かだ。


イルミナは悔し紛れに、ふと、ささやかな嫌がらせを思いついた。この男の表情の崩し方を少なくとも知っている。


イルミナは自分の顔をクラウスの顔に近づけて、その頬を片手でゆっくりとなぞるように触れる。



「なあ、クラウス、そなたでも良いぞ?」



イルミナの突然の行動にクラウスが目を見開く。



「イルミナ? なにを⋯⋯」



思惑通りにクラウスの表情が僅かばかりにも変化したことに満足しつつも、イルミナはニヤニヤと口角を上げて笑う。



「なぁに、良い事を思いついたと思ってな。私とそなたが結婚すれば少なくとも問題は解決ではないか?」


「は? 結婚って、何を馬鹿なことをーー」



明らかに動揺しているクラウスを眺めて、イルミナは更にしてやったりとした顔になる。



「確かに馬鹿なことだとは思うがな。まあ、考えてもみろ、私達は周囲から結婚を急かされているのは同じだ。しかし我等は伴侶を望んではいないだろう? だがそれがいつまで通用するかはわからない。いずれはどこぞの相手と政略結婚させられる運命だ。そこでだ、私の性癖を知っていて、尚且つ子を持ちたくないそなたとなら結婚しても悪くないのではと思ってな。互いに利益のある話だろ?」


「⋯⋯イルミナ、私達は血縁者だ。それはあり得ない」



クラウスはふいっと顔を背ける。イルミナはそれを面白がるように言葉を続けた。



「ふふ、そうだな。私達の関係はより複雑だ。なんといっても叔父であり、姪であり従兄でもある。それが結婚などと禁忌以外のなにものでもないな。だが我が国では親、きょうだい、祖父母以外の婚姻は許されている。だから表面上での結婚は可能だということだ」


「イルミナ、君は飲み過ぎだ。もう眠って休んだ方がいい」



そう言ってソファーから立ち上がろうとするクラウスをイルミナはすかさずソファーに押し戻すと、動けないように両腕で囲むようにして上から押し倒す。



「なあ、クラウス。良い案だろう? 我らが結婚することでお互いの悩みが解決するのだから。私はそなたが何をしようとも干渉しない。当然子も作らなくてもいい。私だけがそなたを自由にしてやれるのだ。これほど良い条件は政略結婚では得られないぞ?」



イルミナの中では半分は冗談、半分は本気だった。どう考えてみてもそれがお互いに好条件だったからだ。血縁は強くとも表面上の夫婦であれば問題ない。クラウスは頑なに伴侶を持ちたがらない。かといって同性愛者でもない。そしてイルミナの方は性は女でも心は男で、しかも嗜虐性癖がある為、普通の伴侶を持つのはかなり難しい。だからこそ、クラウスならばと考えたのだ。


クラウスと一緒になることで血が濃くなるという禁忌は、子を作らなければ解決する簡単な話であり、事実上、血統的には当然申し分ない王子と王女だ。それにイルミナはクラウスを時に疎ましいと思うことはあれ根本的に嫌いではないし、身内の中では唯一を気が置ける存在だった。だからイルミナは我ながら良い案だと思いつつ、甘く低い声でクラウスの耳元で誘惑するように囁く。



「なあ⋯⋯私と一緒になると言え、クラウス。我らは良いパートナーになれる。私達は同じ時に生まれた運命共同体なのだ。そして私ならば、そなたの望みをなんでも叶えてやれるぞ⋯⋯」



イルミナはクラウスの顔を自分の方に強引に向けると、妖艶に微笑みながらクラウスの唇に己の唇を近づけ触れるか触れないかのところでクラウスの手がそれを制止すべく割って入る。



「いい加減ふざけるのはやめてくれ!兄上と同じ顔で迫られるのは正直気分が良いものではない!」



全身に鳥肌が立つほどに本気で嫌がっているクラウスを目の当たりにして、イルミナは想定外に可笑しくて吹き出すようにして笑う。



「わはは、なんとも情けないな。女に迫られてそんな様子なら、一生恋人なんか出来ないぞ? これだから童貞は駄目なんだ。なんなら私の行きつけの娼館を紹介するから、少しは勉強したらどうだ?」



クラウスが明らかに嫌がるような発言をして煽ると、クラウスの表情が険しくなり、怒りと苛立ちが見て取れた。



「⋯⋯⋯」



どうやらクラウスは本気で怒っているようだ。無言のままイルミナの身体を押し退けようと体を動かした。そんなイルミナは素直に己の身体をどかすと、大きく肩を竦める。



「やれやれ、我が叔父上殿を本気で怒らせてしまったようだ。だが、この手の冗談くらい大人なら軽くいなせるようにならないと駄目だぞ? 男としても馬鹿にされるのがおちだからな。いいか? 世の中の話題でもっとも盛り上がるのは、泥沼の男女のもつれ話か、卑猥話だ。そなたももう子供ではないのだから、それくらい慣れろよ」



そんなイルミナの不遜な態度に、クラウスは深いため息をついた。



「⋯⋯君は本当に兄上によく似ているな。そういうのは兄上だけで十分だから、私ではからかわないでくれ。苦手なんだよ、本当に⋯⋯」



全身に暗い陰を落とすクラウスに、今日はここまでだなと、イルミナは思った。これ以上更に踏み込めば、きっとクラウスに避けられるようになってしまうだろう。それだけクラウスとの線引きは難しい。


これがどうでもいい相手ならそれでもいいが、クラウスとはこれからも良い関係を続けていきたいので、そうもいかない。


イルミナはクラウスの肩を叩きながら、全然申し訳ないとは思ってはいないだろう感じで謝った。 



「ああ、すまんな、悪かった。そう怒るなって、いつもの事だろう? そなたが私を心配しているように私もそなたの事を心配しているのだ。お互いに同じ悩みを抱えているのは一緒だからな。なにも無理強いしているわけじゃない。ただそういう筋書きもあるって話だ。逃げ道は色々作っておくに越したことはないからな」


「イルミナ⋯⋯」



イルミナはそんなクラウスを置いて扉の方へ、ふらふら歩いて行く。すかさずクラウスが後に続き、イルミナの身体を支えようとすると、イルミナはクラウスの肩をがっしりと腕をかけて引き寄せる。



「⋯⋯クラウス、そなたは不器用すぎる。もっと要領良く出来るようになれ。それが難しいなら私を「逃げ道」にしろ。父上同様、私もそなたの不幸を望んではいない」



イルミナの言葉にクラウスはフッと笑うと、小さく首を横に振った。




【⑪ー終】





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