二章最終話 例え影であったとしても
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二章最終話です。
『――試合、終了ですっ!!』
試合終了のアナウンスに、そして光景に、わっ、と沸き立つ観客席。
『勝者は――ジェネラル四十川選手率いる、ルアンナ選手、黒星選手ペアッ!!』
会場のディスプレイに、四十川にルアンナ、そして堅一の顔写真と共に、『WINNER』の文字が躍った。
『最後はルアンナ選手、1リーグ所属の力を遺憾なく発揮し、見事山形三造選手をダウンさせました! 山形三造選手もなんとか食らいつきましたが、力及ばず。最初にダウンしてしまった山形一臣選手も、悔しいことでしょう!』
試合を振り返るように、アナウンスの声が響く。
だが、これはあくまでイベントにおけるイベント戦であって、大会の決勝戦どころか公式戦ですらない。
試合終了後は特に何もなく、呆気なく終わるものだ。
『そしてそして、なんといっても黒星選手。プロではないと聞いて、さぞや不安に思った方もいらっしゃったでしょう。ですが、ルアンナ選手、四十川選手が味方だったとはいえ、我々を驚かすような戦いぶりを見せてくれました! 縣プロの弟子というのは伊達ではない、それを証明できたことでしょう!』
そんなアナウンスに乗せられたように、
「ありがとう!」
だの、
「大会に出た時は、応援してやるぞ!」
だの、堅一に向けてと思しき声がいくつか届く。
そんな彼らの声と裏腹に、すっかり恭介の弟子扱いじゃないか、とバトルフィールドに立つ堅一は嘆息した。
『ご観戦の皆さま、見応えのあるバトルを繰り広げてくれた選手達に、大きな拍手をお願いいたします!』
鳴り響くような、万雷の拍手が観客席より送られる。
お世辞ではない、健闘を称える惜しみない拍手だ。
――この少年は、くるかもしれない。
若き世代への期待。全員でなくとも、この場に居合わせた多くがそれを胸に抱き、拍手に応えて礼をする堅一の姿を、名を、確かに心に刻み込んだ。
それはまた、偶々居合わせた弐条学園の生徒も例外ではなく。
そして――。
「……ふん、ようやく戻ってきましたか――と言いたいところですが、あの程度ならまだ当分言えませんことね」
「あの能力、間違いない。だが……」
嘲りと、失望。
「――少しいいか、黒星君」
拍手を背にバトルフィールドから立ち去り、数分。
本来選手用のシャワールームを特別に貸してもらい、バトルでの汗を流して選手控室に戻ろうと関係者用の廊下を歩いていた堅一は、己を呼び止める声に足を止めた。
その声の主に心当たりがあったため、眉根を寄せつつ、振り向いたその先には。
先程までバトルフィールドで対峙していた三兄弟の次男山形景二、そして三男の山形三造が。
「……いいですけど」
試合中にルアンナが評した通り、長男の山形一臣に比べればまともな二人。
そんな二人であったから、堅一は疑問を覚えつつも素直に足を止めた。
「まずは、非礼を詫びる。兄者の態度。そして兄者ほどではないが、我々もどこか君を侮っていた節があった」
「いえ、別に。気にしてませんし、そうなるのも分かりますので」
すまない、と頭を下げる二人。
そんな二人に対し、堅一はしれっと本音を出す。
「そして、礼を。おかげで、大事なことを思い出せた。もう何年も前、我々がプロになったばかりの頃に、状況は全く異なるが似たようなことがあったことを。十ほども下の人間に後れを取ったのは、これで二度目だ」
「はあ……」
「あと、兄者からの伝言で、次は覚悟しとけ、とのことだが……これはあまり気にしないでくれ。兄者も、どこか思うところがあったのだろう。いつもなら試合に負けるとふてくされるのだが、今日はすぐに自己鍛錬へと行ってしまった」
「…………」
なんと反応すればいいのか、と堅一が首筋を掻いた、その時。
「あら、間に合わ……貴方達、うちの子に何か用?」
パタパタ、とルアンナが急いだように廊下を駆けてきた。
何か妙なことを言いかけていたような。それに、うちの子という表現はなんだ。
そんな堅一の内心をよそに、ルアンナは鋭い視線を兄弟二人に送る。
「いやいや、我々の非礼と、そして礼を伝えていたところだ」
「ふーん、なら、もう用はないわよね?」
「ああ、もう大丈夫だ。すまなかったな」
「よし、ほら堅ちゃん、行きましょう!」
堅一の腕を引いたルアンナが足早に去っていき、曲がり角でその背中が消える。
残された兄弟二人は、その光景を揃って苦笑して見送った。
「……あの感覚、忘れようもない。まさか、とは思ったが」
「ああ、三造もそう感じていたなら、やはり彼がそうなのだろう」
長兄、山形一臣は、覚えているかどうか。ただ、景二と三造は、確かに覚えていた。否、忘れられるはずもあるまい。
三兄弟がプロとなったばかりで3リーグに所属していた頃。デビュー戦ではないが、とある小さな大会に参加した。
そこでのルールは、複数のチームが同バトルフィールドに入り乱れて戦い、最後まで立っていたソルジャーのチームが勝利するという特殊なサバイバル方式。
そこに、明らかに場違いなソルジャーがいた。齢二桁をいっているかいないか、と思われる年ほどの少年。二人だけでなく、他の参加者もそう思ったことだろう。
だからか、同じ組の参加者の狙いは、そこに集中した。そのチームのソルジャーばかりかジェネラルまでも同じくらいの年と思われる少年だった。
誰かが、その幼いソルジャーを、そしてジェネラルを――馬鹿にした。
その時に少年が発した怒気を、異様な胸騒ぎを、悪寒を、山形景二は、山形三造は、忘れてはいない。
その少年によってその組のソルジャー達が――無論山形三造含め――全て瞬殺されたのを、忘れてはいない。
「かつて確かに一度、経験したあの感覚。若干違いはあったにせよ、よもやまたしても味わうことになろうとは」
「ああ、そして2リーグに昇格した今さえも――同じ少年に敗北することになろうとは」
「……黒星堅一、か」
堅一の姿が見えなくなった先の廊下を、二人の兄弟は眩しそうに目を細めた。
「どうだった、嬢ちゃん? 何か掴めたかい?」
選手がバトルフィールドから退場し、観戦していた人々が会場を後にしようと続々と席を立ってから更に数分。
……それでは、また学園で。黒星君にもよろしく伝えておいてくれ。
共に観戦していた舞達も引き上げ、すっかり寂しくなった会場。
その中で未だ特別席に座ったままの恭介が、隣の姫華に尋ねた。
「……はい」
「そりゃ、よかった。じゃ、おさらいだ」
頭の中で考えをまとめ、ゆっくりと頷いた姫華に、恭介が顔を寄せる。
「ポイントその一はいいな? 天能を使用しなければ回避できない相手の攻撃は、極力味方に助けてもらえ。そうすれば、堅坊は体力を節約できる。これが、ポイントその一だ」
恭介の指が一本、ピッと立つ。
姫華が頷くやいなや、恭介は二つ目の指を立てる。
「で、もう一つ。堅坊の天能は確かにアイツ自身も対象となるものがあるが、どちらかといえばサポートに回る方が適したタイプのソルジャーだ。例えば、本来強化の能力を持たない奴でも、アイツがいれば能力が強化される。俺みたいな奴でも、俺自身の能力にさらに加えて強化される。今行使できる天能封じ、そして先見の呪いは味方にはかけないが、敵にかけることで堅坊だけでなく味方のソルジャーも大きく有利となる。これが、二つ目」
つまり、と恭介は三本目の指を立て、言ったのだ。
「アイツを、堅坊を活かしたいなら――」
ごくり、と無意識に姫華が喉を鳴らす。
「――エースを探せ。お前さんのチームで主力となる、絶対的なエースを」
「エース……」
言外に、堅一はエースになりえない、と。
続けられる言葉に、姫華は言葉を挟まず粛々と耳を傾ける。
「全くないわけじゃないが、基本的に堅坊には火力、決定力が不足している。相手に大ダメージを与えられるような必殺技が。並みの相手ならまだしも、本当に強い奴らにはそれじゃ通用しねえ。だからアイツは基本的に一騎打ちが苦手だ。天能の発動条件が体力の消費ってのもあるがな」
故に――チームを象徴するような絶対的主力には、なれない。目立って活躍するような、光にはなれない。正面から堂々とぶつかり合い相手を粉砕するような、エースにはなれない。
「だが、落ち込むなよ、嬢ちゃん。俺は別に、だからアイツが駄目だと言ってるわけじゃねえ」
自身の言葉に、姫華が気落ちしたように見えたのか。
恭介が、不敵な笑みを浮かべる。
「奴は言わば、影のエース。戦場では、決して一番強く輝きを放ちはしねえ。今回だってプロにまざってただ一人学生であったし、アイツ等も余裕があって堅一を立てるように動いたから喝采を受けたが、それがなけりゃ観客の注目の的になることも少ねえ。ただの傍観者である限り、その凄みは分かり難いだろうよ」
……だからこそ、下に見てしまう者も多く、過小評価をされやすい。
だが、と恭介はしみじみと言った。
「アイツが隣に立つ心強さを、そして敵として立った時の厄介さを、俺達は知ってる。……俺達だけじゃない、アイツの力の真の意味を理解した時、どうしても一目置かざるをえなくなるのさ」
ま、お節介はここまでにしておこうか、と神妙な面持ちの姫華を見て、恭介は笑う。
全てを語ったわけではない。だが、この少女とあの少年ならば。いつか、彼らの答えに至れるだろうと、そう期待した。
そのすぐ後、彼はそうそう、と何でもないように言ったのだ。
しかしてその言葉は、姫華の心に長く留まることになる。
「確かに俺やルアンナは堅坊と組んだことがあるが、あくまで組んだことがある、程度だ」
「ジェネラルとは違う意味での堅坊のタッグ戦でのパートナーは、たった一人」
「そして、ソイツは今……嬢ちゃんは勿論、シュラハトに疎い人間でもほとんど知ってるであろう、1リーグ上位常連チーム――俺とルアンナのペアでも十に一本も取れるか怪しい、所謂化け物揃いの中の主力級のプロだ」
観戦するだったはずが、いつの間にか試合に参加させられていた。
そんな約一名の予定の狂いこそあれ、時間的には問題なく観戦が終わった姫華と堅一は、残った時間でイベントを満喫した。
……勝手についてきたルアンナを加えて。
四十川と恭介は、別行動。
というより、俺は休むからとほざき、苦笑する四十川と共にのほほんと行ってしまった縣恭介を止める間もなく、まずルアンナに右腕を抱え込まれ。次いで、それに対抗するように左腕を姫華に抱え込まれ、連れられたのである。
姫華が急ぐのは、まだ分かる。なにせ、午前中は上級生達――正確には鳴瀬雨音と、訓練していたのである。それによって時間が少なくなっていたのだから。
よってルアンナを睨みつけるも、彼女はどこ吹く風、とおかまいなし。
諦めた堅一が、白旗を上げたのであった。
だが、今日はこのイベント――シュラハトフェスタの最終日。
姫華と堅一は、学生寮へと戻ることになる。
「――じゃあね、黒星君。今日はありがとう、楽しかったよ。また、いつか会った時もよろしくね」
夕暮れが地面を鮮やかに染める中、にこやかな顔の四十川と、堅一が握手を交わす。
次いで四十川は姫華に向き直ると、片手を差し出しながら言った。
「君は、きっといいジェネラルになれると思う。これからも彼と仲良く、頑張ってね」
「はい、ありがとうございました」
四十川の言葉に綺麗な笑顔で姫華が応える、その横で。
「堅ちゃん、今度絶対会いに行くからね!」
「……まぁ、なるべく来ないでくれた方が面倒事も起こらないだろうが、言っても無駄だろうしな。せめて、連絡は確実に入れろよ」
「うんうんっ! やった、言質をとった上に、連絡先もゲットよ!」
堅一の返答に、万歳、と喜色満面ではしゃぐルアンナ。
それを不安げに見やる堅一に、恭介が近づく。
「まあ、なんだ。かなり危なっかしかったが、だからこそ見応えのある試合だった。もしこれでつまんねえ試合でもされたら、俺は上から大目玉だったからな」
「そうか、そりゃよかった」
「ふん、それでも俺に言わせりゃ、及第点ギリギリだがな」
恭介が、堅一の頭に手を置き、ぐりぐりと乱暴に撫でる。
抵抗し、それから無理矢理逃れた堅一が非難の言葉を上げる、その前に。
「だが――これから、上がってくるんだろ?」
「……ああ、そのつもりさ」
その返答を聞いた恭介は、ポンポンと最後に堅一の頭を優しく叩いた。
「姫華ちゃん、またね。もう他の女が寄ってこないように、しっかりと堅ちゃんをガードしておいてねっ!」
「……道のど真ん中で何馬鹿な事を堂々と言ってんだ。恭介、ちゃんと手綱握っておいてくれよ」
「任された……自信はないがな」
「ああっ、恭介、離しなさいっ! 私はもっと堅ちゃんと話を……」
苦笑する四十川を連れ、抵抗するルアンナを引きずり。
じゃあな、と恭介が歩いていく。
その光景に、堅一は大きく嘆息すると。
夕陽のせいだろうか、どこか顔の赤い姫華に、行くか、と声をかける。
呆けていた姫華は、慌ててはいと頷き、堅一の隣に並んだ。
「じゃ、色々疲れただろうし、今日は早めに休もう」
シュラフェスの会場を後にし、学生寮へ戻ってきた堅一と姫華。
「ん、どうかしたか?」
だが、堅一を見たまま部屋に入ろうとしない姫華の姿に、堅一は首を傾げるが。
「い、いえ、なんでもありません。おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
何もないと答える姫華に、短く言葉を交わして部屋に入った。
残されたのは、学生寮の廊下の照明に照らされる、姫華。
その頭の中には、シュラフェスでの出来事が思い起こされており。
――奴は言わば、影のエース。
――チームを象徴するような絶対的主力には、なれない。
堅一とルアンナの試合直後、恭介から告げられた言葉が、脳裏に再生された。
確かに、恭介の言う通りかもしれない。いや、事実そうなのだろう。
だが。
姫華は、忘れていない。否、おそらくはこの先、一生忘れることはないだろう。
堅一に助けられた、あの光景を、言葉を。
自身が、堅一の中に見たものを。
……例え、貴方が影であったとしても。
閉じられた堅一の部屋の扉を、見つめる。
その場から動かず、ただただじっと。
……貴方は、私の光です。眩しくて、あたたかくて、そして優しい。
しばらくその場から動かない姫華であったが、しばらくしてようやく、自身の部屋の扉を開けるのだった。
次話は、番外編の予定です。
よろしくお願いします。




