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物語の塔  作者: ck
シナリオ
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14/14

第5話 すべての娘への招待

「たぶん――お前が最後の相手だ」


リオは、すぐには答えなかった。


最後の相手。


それが、三勝目を懸けて戦う相手という意味なのか。あるいは、別の何かを指しているのか。


「最後、ですか」


「今やって、どっちが勝っても納得しないだろ」


「勝敗に、納得は必要ないと思います」


「そういうところだよ」


トマリは笑った。


いつもの軽い笑い方だった。


だが、視線はリオから逸らさなかった。


「今の俺たちが戦っても、たぶん何も変わらない。お前は止まったままだし、俺も変え続けたことを否定するつもりはない」


「だから、今は戦わない?」


「最後まで残った答え同士でやろうぜ」


トマリは王城へ目を向ける。


門の奥では、速度の異なる楽器が、同じ舞踏曲を奏で続けていた。


「その方が、どっちも言い訳できない」


リオは、トマリの横顔を見た。


自分が、この塔を出るまでに何を選ぶのか。


再び書くのか。

書けないままなのか。

過去へ戻ることを望み続けるのか。


まだ、何一つ分からない。


トマリも同じなのだろう。


自分の選択を引き受けているように見えて、その結論が本当に最後まで変わらないとは限らない。


今の二人が戦っても、確かに答えは出ない。


「分かりました」


リオは言った。


「共闘は、ここまでにしましょう」


「止めないんだな」


「あなたが決めたことです。それに――」


一度、言葉を切る。


「僕も、あなたと戦うのは今ではない気がします」


トマリは少しだけ目を見開いた。

それから、満足そうに笑う。


「だろ?」


上着の内側から、一枚のカードを取り出した。




《三人目の娘》。




顔も名前も人生も失い、役割だけを残した少女。


「じゃあ、これはお前が持っていけ」


差し出されたカードを、リオは見た。


「僕が?」


「城まで連れていくんだろ」


「あなたはどうするんですか」


「戻るまで、もう少し別の場所を見て回る。せっかく物語の中まで来たんだ。取れるものは取っておきたい」


いかにもトマリらしい答えだった。


リオはカードを受け取る。


指先が触れた瞬間、抱えていた黒い本がひとりでに開いた。


空白だった長方形の枠へ、カードが静かに収まる。


《三人目の娘》

――未完成。


「失敗すれば、あなたも帰れないかもしれません」


リオとトマリの黒い本には、同じ指示が示されている。


「失敗すると思ってたら渡さないよ」


トマリはあっさりと言った。


「それに、あの子をどうにかしたいのは、お前の方だろ」


理由は、それだけだった。


リオは、カードに描かれた顔のない少女を見る。


「……そうですね」


「任せた」


トマリは王城に背を向けた。


来た道とは異なる、細い路地へ視線を向ける。


「次に会った時は、手は貸さないからな」


「それでも、今ここであなたと戦うよりは、納得できます」


リオは答えた。


「勝敗に納得はいらないんじゃなかった?」


トマリが振り返る。


「あなたが必要だと言ったので」


一瞬の沈黙のあと、トマリが声を上げて笑った。


「ほんと、面倒なやつだな」


笑いながら、トマリは歩き出した。


数歩進んだところで、片手を上げる。


「短い付き合いだったな。勝手に死ぬなよ、兄弟」


リオは、すぐには返事ができなかった。




兄弟。




似たものを抱えながら、正反対の道を選んだ者。


その呼び方が正しいのか、まだ分からない。


「あなたも」


ようやく返すと、トマリは振り返らないまま手を振った。


その背中は路地の奥へ進み、やがて夜の街に紛れて見えなくなった。


あとには、崩れた舞踏曲だけが聞こえていた。


リオは黒い本を開く。

顔のない少女は、何も語らない。


最後の相手。


トマリの言葉だけが、奇妙に耳へ残っていた。


しばらく、その場に立ち尽くした。




城から、崩れた舞踏曲がひときわ大きく響く。


リオはトマリの消えた路地から目を離し、王城へ向き直った。


城門の前には、舞踏会へ向かう者たちが列を作っていた。


「招待状を」


順番が来ると、衛兵が手を差し出した。


「持っていません」


「では、通すことはできません」


門の脇には、王家の紋章が押された布告が掲げられていた。


――王子の妃を選ぶため、国中すべての娘を舞踏会へ招く。


リオは黒い本から《三人目の娘》を取り出した。


「この娘も、招かれているはずです」


衛兵はカードへ目を向けた。


「そのような者は、名簿に記されていません」


開かれた名簿には、屋敷の娘として二人の名前だけが並んでいた。


「布告には、名簿にある娘だけとは書かれていない」


リオは掲げられた文章を指す。


「すべての娘です」


「名前のない者を、娘として認めることはできません」


「名前がなくても、娘であることは変わらない」


衛兵は黙った。


リオは《三人目の娘》を布告へ重ねる。


屋敷には、三人目の痕跡が残っていた。灰の上の足跡、一着多い服、一人分多い食事。


存在しなかったのではない。


名前を失ったのだ。


「なら、この招待は彼女のものでもある」


布告の文字が黒く滲んだ。


――すべての娘を舞踏会へ招く。


その一文だけが紙から浮かび上がる。


黒い文字は細い帯となり、《三人目の娘》の周囲をゆっくりと巡った。カードに描かれた少女の輪郭が、一瞬だけ濃くなる。


直後、壁に掲げられていた布告が大きく震えた。


留め具が弾け、紙が宙へ浮かぶ。


王家の紋章。舞踏会の日付。国中の娘たちへ向けられた言葉。


それらが中央へ吸い寄せられていく。


紙が折れたのではない。


縦と横の大きさを保ったまま、奥行きだけが失われていく。風に揺れていた端も、雨の染みも、紙の皺も、すべてが平らな絵へ変わった。


布告の輪郭をなぞるように黒い枠が現れ、その上部に文字が浮かぶ。


《すべての娘への招待》


最後の文字が刻まれた瞬間、硬質な音が響いた。




カードが完成した。




《三人目の娘》とは違う。


輪郭は揺らがず、薄く透けることもない。手に取ると紙より硬く、わずかな重さがあった。


表面には、王家の紋章が押された布告と、城へ続く馬車の列が描かれている。


その下には、短い文章が記されていた。


国中すべての娘を、舞踏会へ招く。


名前を持たない娘も、これを使用できる。


黒い本がひとりでに開いた。


何もなかったページに一枚分の枠が浮かび、カードを近づけると、指先から静かに離れた。


吸い込まれたのではない。


最初からそこに収まる場所があったかのように、カードは枠へ重なった。


絵も文字も、そのまま残っている。


誰かから預かったものでもない。


この物語の中でリオが見つけ、自分の手で形にした、初めてのカードだった。


あまりにもあっけなかった。

それでも、手の中には確かな重みがあった。


何かを手に入れたという実感と同時に、物語から一部を切り取ってしまったような感覚が残る。


衛兵は、カードと布告の消えた壁を交互に見た。


やがて名簿を閉じ、城門の脇へ退く。


「三人目のお嬢様と、その付き添いですね」


「はい」


「お通りください」


衛兵が手を上げると、閉ざされていた門が開いた。


リオはすぐには進まず、黒い本に収まった二枚のカードを見比べた。


《すべての娘への招待》は、一枚のカードとして完成している。


その隣にある《三人目の娘》は、いまだ顔も名前もない輪郭のままだった。


この娘は、まだシンデレラではない。


城門をくぐっても、おそらく変わりはないだろう。


「考えろ」


この世界では、異なるシンデレラが混ざり合った結果、一人の人物を成り立たせていた因果関係が、ばらばらに分解されている。


しかも中核となるシンデレラが欠けた状態で。


「欠けたシンデレラを埋める、ではなく」


ガラスの靴を与えるだけでは足りない。


なぜならガラスの靴はある一つの話におけるピースであってシンデレラを定義するものではないから。


この虐げられた娘が、この衣装をまとい、この舞踏会に現れ、この靴を残した。




それらを、一つの物語へ――




「統合する」




シンデレラを定義する一連の出来事が、一人の娘に起きたことでなければならない。


だが、人の人生を後からつなぎ合わせることなど、普通はできない。




普通なら。




リオは《すべての娘への招待》へ目を移した。


この塔では、物だけではなく、人物も出来事もカードになる。


切り離すことができるのなら、結び直すこともできるかもしれない。


《三人目の娘》を、招待された娘として城へ連れていく。彼女が姿を得て、舞踏会へ現れ、そこから去るまでを一つずつ体験させ、その出来事をカードにする。


そして最後に、舞踏会にいた娘と、屋敷にいた娘が同じ人物だと証明する何かを手に入れる。


それらをすべて、この空白へ戻す。


ばらばらになった物語を、一人の娘の人生としてつなぎ直す。


それができれば、《三人目の娘》はシンデレラになる。


リオは黒い本を閉じた。


その中には、未完成の少女と、完成した一枚の招待が収まっている。


様々な異本から本質を抜き出し、統合する。


異なる話なのに、本質的には同じ話。

まるで、自分の作ってきた作品のようだ。




「それに、あの子をどうにかしたいのは、お前の方だろ」




トマリの言葉を思い出す。




「気の利いた皮肉だ。」




静かに決意を固め、リオは開かれた城門をくぐった。

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