序
本日より、新しいシリーズが始まります。基本は一日に一話、初日は第二話まで一気にアップします。楽しんでいただければ幸いです。
※一人称視点のため、地の文に「ら抜き言葉」「い抜き言葉」などの表現が含まれます。
例え胸に秘めた想いが叶わなくとも、罪人と蔑まれようとも。僕は、一命を賭して君への愛に殉じよう。
……なんてことを言われたら、俺ならこう返すだろう。
相手のことを全く考えない、陶酔まみれの自己犠牲テロは大迷惑なだけだろ、と。
◇◇◇
学園の卒業パーティー。
学生たちだけで企画運営される、卒業生の未来を寿ぎ、最後の学園生活の思い出を作る場所。
そこは今、前代未聞の惨劇の舞台と化していた。
濁った赤色混じりの液体が、この日のために丁寧に磨かれた大理石の床上を滑るようにじわじわと広がっていく。同時に空気中に漂った異臭が鼻をついた。
渦中にいるのは、我が国の第一王子だ。虚空を見つめながら、密林に棲む怪鳥のような笑い声を上げている。その隣では、身分にそぐわぬ豪奢なドレスを着た平民出身の特待生が汚れた床の上にへたり込んで放心していた。他にも、第一王子に付き従っていた側近候補の面々が、ぶつぶつと不明瞭な独り言を垂れ流していたり、呆然としていたり、金切り声に似た悲鳴を上げていたり。
対照的に周囲はしんと静まり返り、渦中の人々と事件の直前まで相見えていた一人の女性に視線を集中させていた。
第一王子の婚約者であった公爵令嬢。ついさっき、不義の相手を腕にぶら下げた男に一方的に婚約破棄を叫ばれたところだった。
彼女は目の前で起こったことに驚いて立ち尽くしていたが、すぐ我に返った。己の背後に控えた侍女に至急医務室へ連絡するよう指示を出し、他の参加者の方を振り返る。
「皆様、念のため会場の飲食物には手を触れないでください。既に召し上がってしまって体調が悪くなった方は、すぐ周囲にお知らせを」
様子を見ていた俺は、そっと公爵令嬢に近付いた。
「公女様、懸念事項がございます。発言をお許しいただけますか」
「……聞きましょう」
身分が下の者として当然の礼儀を払って声をかけると、毅然とした返答が返ってくる。俺は一礼して感謝を伝えた。
「もし、殿下が『ああ』なられた原因が朝食なら、国王陛下や王妃殿下にも危機が迫っているかもしれないと愚考いたします」
公爵令嬢が息を呑んだのが、すぐ傍にいた俺にだけ伝わる。
「そうね、確かにそうだわ。誰か!」
「か、確認してまいります!」
俺たちのやり取りを聞いていた第一騎士団の騎士たちが、ようやく己の職務を思い出したようだ。
一人が慌てて会場の外へと駆け出していき、他の者もパーティーの参加者を事件の関係者として一ヶ所に集めたり、会場で饗されていた軽食を保全したりと手分けして動き始める。
しかし動きは明らかに精彩を欠いていた。ショックを受けたにしても非常時に真っ先に動くのが仕事だろうに、第一王子に連れられて来ていながら今まで何もせずボサッと突っ立っていたのだから役に立たない連中である。団長の息子も惨劇の中心にいるのにな。
ややして、侍女から知らせを受けた養護教諭が駆けつけて指示を出し始め、ようやく事態が収束へと動き始めた。
「助言、感謝しますわ。流石は我が父が中継ぎとして教育しているだけありますわね」
「恐れ入ります」
にこりともしない公爵令嬢に、俺も笑顔一つ見せずに淡々と一礼して下がる。あくまで彼女の父である公爵に忠誠を誓った身だから娘のあなたも補佐しましたよ、という態度で。互いの視線が交差することもなく、声に何の感情も乗らない。
だから誰も、俺たちが実は相思相愛だなんて気付かない。これが公爵閣下のゴーサインのもとで俺が実行したテロリズムだということにも。
令嬢の前を辞し、広い会場の隅へ歩いて移動する。第一騎士団が関係者の逃亡防止と目撃証言収集のために人の壁を作って閉じ込めている有象無象の集団に合流しながら、俺は内心でほくそ笑んだ。
これで第一王子の一派は終わりだ。たとえ半狂乱になった息子溺愛の王妃が強権をもって公爵家の書類を全て引っ繰り返して探し回ろうが、人間関係をザブザブ洗いまくろうが、証拠は何一つ出てこない。寧ろ、調べれば調べるだけ馬鹿息子の非とボロだけがわんさか湧いてくるだろう。叩き出した埃の中に親子揃って埋もれて窒息していればいい。
──恨むなよ、王子様。先にやらかしたのはお前だ。
親のお膳立てを無為にしたのも、不貞を働いたのも、二つとない至宝を散々ぞんざいに扱った挙句に手放したのも、他ならぬお前自身の所業だ。
だから返してもらうぞ。俺にとっては唯一無二の、大切な存在なんだ。お前は要らないんだから、構わないだろ?
「殿下たち、何があったんだろうな」
友人が話しかけてきたので、不安そうな顔で応じる。
「さあ……分からないが、心配だな」
渦中の人物たちは既に連れ出され、床には事件の跡だけが残されていた。
気分が悪くなった者が男性にも女性にも何人か出ているようで、俺のすぐ近くにいる令嬢たちも青褪めた顔で失神しないよう震える手で嗅ぎ薬を嗅いでいる。
手を挙げて近くの騎士に知らせ、彼女らが椅子に座って休めるよう頼みこんだ。
人生一度の記念すべき卒業パーティーを潰された皆には、正直なところ申し訳ないと思っている。けれど、後悔は一切していなかった。
ようやくだ。ようやく、愛しい人を取り戻すことができる。
お読みいただき、ありがとうございました。




