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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第二章 シュラハト・フェスタ編
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十七話 過去

 天能という異能力の存在が世界に広がり、それから幾年が経った今でも、その全ての謎が判明しているわけではなく未だに世界各国では天能の研究が続けられている。


 だが、そんな現在でも十中八九間違いないとされているのが、天能とは基本的に先天性のものとして人間の身体に宿る、ということ。

 つまり、ソルジャー及びジェネラルとしての素質のある人間は、赤ん坊として誕生したその瞬間から、天能という異能力を有していることになるのである。


 ゆえに、その例に漏れず、黒星堅一もまた、素質を持って生まれた多くの人間の一人として、この世に生を受けた。

 ただし、いかに素質があるからといって、その異能力を突然発現できるものではない。ましてや、赤ん坊の身として扱うには不要であり、明らかに手に余る能力。そのため、ある程度の年月と共に成長してからようやく、その身に宿る力を感じ発現させることができる、というのが天能を持つ一般的な人間の辿る道であった。

 もっとも、極稀に、赤ん坊の時から溢れんばかりの才能を持ち、自身の足で立つことを覚える前に、偶発的に能力を発現する者もいる。が、そういった場合はむしろ才ある者の誕生を喜び、周囲から天才だと持て囃されることが多かった。


 そして、黒星堅一の場合は、後者。

 では、赤ん坊であったはずの堅一は何をやったのか。

 始まりは、病院。ある時、赤ん坊であった彼の周囲にいた者、或いはその側を通りかかった者が皆、声には出さずとも、ふと心の中でこう思ったという。


 ――いきなり、身体に力が溢れてくるような感覚を覚えた。


 だが、当然各々原因は思い至らず、彼らは気のせいかと首を捻るばかり。無論、その原因が赤ん坊である堅一にあるとは思わず、またそのような感覚を覚えるのは単純に堅一の側にいることが条件ではなかったため、判明するのが遅れることとなったのは仕方ないといえるだろう。


 その事象の解決へのきっかけは、堅一の母親。彼女もまた、不思議な現象に首を傾げていた一人であり、そして母であるため堅一に最も近い人物であった。

 故に、気付けた。


 ――堅一が起きて泣き声を上げている時、この不思議な感覚がある気がする。


 最も、最初は彼女自身半信半疑であった。しかし、そうとしか思えない状況が続き、日に日にその確信は強まった。

 母親はすぐに夫――つまり堅一の父親にその事実を知らせ、夫婦で話し合った。

 天能の有無を調べる検査をする、という選択肢があったのだが、一般的にその検査を受けさせるには年齢がまだ早い。決して不可能ではなかったが、夫婦はまだ検査を受けさせないことにした。

 害がなく、むしろ元気を与えるようないい影響なのだから問題はない。堅一が育つまで楽しみにしておこう。そう、夫婦は堅一の将来に期待した。


 一年が経ち、夫婦は第二子にして堅一の妹となる娘を出産した。

 しかし、娘には堅一のような不可思議な現象は起きない。無論、夫婦はそれでも落胆など決してせず――それでも若干の期待を堅一にかけていたが――二人の子供を懸命に育てた。


 わんぱくな兄、そして大人しく兄の背をちょこちょこ着いていく妹。そんな、一歳違いの兄妹であった。


 だが、幼くして既に、堅一に変化が現れはじめていた。よく、物を壊すようになったのだ。

 最初は玩具や小さい鞄などの可愛らしい物であったが、椅子や机などの小さめの家具にも被害が及ぶようになったという。

 最初は、困りつつも笑って堅一を窘めていた母親。堅一がわんぱくであったため、手のかかる息子としてある程度仕方ないという思いはあったのだろう。事実、一時期は、それで治まっていた時もあったらしい。

 しかしある時を境に急速に頻度が上昇。その度に堅一は注意を受けたが、しかし破壊はおさまらず、むしろ肥大化。


 ――そして。


「――ある日俺は、家を丸ごと一軒、家にいた俺の父親もろとも吹っ飛ばした。母親と妹は、偶々外出していて難を逃れたみたいだ」


 深刻な表情で、重苦しい口調のまま、堅一はそう言った。


「…………」


 そのあまりに衝撃的な内容に、姫華はただただ聞きに徹することしかできない。


「それほど都会でもなかったため近隣にそれほど大きな被害はなかったようだが、家は大破。……そして父親は、重傷ではあったものの奇跡的に助かったらしい」


 頭を振り、堅一は額に手を当てる。言葉は、まだ続く。


「結局、その時は原因不明の事故として終わったようだ。現場にいたにも関わらず何故か無傷だった俺は、不幸中の幸いとして処理された。……そして、それから少しの月日が過ぎ、発覚したんだ。――俺の天能が『呪い』なんてものだってことが」

「……まさか、その原因というのは」

「そう。後になって、俺の能力が原因ではないか、とされた。呪い、なんて不気味で正体不明のものだったから、それが逆に信憑性を帯びたんだろう。……まあ、俺もその結論で正しいと思ってる」

「…………」

「幼かったからか、俺はその時のことをぼんやりとしか覚えてない。自己弁護でしかないが、少なくとも俺はその時自分の天能について自覚していなかったと思う。となれば、当然制御などできていたわけがない」


 恐らくだが、と前置きすると、堅一は軽く息を吐いた。


「……さっきも言ったように、俺の天能は異質だ。負の感情により、威力が増減するという不確定要素の存在。殊更、俺は今よりもっと碌に世間を知らない子供だった。純粋であり、純粋であるがゆえに感情の機微が激しい。なにより、心も幼い。だから、当時の俺は感情の制御など全くできず、それによって暴走した天能が引き起こした結果だと思っている」

「しかし、それは堅一さんが望んで引き起こしたわけでは――」

「そうだとして、だからといって俺のせいにならないわけじゃなく、周囲も納得しない。例え、訳も分からず、不可抗力だったとしてもだ。……当時ならともかく、今はそれぐらい理解してるよ」


 姫華の擁護の言葉を遮り、堅一が断言する。

 堅一はそう言うが、それは彼の言うように不可抗力だったのではないか、と姫華は思う。小さい子供では防ぎようのない、天能の暴走による不慮の事故なのだから。

 しかし、堅一の言うこともまた正しいと思う自分もいる。世の中には、不可抗力だった、で終わらせられない問題もあるのだから。

 そう考えたが故に、姫華は口を閉ざすことしかできなかった。


「まあでも、そう思ってくれると、多少気が楽になる……正直、これでもそれなりに緊張していたんだ。もしかすると、これを話したら離れていくんじゃないか、と思っていたからな」

「……そんなこと、ありません」


 力無く笑う堅一に、しかし姫華はか細い声で返答することしかできない。

 その気持ちは、事実。衝撃的な告白ではあったが、パートナーをやめたいという気持ちなど全くない。


 もし、彼が望んで引き起こしたのであれば、それは一考の余地はあっただろう。だが、言葉としても聞いたが、なにより姫華は堅一がそんな人間ではないことを信じている。

 だが、それをハキハキと告げたところで何になるだろう。むしろ、空回りにしかならない。


「あの……その後、お父様の容体は?」

「ああ、一命は取り留めて、今も生きてるはずだ。……はず、というのは、あっちは俺を嫌ってるからな。長らく会ってないし、会えようもない。お互い、それが一番いいだろう」


 その、なんと悲しきことか。そして、迂闊な問いだった。

 自嘲するような堅一を前に、姫華は己の無粋さに項垂れる。


「で、だ。以来、俺は気味悪がられた。呪い、という天能を持っていること、そして事件のことも瞬く間に噂話となって広まり、知人は勿論、会ったこともなく名前も知らない人間からも厄介者として爪弾きにされた」

「……そんな」

「しょうがないし、無理もない。それが多くの人間の反応だろう。そう思って、俺は出来る限りこの能力を秘密にしてきた。……だから、この能力を知っても尚、俺に関わってきた姫華には驚いたもんだ」


 絶句する姫華に、若干のからかいを込めて堅一は苦笑した。


「まあ、それはさておき――そんな時だったよ。俺がアイツに出会ったのは」

「……以前のパートナーの方、ですか?」

「そう。まあ、当時の俺からすれば、年の近い子供――まあ結果同い年だったが、ソイツは奇異な存在としてしか映らなかった。なにせ、知らない奴が親しげに話しかけてきたんだ。それに、例の噂話も聞いた上で、ときた」


 言いつつ、まるで懐かしむように、堅一が口元を緩める。

 恐らく、彼の頭の中では、その情景が映し出されているのだろう。


「そして、紆余曲折あったが、俺はソイツと契約してソルジャーとなった。住んでいた場所を離れ、能力の制御と共に己を鍛える毎日。恭介やルアンナ達と初めて会ったのも、その時になる。(のち)、恭介やルアンナ、その他にも数人、今ではプロとして活躍するソルジャー達とアイツは契約し、俺達はいつしか一つのチームとなっていた」


 淡々と言葉を紡ぐ堅一。

 その話に引き込まれるように、姫華は傾聴する。


「自分で言うのもなんだが、チームは中々強かったと思う。実際、大きな大会でかなりの好成績も残しているが――これに関しては、まあ気になったら調べれば出てくる、はずだ。自慢みたいになるから、言うのは、その、恥ずかしい」


 ガシガシ、と堅一は頭を掻く。


「で、そんな日が続いたが。ある日、アイツは突然俺達の前から姿を消した。不思議な事に、契約もいつの間にか切られていた」

「……契約が、切られていた?」

「そう。仮契約であれば、どちらか一方に切る意思があれば一方的に破棄することが可能だ。しかし、正規の契約を切る場合、契約した両者の同意がなければ本来契約を破棄することができない。……無論、俺達は正規の契約で、破棄に同意の気持ちなどなかったのにな」


 姫華から視線を外し、虚空を見上げながら、しみじみと堅一は語る。

 その横顔を見つめつつ、姫華は考える。


 堅一の言ったように、仮契約と正規の契約では、その解除方法が異なる。

 仮契約の場合は、ソルジャー、ジェネラル、どちらか一方でも破棄したいと思えば、その瞬間に仮契約は失われ、二人はパートナーではなくなる。例え、ソルジャーが仮契約を続けたいと望んでも、ジェネラルが嫌だと思えば、そこで終わり。勿論、その逆も然りだ。


 だが、正規の契約の場合。仮にジェネラルが契約を破棄したいと思っても、パートナーたるソルジャーが契約を続けたいと望めば、契約を破棄することができない。基本的には、両者の合意によってようやく破棄することが可能となるのである。

 このことから、仮契約はお試し、正規の契約は真にパートナーとしてお互いが認めた、という証になるわけだ。余談となるが、ほとんどの公式な大会、それと学園であれば試験の一部などでは、仮契約のパートナーに参加資格は与えられない。これは、正規の契約でなければ真のパートナーではない、と判断されるが故。


 が、どちらの契約においても共通するものがある。


 それは――ソルジャー、ジェネラルに必須である天能の消失、つまりはその人物が死亡した時、契約は強制的に解除される、という点だ。


 その考えに至った姫華は、ブンブンと頭を振った。

 なぜならそれは、至ってはいけない考え。決して、思い、口にしてはいけない考えなのだから。


「そしてその後俺は、同い年のアイツを探すために弐条学園に入学し、今に至る。……とまあ、大雑把だが、これが俺の昔話。まあ、話したかったことだ」


 堅一とて、姫華の思い至った考えに行き着かなかったわけはないだろう。

 しかし、彼はそちらについて何も触れず、締めくくった。

 そして一呼吸置くと、姫華に視線を戻し、表情を和らげた。


「あまり面白くない話を、長々とすまないな」

「いえ、そんな……」

「姫華は、何か話したいことがあるか?」


 その問いかけに、姫華はしばし考え込む。

 堅一と話したいことは、常日頃考えてはいた。趣味とか、何が好きとか、プロではどんな選手が好きか、とか。もしかしたら、共通することがあって、そうしたら少しでも仲良くなれるんじゃないかと。


 だが、堅一の壮絶な過去を聞いてしまった今、どうにも萎縮してしまう。

 では、姫華も自らの過去を語るか。しかし、姫華の場合はそう特筆すべきことはない。

 両親の元で楽しく生活し、学校に通い。今では寮という形で離れてはいるが、変わらず両親との仲は良好だ。

 楽しかった思い出、悲しかった思い出、そういうのは存在するが、その全てが堅一の話に比べると、どうでもいい話として色褪せる。そも、そんな他愛のない話をしてどうするのか。


「…………」


 そんな思いがぐるぐると頭を回り。

 姫華は、口を開いては、閉じ。また開こうとして、止める。

 言葉が、見つからなかった。

 そんな姫華を見て、堅一は決まりの悪い表情を作る。


「悪い、困らせたな。……そうだ、姫華は、両親との仲はいいのか?」


 投げかけられた言葉に、一瞬姫華は逡巡する。

 だが、迷いは一瞬。果たして、ここで嘘を語って何になるというのか。


「良好です」

「そっか。俺が言うのも説得力がないが、その絆、大切にな」


 姫華の答えに満足したのか、うんうん、と頷き、堅一は垢抜けた笑みを見せた。

 妬むようでなく、心から良かったと思っているような、すっきりした顔。それが、自分はそうでなくとも、姫華がそうであればいい、と言っているようで。


 しばし姫華は、その堅一が見せる初めての種類の笑顔に、見惚れた。


「それじゃ、明日の予定だが――」


 そう思われていることも露知らず、次の話題を振ろうとした堅一だったが。


 ――コンコンッ。

 その言葉は、小気味よく響いた扉をノックする音によって中断させられた。

ちなみに、一章『二十話 呼び出し』にて、ほんのちょびっとですが、昔のことが序盤に夢という形で描写してあります。

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