第三十話(最終話)記憶は遡り、男は笑い転げる
エディットは店の裏口から表のカウンターまでずんずんと歩みを進めると、アーノルドの姿を認め、そして顔を思いっきり顰めた。
「ルディ! アンタまさか、まだエリザに全部説明してなかったの!?」
「今、いま! 説明しようとしてました!!」
「お、そ、す、ぎ、るぅぅぅ! もぉー!!」
彼女は頭を抱える。その拍子に白髪の頭そのものがズルリとずれた。やはりカツラで老女の変装をしていたようだ。声や喋り方も普段のエディットより随分と溌剌として若々しい……多分、メルトバレー子爵夫人とそう変わらないくらいに。
「アンタって子はいっっっつもそう! どうでもいいことならサクサク片付けるくせに、大事なことはやたらと意味ありげな言い方や皮肉を込めてばっかりで、時間をかけすぎるのよ!」
「お言葉ですが、小さい頃からそう育てられたんですよ。同じタイプの誰かさんにね」
「きぃっ! もたもたしてエリザにプロポーズできなかったくせに、カッコつけてんじゃないわよ!」
「はぁ……だいたい、貴女が普段からもう少し父に構ってやればよかったんですよ。そしたら倒れなかったかもしれないのに」
「今それを言うの!? ほぼ三週間も付きっきりで看病してあげて、やっと帰ってきた私に!?」
「だから、そもそも父が倒れなければ貴女がこの店を空けることもなかったでしょう!?」
「あ、あの……」
言い合う二人の間でエリザベスは困惑していた。だが、アーノルドがエディットに言い返し丁々発止のやり取りをしながらも、ちょっと楽しそうなことに気づく。見慣れた皮肉げな笑みを浮かべて。
「!……あ」
その瞬間。エリザベスはずっとモヤモヤと頭の奥に引っかかっていたものに辿り着いた。何故、そんなにしょっちゅう会ったこともない彼の笑みを見慣れていると思っていたのか。
それはこの二年間、よく似た皮肉げな笑みを毎日見慣れていたからだ。
師匠が皺だらけの顔をメイクで作り上げていたから、今までよく似ていると気づけなかった。けれど改めて二人の顔を見比べてみれば確かに面影がある。
大きく違うのは、アーノルドの瞳が榛色で、エディットが深い青の瞳という点だ。エリザベスよりもちょっと濃い青……ランプの黄色い光でわかりにくいが、最近見たサファイアの色と、全く同じ。
「……あ、あ!」
エリザベスの記憶がどんどん巻き戻っていく。メルトバレー子爵邸で、アーノルドは何と言っていた?
『父は母の目の色に合わせてこのサファイアを買ったんだが――』
そしてコゼット伯爵が変わり者だと言われるようになったのは、伯爵夫人が十年以上前に家を出ていってしまってからだ。
もしも、もしも。変わり者だったのは伯爵ではなく伯爵夫人だったのなら!
「あっ……!?」
彼がエリザベスの変装を見抜いた(というか、最初から別人だと知っていたのであろう)あの日、こう言っていた。
『僕は彼女に貸しがあるんです』
確かにあるかもしれない。少なくとも、もう少しで成人を迎える息子と本来果たすべき伯爵夫人の責務を放り出して街に出て、店を始めるような真似をすれば貸しと言っていいのでは。
『僕と彼女は貴女よりずっと長い付き合いなんだ――』
長いに決まってる。アーノルドが産まれた時……いや、産まれる前からの付き合いではないか!
愕然とし、言葉もないエリザベスの様子に気づいた二人は言い争いをやめた。
「母さん、もしかして……」
「言わなくても気づいちゃったみたいね。エリザはなかなか頭が回るから。なんたって私の後継者だもの」
エリザベスはよろめき、カウンターにもたれかかる。混乱でグルグルと目が回りそうだ。その混沌の渦の中で、更に記憶は二年前へと遡る。
エリザベスが父であるシェーンバーグ前男爵から逃げ出し、エディットに一日の修行をつけて貰って帰った時。父は大泣きで彼女を迎え「どこに行ってたんだ?」と聞きはした。だが「街の様子を見ていた。親切な人に助けてもらった」と答えれば、そこからあまり詳しくは追及されなかった。普通なら根掘り葉掘り聞くものでは?
更には父を説得しようと「結婚はしない。独立して商人になりたいからメイサの街で修行を」と話した時。最初は猛反対していたのだが、暫く後に急に態度が変わった。
「修行先はエディットという店主の小間物屋で間違いないな?」
そう何度も何度も念を押され、そうだと繰り返し答えたら、父は「ならば仕方あるまい。他の店で働くのは駄目だぞ。そのエディットという人の下なら許す」と言ったのだ。
エリザベスが父のもとに帰る時には既に、コゼット伯爵から父に連絡が入り、なおかつその後も内密に連絡が交わされていたのだとしたら……。
「待って、じゃあ、あの時……」
『アイツにアンタを会わせるとちょっと面倒くさいことになりそうだったから――』
初めてエディットの店を訪れ、後からアーノルドが入ってきた時。店主は咄嗟にエリザベスを彼に会わせないほうが良いと判断した。何故面倒くさいことになると思ったのか。
『どうせ無駄になるとわかっている商談に引っ張り出されるなんざごめんだね。何の得にもなりゃしない』
『――実は、商談そのものがなくなりましてね』
エディットが引っ張り出される予定の「商談」は、最初から無駄になるとわかっていた。そしてその商談が中止になってアーノルドがご機嫌だったのなら、多分、普通の商品のやり取りではない。
当時は伯爵令息だった彼は、ずっと縁談から逃げ回っていた。コゼット伯爵は後継ぎが結婚しないことにヤキモキしていたらしい。だから彼が逃げ出さないよう、伯爵は最初のうちは縁談の話を「自分の後妻」と偽り、直前になってから息子の相手だと伝えたのではないか。
エディットは最初から息子の縁談だと知っていて、どうせ上手くいかないだろうから母親が相手の女を見定める為に出る必要もないと思っていたのだ。
ところがエリザベスのほうこそが縁談から逃げ出したので「商談」は中止になってしまった。
しかし何の因果か。彼女は相手の母親の懐に飛び込んでしまったのである。
『商品はこちらで抑えておいたよ』
……つまり、そういう事だ。
「……あ! あぁっ!?」
エリザベスは一際大きく叫び、涙目でキッと二人を見た。
「ひどい。ひどいです、師匠!」
「え、ご、ごめん。でも急いでたし、アーノルドが後から説明してくれるだろうから急に店を空けても大丈夫だと思ってて」
「違います! あっ、それもですけど。ひとのことを……私を商品呼ばわりしましたね!? あの時まだ初対面だったのに!」
「へっ?」
「……」
あれだけ騒がしかった小間物屋の店内に、シンと静寂が訪れる。それを打ち破ったのは、エリザベスの言葉の意味に気がついたアーノルドの笑いだった。
「プッ……アハハハハ! 確かにあの時、無駄な商談だとか、商品は抑えたとかって言ってた!」
「……あっ、あの、最初の時!? だってあの時はハンクがいたから、本当のことを言うわけにはいかなかったの!」
焦るエディットの横で、旅商人姿の男は今すぐにでも床に転がりそうなほど腹を抱えて笑い続けた。
「アハハハハ! 最高!! 僕らの秘密を全部知ったのに一番最初に怒るところ、そこなんだ!? やっぱり面白い……最高だよエリザ!!」
さて、エリザベスの回想にはこの時出てこなかったのだが。
アーノルド・コゼット伯爵は、彼女にサファイアのネックレスをつけている時、こうも言っていた。
『そうだな。僕は母のことを素晴らしい女性だと思っているよ。彼女と似たようなひとが見つかれば、もっと早く結婚していただろうね』
母のように商売好きで、母の下で二年間、メイサの街を裏側から支える修行(=かなり特殊な花嫁修行!)をしてきて。更にはメルトバレー子爵家で期待以上のお節介を焼きまくり、彼の想像を大いに超えてきた面白い女。
そんなエリザベスを、果たして彼が捕まえずにおくだろうか。
いいや、絶対に捕まえるだろう。たとえ彼女が世界の果てまで逃げたとしても。
これにて完結です。
私としては、これは第一部閉幕にしたいなぁ〜。何かネタを考えついたら、また第二部を始めたいな〜とは思っています。
エリザも、アーノルドも、エディットも、ハンクも、そして出てこなかったアーノルドのお父様(妻と息子に比べると常識人で胃を痛めまくってる)も、皆大好きなキャラなので。
また会える日が来るといいな。それまではさようなら、です。
お読みくださり、ありがとうございました!
もし面白いと思っていただけたなら☆を★に塗り替えていただけると嬉しいです。次回作の励みになります。
また、↓のランキングタグスペース(広告の更に下)に他の作品へのリンクバナー集を置いています。もしよろしければそちらもよろしくお願い致します。




