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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第二章 シュラハト・フェスタ編
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二十五話 先見の呪い

「あ、あれ? なんだ、どうなってるんだ……」

「山形プロがあんなことできるなんて、聞いたことないぞ?」


 ふと、観客席が、ざわざわと大きくざわつきはじめた。

 それも局所的にではなく、会場全体が、である。


 観客の反応は、それぞれ異なるようで、その実似通っていた。

 ある者は、何度も確認するように数回瞬きしたり、また目元を擦ったり。

 またある者は、近くの観客と二、三度言葉を交わしては、首を傾げてバトルフィールドを見下ろしている。

 要するに、自分で確認するか、他者も交えて確認するの違い。


 では――なにを?


「……なんだ? なにかあったのか?」


 にわかに、先ほどまでとは明らかに違う種類のざわつきをはじめた会場に疑問を呈したのは、山形一臣。

 相対する堅一から視線を外し、目線を上げて観客席をぐるりと見まわす。


 ――が、今この場において、その原因も状況も把握できていないのは、山形一臣ただ一人であった。


「……あ、兄者」


 そんな彼の隣から、なぜか戸惑いと驚きを隠せないような、弟、山形三造の声。

 その態度に訝り、理由を問おうとする山形一臣であったが。


「ん、どうした? なにを――」


 そんなに驚いている、と、そう続けようとしたところで。


「いつの間に、分身ができるようになっていたのだ?」

「……は? 分身?」


 その予想外の返答に思考がストップし。山形三造の言葉にあった単語を繰り返すのみに止まる。

 だが、すぐさま我に返り、


「……何を言っている? できるようになったもなにも――俺がそんなことできないのは、お前も知っているだろう?」


 その言葉を否定する。

 なぜなら、分身などという芸当を、山形一臣はできないからだ。そしてそれは当然、チームメイトにして肉親である彼の弟たちも知っているはずである。

 ゆえに、ふざけているのか、と弟、山形三造に詰め寄ろうとした、刹那。


『――兄者、何をした?』


 頭の中に響く声により、動こうとした足が抑えられる。

 三男、山形三造同様、戸惑いを隠せないそれは、ジェネラルでもありもう一人の弟、次男、山形景二のもの。


『……まさかお前まで、俺が分身しているというんじゃないだろうな、景二』

『その口ぶりからすると、兄者が何かをしたわけではないのだな?』

『お前まで何を言っている、景二?』


 分身など、山形一臣はしていないし、そもそもできないのだ。 

 周囲を見回しても、山形一臣の視界に変化もおかしさもない。

 当然、この場にいる山形一臣は、自分自身一人である。それは疑いようがない。


 にも関わらず、信頼する弟二人から、自身ができもしないことが起きていると指摘された山形一臣の頭は混乱した。



「――山形一臣プロが、二人?」


 観客席。

 周囲の動揺に同じく、信じられないと言わんばかりにその瞳を大きく見開いた市之宮姫華は、バトルフィールドを見下ろしてポツリと声を漏らした。

 眼下には、7つ(・・)の人影。

 まず、それぞれの後方に位置するは、山形景二に四十川優という、お互いのジェネラル。

 より近くで相手と睨みあうソルジャーは、黒星堅一、ルアンナ・ブラフィルド。そしてその相手である山形三造に、山形一臣。ここまでは、何らおかしくはない。タッグ戦を行っている、6人である。


 だが、そのすぐ近くに――二人目の、山形一臣の姿があるではないか。


 この一瞬にして、何が起こったのか。

 まさかその当人である山形一臣も混乱しているとは露知らず、姫華は二人の山形一臣を凝視する。


「ほぅ。まさかこのタイミングで、アレが戻ったのか」


 そんな時、すぐ横から縣恭介のそんな声。

 若干の驚きはあるものの、同時に納得の響きも伴っており、姫華は思わず尋ねた。


「アレが戻った、とは? 山形プロは、何をしたんですか?」


 普通に考えれば、当事者である山形一臣が何かをしたのだ、と考えるだろう。

 実際、姫華はそう考えた。

 しかし。


「いや、違うんだ、嬢ちゃん。あれはな、三兄弟の陣営が何かをしたわけじゃない」

「山形プロ達ではない? それでは……」


 姫華の質問を受けて、恭介はニヤリと笑った。


「ああ、あれを仕掛けたのは、こちら側。厳密に言えば――仕掛けたのは、堅坊だ」



「――と、とにかく、何かが起こっている。注意するんだ、兄者」

「……注意しろ、とは言うが……」


 弟、山形三造の忠告を受けつつ、しかし何に注意をすればよいのか、山形一臣には不明だった。

 弟達は分身がどうのと言うが、いくら見回してみてもそんなのはいないのである。

 そして山形一臣にとっては、それは当然のことであった。弟達のことを信じないわけではないが、いずれにせよ手の取りようがない。


 両手剣を、構える。できることとすれば、それくらいのものか。

 見据えるは、堅一()。もう、油断はしない。学生だからと、侮りはしない。

 山形一臣は、そう決めた。堅一を、一人の倒すべき敵としてようやく認めたのである。


 ただ、一臣は、それでも堅一より自身が劣っているとは思っていない。

 冷静になれ、と己に言い聞かせる。がむしゃらに武器を振るうのではなく、敵を倒すための攻撃を思い描く。


「……いくぞ」


 堅一と山形一臣の視線が、再度絡み合った。

 ほぼ同時に、走り出す両者。接敵までの時間は、僅か。

 攻撃のリーチの長い山形一臣が、まず動く。


「セィッ!!」


 繰り出すは、突き。風を切り、堅一の腹部目がけて繰り出される。

 先程まで両手剣を振り回すだけであった一臣と相対していた堅一にとっては、それは意表を突いた一撃であっただろう。

 だが、しかし。

 それを、堅一は――動揺もなく、ただ半歩。横にずれることであっさりと躱した。


 チィッ、と舌打ちし、一臣は間断なく次の攻撃へと移る。

 突きを繰り出した態勢から、そのまま横凪ぎ。


「……なに?」


 しかし、今度は飛び上がって避けられた。

 山形一臣の両手剣は、跳躍した堅一の両足下をスレスレで通り抜ける。

 そしてその飛んだ勢いのまま、堅一が一臣目がけて手甲を繰り出した。


 ――キィンッ!!


 ギリギリ、山形一臣の防御が間に合った。

 慌てて引き戻された一臣の両手剣と堅一の手甲が衝突し、金属音を奏でる。


 攻撃が防がれたというのに眉一つ変えず、堅一はくるりと後ろに一回転し、地面に着地。

 その動きに、どこか違和感を覚えつつも、山形一臣は両手剣を振り下ろす。相手に反撃の隙を与えないよう、そしてこちらの隙を晒さないよう、注意して攻める。


 だが――そのどれも、あっさりと躱されるではないか。

 これが、ルアンナの手助けもあって避け切られているなら、まだいい。だが、彼女は三造と小競り合いをしており、こちらに介入してきていない。そしてどういうわけか四十川も突如、介入をぱったりと止めている。


 まるで、先程の光景の焼き増し。

 山形一臣の攻撃は、躱されるかいなされるかで、一発たりとも堅一に直撃しない。

 それどころか、時折手甲の反撃を許してしまい、防いではいるもののヒヤリとさせられるほど。


 しかし先程と異なり、山形一臣の攻撃はがむしゃらでも大振りでもない。単純な剣閃でない分読みづらく、避けるのは難しくなっているはずなのだ。


 だが、当たらない。


「なら、コイツはどうだっ……」


 一度堅一からバックステップで距離をとった山形一臣は宙に飛び上がると、両手剣を一閃、二閃、そして三閃。


 剣先から放たれた閃光が、地に立つ堅一目がけ炸裂するが。


 ――やはり、当たらない。


 ギリッ、と歯軋りする山形一臣の視界に映るは。

 タン、タン、タン、とリズムよく軽やかなステップで危なげなく回避しきった堅一の姿。それも――前進しながらである。


 未だ滞空している山形一臣を前に、着実に距離を詰めてきている堅一が手甲を引き絞る。


 ……こちらの着地が僅かに早い。一旦、仕切りなおすか。


 迎撃も手だが、どうにも流れがよくない。

 そう判断した一臣は、攻撃を止め、仕切りなおすことを選択する。


 恐らく、堅一は着地直後の一臣を狙ってくる。

 ならばその直前に左にすぐさま飛び退れば、回避が問題なく間に合う。


 そう確信した山形一臣であったが、しかしその僅か数秒後に己の目を疑うこととなった。


 自身の右足が地面の感触を捉えた瞬間、予め決めていた通り、思い切り左に跳ぶ。そしてそこで一度頭をクリアにする。

 そこまでは、いい。


 だが、しかし。


「…………っ!?」


 なんと、誰もいない地面に手甲を振り下ろすはずであった堅一もまた、山形一臣を追うように。ほぼ同じタイミングで、同じ方向へステップしてきたではないか。


 まるで――一臣がそうするのが分かっていたかのように。


 思わず、驚きを露わに一瞬硬直してしまった一臣。

 対し、何の躊躇いもなくその逃げ先に合わせてきた堅一。


 その差は歴然。隙だらけとなった山形一臣に、迷わず堅一は手甲を叩きつける。


「――兄者ァッ!!」


 刹那、気迫の籠った絶叫が飛び込んできた。

 無防備であった山形一臣を守ろうと、間一髪円盾を山形三造が差し込んできたのである。


「……ぐ!? ぬぅっ!!」


 だが、押し負けたのは山形三造。堅一を弾き返せなかった三造は、驚き、そして苦悶の声を上げつつ、せめて円盾を無効化されないよう耐え。硬直していた兄、山形一臣の腕をぐいと引き、後ろに下がらせた。


 確かに、飛び込んだ態勢であったため足を踏ん張り切れなかった、という不利はある。だが、それを加味しても押し負けはしない、と山形三造は踏んでいたのだ。

 というのも、この戦闘中に既に一度、山形三造は黒星堅一の殴打を受け止め、余裕で弾き返している。その時例え全力でなかったとしても、ある程度相手の力量は推測できるものだ。


 それゆえに堅一によって自身の護りが若干崩されたことが予想外であり、驚き。そして、気付いた。

 

 ……パワーが、上がっている!?



 それとほぼ同時に、弟、山形三造に守られたことによって我を取り戻した山形一臣も、気付いたことがあった。

 接敵直後の攻防の際に感じた些細な違和感。それが、最後の堅一の行動によって、明確な形となったのである。


 つまり――。


「野郎……まさか、俺の動きを完全に読んで……」


 こちらの動きが読み切られていた。

 迫る両手剣を一瞥もせずに避け切り、放った閃光はまるで予知していたかのように前進しながらあっさり躱され。

 止めに、こちらの回避行動に合わせて攻撃してきたこと。

 もちろん、偶然という可能性も零ではないが、しかし。


「違うっ、兄者!」


 だが、それを否定したのは不思議なことに、味方である弟達であった。

 ダメージを負いつつもなんとか堅一から一臣を守り切った山形三造が、変わらず一臣を守るように立ち。


『――兄者は、視られていたんだ』

『……なに?』


 後方で戦闘を見守る山形景二が、戸惑いつつも冷静を装いながら一臣に告げた。


『恐らく今、この会場にいる全ての人間が、兄者が数秒後にするであろう動きが、視えている。――兄者以外、な』



 さて、そんな彼ら三兄弟の様子を漆黒の瞳でじっと見つめるは、堅一。


「三つ目が戻ったのね。おめでとう……と、言いたいところだけど、もうそんなに慣らしてる余裕はないわよ、堅ちゃん?」


 その傍に寄って頬を緩めつつも警告を発する、ルアンナ。

 彼女の視線は、会場のディスプレイに映し出される四人の体力バーを見ている。


 ディスプレイ右上には、ほんの僅かのみ削れた、四人の中で一番残っている、ルアンナの体力バー。

 同じく左上に、五分の一ほど削れた、ルアンナに次いで残っている山形三造のものが。

 三番目は、その下にある三分の二ほど残る山形一臣の体力。

 そして最後、二分の一を切りつつある、この中で最も少ない――黒星堅一の体力バー。


「分ってる。あっちを倒し切るか、それとも、二つ同時に使ってる(・・・・・・・・・)俺がバテるのが先か」


 まあでも、とカラカラと堅一は笑い、続けた。


「ここでこれが戻ったのは、ある意味ラッキーだったのかもな」


 そうね、とルアンナもまたつられるように微笑んだ。


「消費は少ない方だものね、その――先見(せんけん)の呪いは」

思いのほか、戦闘が長くなっていますが、あと一、二話で二章が終了する予定です。よろしくお願いします。

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