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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第二章 シュラハト・フェスタ編
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十八話 布石、策略

 突然の来訪者に、眉を顰めながら不審な目で扉を見やるも、堅一はベッドから腰を上げた。

 姫華以外に、堅一の部屋を訪れる約束をした者はいない。それなら宿の関係者だろうか、と当たりをつけつつ、ドアノブへと手を伸ばす。

 そうして、はい、と返事をしながら、堅一が扉を開いた、瞬間。


「――堅ちゃん、お風呂借りていい? というより、一緒に入りたいっ!」

「帰れ、今すぐ」


 開いた隙間から、無駄に明るいルアンナの声が部屋の中へと入ってきた。

 にべもなく即答し、堅一が扉を力強く閉める。


 バタンッ、と部屋に響く扉の閉められた音。

 広がる、一瞬の静寂。

 しかし、パンパンッ、と堅一が手を払い、踵を返そうとしたところで。


 ドンドンドンドンドンッッ!!


「ごめんー! 本当に用件があるから、ここを開けてー!」


 強く連続で扉を叩く音、次いで、扉の向こうからルアンナの声。

 思わず、堅一は足を止めた。次いで、眉間に手をやる。

 その間も、ルアンナの声は続く。


「うえーん! 堅ちゃん、お願いー!」 


 いい年して、何が「うえーん」だ。

 ほとほと呆れ果て、恥ずかしいからやめろと扉越しに一喝しようと息を吸いこむ堅一であったが。


「……悪い、堅坊。用件があるのは本当なんだ」


 ルアンナの出す音に紛れて聞こえてきた、疲れたような恭介の声にピタリと息を止める。

 ルアンナ単体ならまだしも、恭介もいるのなら、再考する必要がある。というより、あながち嘘ではないのだろう。

 そう割かし早く結論付け、堅一は扉を振り返ってドアノブを捻った。


「どうした、恭介?」


 そして、扉前にいるルアンナ――ではなく、その隣に立つ恭介へと視線を向ける。

 無論、声も忘れない。


 すると。

 自身ではなく恭介の声に反応して呆気なく扉を開けた堅一に、ルアンナはわざとらしくグスッ、グスッと鼻を啜ると、


「わーん!」


 大声と共に部屋に進入し、椅子に座ったまま唖然とする姫華の前を通過してそのまま部屋に一つしかないベッドにダイブした。

 その一連の行動を見ていた堅一と恭介は、お互い顔を見合わせ、溜め息一つ。


「……ルアンナ。お前、そういう態度をとるからこうなるんだってことを、いい加減学べ」


 室内に入って正論を吐いた恭介に、堅一は同意するように頷く。

 だが、聞いてないと言わんばかりに、ルアンナはゴロゴロとベッドの上を転がりまわった。


「嬢ちゃんも、悪いな。そこのバカが」

「い、いえ……」


 それに改めて溜め息を吐いた恭介は、座ったまま呆然とする姫華に軽く頭を下げた。


「で、用件ってのはなんだ?」


 一々構っていては埒が明かない。完全にルアンナをスルーし、堅一は立ったまま恭介に問いかける。


「明日のっ、私達の試合スケジュールよっ!」


 が、答えたのは、ピョン、とベッドから勢いよく立ち上がったルアンナ。

 それを疑わしげに見やり、本当か、と視線で問いかける堅一に、恭介は首を縦に振る。


 明日といえば、このイベント、シュラハトフェスタの最終日。

 考えること数秒。ああ、あれのことか、と堅一は思い至った。


 イベント会場にある、スタジアム状の建物。特設のバトルフィールドであるそこでは、イベントに招かれたプロ同士による試合が、イベント期間中ほとんど毎日開催されている。

 だが、イベント最終日である明日においては、少々その趣向が普段と異なるのだ。


 通常、イベント最終日以外は、日付、時刻、種目、そして対戦するプロの組み合わせの記載されたパンフレットが来場者に配布され、彼らはそれを頼りに見たい試合を決定する。

 しかし明日だけは、イベント来場者に公にされているのは試合の時刻のみ。対戦するプロの組み合わせは前日に抽選でランダムに決定され、それは来場者に秘密となっている。

 つまり、その時刻に特設バトルフィールドに行って初めて、来場者は対戦するプロが誰なのかをその場で知るという、ちょっとしたサプライズが仕組まれているのだ。


「いいのか、それを俺達に今教えても?」

「勿論。だって、絶対に(・・・)来てもらわなくちゃ(・・・・・・・・・)困るもの」


 フフッ、と今までの子供染みた様子から一転、魅惑的な笑みを浮かべたルアンナが言う。

 その変わりようと物言いに若干妙なものを感じた堅一だったが、まぁ変なのはいつものことか、と当たり前のように流した。


「つまり、明日の対戦を見に来い、と」

「ま、そういうこった」


 そしてルアンナの言葉の意味をそう捉えた堅一は、確認するように恭介と言葉を交わす。

 ――その、傍らで。


 パチリ、とルアンナが姫華に向けて意味ありげに片目をウインクした。

 それに気付いた姫華は、彼女の行動の意味を測りかねてパチパチと目を瞬く。

 自分への合図のように見えたのは、単なる思い過ごしか。しかし、ルアンナは明らかに姫華へ何かを伝えようとしていた気がする。

 そこまで考えた次の瞬間、姫華の脳裏をよぎるものがあった。


 ――明日を、楽しみにしててね。


 宿に来る前、ルアンナに呼び止められた時の言葉だ。もしかすると、この明日とはつまり、彼女達の試合のことを指しているのかもしれない。

 そしてルアンナが言うには、手助けとして姫華に何かを教えてくれる、とのこと。

 ということは、彼らの試合を見て、学び、感じ取れ、ということなのだろうか。


 ――しかし、それを何故堅一に秘密にするのか?


 腑に落ちない点はあったものの、何か姫華には思いつかない別の考えがあるのかもしれない。

 そう納得し、姫華はルアンナに向けてコクコク、と頷いた。それを見たルアンナは、満足そうな笑みを浮かべる。


「俺達の試合は、14時からだ。まあ、昼飯を食べて少しのんびりしても間に合うだろう。席は確保しなくても、特別招待券があれば見晴らしのいい特別席に座れるぞ」

「特別招待券様様、だな。それで、対戦相手は誰なんだ?」


 そんな二人の様子に気付かず、堅一は恭介と会話を続けていた。

 対戦相手を訊ねる堅一。しかし恭介はニカッ、と歯を見せて唇を歪める。


「ハハッ、そこは従来通り、明日のお楽しみってやつだ」


 それ以上追及はせず、ふぅんと堅一は反応を返す。


「あ、それと、特別招待券で選手控室に入れるから、試合前に絶対に来てね?」


 と、ここでルアンナも恭介と堅一の会話に参入してきた。


「まぁ、時間に余裕があればな」

「じゃあ、時間に余裕を持って来てっ!」

「……考えておく」


 正直、行ってどうするんだという思いもあったが、それを言うと長引きそうなので、当たり障りなく堅一は返答した。


「うん、絶対よ、堅ちゃん!」

「…………」


 このポンコツは、本当に人の話を聞いているのか。

 呆れを隠さずルアンナを見る堅一であったが、彼女は微塵も動じない。


「……じゃあ、これで私達の用件は終わり! お話し中、邪魔しちゃってゴメンね!」


 それどころか、溌剌とした声でそう言う始末。

 言葉でこそ謝っているものの、彼女の発する雰囲気が、それを全くの無意味とさせている。なにより、終わりと言ったにも関わらず、部屋から出ていこうとしない。

 堅一がじろりと睨むが、ルアンナはただ朗らかな笑みを浮かべるのみ。

 すると、そんなルアンナの代わりにというべきか、恭介が決まりの悪そうな顔で堅一を見下した。


「悪かったな、コイツの暴走を止められなくて。大事な話をしてたんだろ?」

「いや、もう終わったからな。別に問題はない」


 そういえば、あの時――堅一が姫華と話す約束を取り付けた際――にルアンナと恭介もその場にいたな。

 今更それを思い出す堅一であったが、言った通り、主な話は終えていたため、特に責めるわけでもなく普通の口調で答える。


「……ほぅ」

 

 瞬間、恭介の瞳が光を帯びた。

 彼は、堅一の両眼を覗き込むように見、そして首を回して姫華の顔を見やる。

 なんだ? と首を傾げる堅一であったが、その答えを出したのは、ポンコツと化したはずのルアンナであった。


「――うん、その様子じゃ、無事に話し終わったようね」


 堅一が振り返れば、ルアンナに先程のようなおちゃらけた雰囲気はなく。それどころか真剣な色を湛えた目で、堅一と姫華の顔を交互に見ていた。


「だから言ったろうが。お前は、堅坊に甘すぎなんだよ」

「何言ってんのよ、恭介だって気にしてたくせに」

「……そうか?」

「そうよ!」


 暫し呆気にとられたように、それを見ていた堅一だったが。

 交わされた二人の言葉に、彼らの意図を察し、憮然として一言呟いた。


「……お節介め」


 ルアンナと恭介には、先程姫華に告げた内容と同等のことを以前に話してあるし、それ以上に彼らは詳しいことを知っている。

 となれば大方、堅一が姫華に話す内容を予想し、突入して振り回そうとしたのだろう。

 そうすれば、自然と暗い雰囲気も消えると思って。或いは、もし堅一が踏み切れずに口籠っていたなら、後押しするつもりもあったのかもしれない。

 実際は用件なんて二の次で、堅一を心配して。


 ……まあ、ルアンナは本当にそうか読めないが。


「お節介、か。ま、そうかもな。お前だって、いつまでも子供じゃないもんな」


 呟きに反応し、恭介がしみじみと堅一を見る。

 しかし次の瞬間、それは破顔に変わった。


「が、俺にとっちゃやっぱりお前はまだガキだよ、堅坊。それが嫌なら、口だけじゃなく、それ相応の覚悟を示してみな。――お前に相応しい舞台で、な」


 最後にニヤリと不敵な笑みを浮かべると、恭介は扉へ向けて歩き出す。

 

「じゃあね、堅ちゃん、姫華ちゃん。また明日(・・)


 ルアンナも拍子抜けするほどそれにあっさりと続き、扉は閉められた。


「覚悟、か……」


 嵐のような二人――正確には一人だが――は去り、すっかり静まり返ってしまった部屋。

 それから少しばかり恭介の言葉を反芻する堅一であったが。

 やおら姫華に振り返り、言う。


「すっかり邪魔が入ったが、明日の予定、決めようか」


 イベントは明日で最終日。翌日の今の時間には学園の寮に戻っていることだろう。

 となると、明日を終えれば彼らと再び見えるには幾ばくかの時を要する。数か月、いや、数年にも及ぶかもしれない。ならば、その時までに絶対恭介を見返せる人間になろう。

 そう密かに決心し、姫華との話に戻る堅一であったが。


 ――しかし。 

 この時、堅一は疎かヒントを得ていた姫華ですら、恭介とルアンナという二人のプロがあれほど大胆なことを仕出かすとは微塵も思わなかったのである。



 ――――――――


 日付も変わり、シュラフェスの最終日となった翌朝。

 朝食を済ませた二人は、宿を出てすぐの場所に立っていた。

 時刻は、午前十時を少し過ぎたところ。空は夏らしい澄み渡ったような蒼で、雲一つない。


「いい天気ですね」


 そんな頭上を仰ぎ、眩しさに目を細めつつ姫華が微笑んだ。


「ああ。……ただ、暑いのが難点だが」

「それはしょうがないですよ。夏ですから」


 姫華の言に肯定したものの、額に手をやり陽射しを遮りながら、しかし堅一は快晴の空を恨むように睨んでいる。

 やんわりと苦笑を浮かべる姫華。堅一も仕方ないのを分かっているから、それ以上は言わない。


「まぁ、泣き言はそれくらいにして、行くか。姫華、案内任せた」

「はい! ……って、えっ!?」


 そして、ぽん、と当然のことのように言う堅一に、姫華は元気よく応えた後、驚きの声を上げた。


「ほら、俺はイベント会場マップ持ってないし。それに、俺は地図を見ながら歩くのが苦手なんだ」


 堅一は両手を見せ、何も無いことをアピール。加えて、もっともらしい理由。

 姫華は訝しげにそれを見、訊ねる。


「……本当は?」

「後を着いていく方が楽だから」

「もうっ!」


 しれっと本音を出す堅一に、姫華は怒ったように声を上げる。しかしその顔に浮かぶは、笑み。

 

 昨日――正確に言えば昨日の夜から、二人の関係は大きく変化した。

 恭介とルアンナの去った後、今日の予定を決めた二人だが。


 まず、堅一は今までと比較して姫華に対し饒舌となった。無論、今までも会話自体は皆無ではなかったが。

 問われたら答える、疑問があれば問う。その限りではない時もあったが、パートナーにしては必要最低限の会話に近く、余計なこと――例えば今のような冗談などは殆ど口にしなかった。

 が、語ることを語ったこと、そして姫華がそれを受け入れたことで幾分か心に余裕が出来たのだろう。なによりよそよそしさが大きく低下し、姫華と会話する時の表情が、本当に僅かにだが柔らかくなった。


 そして、そんな堅一を見て、姫華も心に余裕が生まれた。堅一という人間をより理解し、また距離の接近を実感し、打ち解けたのだ。だからこうして、傍から見ればじゃれているようなことも自然とできるようになっていたのだ。


「まあまあ、マップを持ってないのは本当だろ? で、まず行くのは、経験者エリアだったな?」


 からかうようにクツクツと、堅一が笑う。


「そうです! そこに一、二時間ほどいて、それから初心者エリアにあるレストランへ。次に――」

「分かってる分かってる。ちゃんと、昨日の夜聞いてたよ」


 堅一はあくまでも確認の意味での問いだったが、姫華は昨夜に二人で決めた予定を一気に喋りはじめるではないか。

 慌てて堅一は、首筋を掻きつつそれを遮った。


「でしたら、よし、です。それでは行きましょう、堅一さん!」


 張り切ったように、姫華が一歩足を踏み出す。

 堅一もそれに続いて、足を動かそうとした、刹那。


「――私達も、同行させてもらっていいかな?」


 後ろから、声。

 二人して振り返れば、そこでは南雲蓮と鳴瀬雨音を従えた天坂舞が悠然と佇んでいた。

 思わずといったように、えっ、と姫華が声を漏らした。

 堅一は声こそ出さなかったものの、胡乱な目で彼らを見やる。  


「黒星堅一!」


 と、舞を差し置きこちらに踏み出したのは、雨音。

 彼女は堅一の名を大きな声で呼ぶと、腕を振り上げる。


「――アタシと勝負しなさい!」


 そしてその言葉と共に、ビシッ、と雨音の指が堅一に突き付けられた。

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