第四話
離婚の手続きが終わって間もなく。
エリザベスは驚いた。父親にまたもや縁談を勧められたからだ。
「エリザ、前の結婚の時は儂も悪かった。今度こそ幸せになれるはずだ」
「いいえ、お父様。私はもう結婚は懲り懲りです」
「そう言うな。きっと伯爵様とお前は気が合うと思うのだ。まあ後妻になるから少々年は離れているが、お前も一度離婚しているし……」
「失礼します!」
彼女は父親の言葉を最後まで聞かずに部屋を飛び出した。
(冗談じゃないわ! 私は今度こそ商会の補佐になって生きていくのよ)
だがしかし。その足で商会に向かい、店に入ったエリザベスは更に驚く。この半年あまりで店の中身はすっかり様変わりしていたのだ。
商品として扱っていた生地類は、職人の魂が込められた重厚で整然とした織物だったはずが、流行の色や柄を取り入れてはいるものの、見る人が見れば安物とわかるペラペラなものが主流となっていた。
宝石や貴金属や細工品も、明らかに質の悪い安物を大量に仕入れて、大量に売り捌いている。その時の売値の付け方も雑で、なかには暴利とも言える儲けを出しているものもあった。
(これじゃあ、うちを信頼してくれていた長年のお得意様もそのうち離れてしまうわ!)
店員も半分以上が入れ替わっており、居なくなった人間の中にはエリザベスを理解してくれた者もいた。他にも彼女とソリの合う……つまりは、良いものを仕入れて適正な売値を付けるような主義の人間は軒並み辞めている。
残ったのは上の人間の言うことにただ従うだけのイエスマンだ。
そして、上の人間とは。
父から爵位と商会を受け継いだエリザベスの兄。そして、兄の妻である。
「お義姉様、これはどういうことですか」
「どういうことって?」
兄の妻は、豪華なドレスに大きな宝石のネックレスを身に着け、店の奥でワインを片手にゆったりと座っていた。皮肉なことに彼女のドレスや宝石は、昔の商会で一番高い商品として中々買い手がつかなかった逸品である。それを義姉は自分のものにしたのだ。
「店頭の商品は……」
安物の粗悪品です、と言っては流石に喧嘩腰だと思い、エリザベスはぐっと言葉を呑み込んで言い換えた。
「いつも細工品を納めてくれていた職人の作品でないのは明らかです。あの職人は病気か何かで仕事ができなくなったのですか?」
「ああ、細工職人ね? 倍のペースで商品を作れって言ったら無理だと逆らうから、あそことは取引をしないことにしたの」
「なんですって!?」
「だって今は流行がどんどん変わるのよ? 月に三つ四つくらいしか作れないんじゃ、値段も高いし流行りの形も追えないもの。お話にならないわ」
「そんな! あの職人の細工の細かさは、この王都でも評判の逸品ですよ。すぐに移ろう流行など関係の無い、不変の質の良さを評価してくださるお客様も大勢いるはずで……!」
エリザベスの反論を断ち切るように、義姉はハーッと大きく息を吐いて睨みつけた。
「エリザベス、あなたは何か勘違いしてるわね。ここはもう私の店なのよ。夫から全面的に任されているんだから。部外者は口を出さないでちょうだい!」
「部外者って……わ、私だってシェーンバーグ家の一員で」
「でもあなたはもうすぐ伯爵様の後妻になるんだから、家を出てしまえば他人も同然よ!」
エリザベスの顔から一気に血の気が引いた。震える唇から疑問がこぼれる。
「……なぜ、そのことをお義姉様が既にご存知なのですか?」
彼女自身とて、今日先ほど知った縁談なのに。義姉は「しまった」と言う顔で指先を口に当てた。エリザベスはそれ以上は訊かずに、くるりと踵を返す。
男爵邸に戻ると、急いで父の部屋に向かう。家を出ていった娘が戻ってきたことで父はホッとしていたが、彼女の青ざめた表情を見て何か状況が変わったのだと気がつく。
「……お父様。今回の縁談を持ってきたのは、お義姉様ですね?」
「あ、ああ。だがお前にとってもいい話なんだよ」
予想はしていても、肯定をされるとやはりショックだった。義姉はエリザベスの本性に気がついており、彼女の居ない間に店を掌握したのだ。そして今までの堅実な取引を捨て、自分の贅沢のためだけに暴利を貪っていた。
そこにエリザベスが出戻れば軋轢を生むのは必至。だから、邪魔者を排除しようと次の縁談を用意したのだろう。
くらりと意識が遠のく。
父親が慰めるように何かを喋っているが、あまり耳に入らなかった。
「……伯爵は年は取っているが……盛んな街を治めていて……に大変……そうだ。お前ならきっと……るだろう。新しい……かもしれないぞ」
エリザベスは俯いて黙っていた。父が気を揉んでいる空気を感じ、益々意固地になる。だが暫くしてから顔を上げずにこう言った。
「……そうですか。ではまずは顔合わせのために、伯爵様のもとへ参じたいと思います」
そうして、顔合わせの日。
父親と馬車に乗って伯爵領に行くことになったエリザベスは、先日からずっと大人しくしていた。父を油断させるために。
領地で一番栄えているというメイサの街に到着すると、彼女は明るい声で言った。
「まあ、凄い人出で賑わっていますね」
「言ったとおりだろう。やはりコゼット伯爵はやり手のようだな」
「お父様、街の様子を詳しく見たいですわ。少しだけ寄り道をしても?」
「ああ、良いとも」
そうして馬車を降りた途端、彼女はドレスの裾をからげて走り出したのだ。裾の長いデイドレスに隠れていた足はこっそりブーツに履き替えていたし、すぐに人混みに紛れることができた。
「エリザ!」
父の悲痛な叫びが耳に残る。だが彼女はそれを振り切り、走り続けた。




