表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/270

1. 転生美少女?これは違う!

 いつもと変わらない一日だった。


 プラットフォームの端に立ちながら、スマホの画面を眺めつつ、列車の到着を待っていた。


 列車がホームに滑り込んできた、その瞬間。


 背中に強烈な衝撃が走った。


 体が宙を舞い、何の柵も守りもない線路へと、引力に従うまま落ちていく。


 この世界で俺が最後に聞いた音は、列車の甲高い警笛の音だった。


 そう。


 俺は、死んだ。


 呆気なく、理不尽に、あっさりと。


 奇妙なことに、意識はまだある。


 なのに自分が死んだという事実だけは、不思議なくらいはっきりと分かった。


 長年の勉強と仕事が刻み込んでいた、あの慢性的な胃痛と腰痛が綺麗さっぱり消えていた。


 笑えない話だ。


 毎晩ベッドに倒れ込むたびに俺を苦しめていたあの痛みが、今となっては「自分が生きている証明」だったわけか。


 ……まあ、いい。来世があるといいな、とそれだけ思った。


 どうせ俺は、この世界に存在した、ありふれた社畜の一人に過ぎなかったのだから。


 あの退屈な人生を嘆くくらいなら、新しい人生を始める方がよっぽど魅力的だ。


 今は目玉もないけど。


 次の人生では、できれば最強の力を持って生まれたい。


 人類に貢献できる価値を創り出して、彩りのある人生をそんなことを望んでみる。


 それから、できれば顔も良くしたい。


 前世では、見た目のせいで随分と苦労させられた。


 一度なんか、ネットに晒されて「女の子のスカートを盗撮する変態」呼ばわりまでされた始末だ。


 寿命については……老いて死ぬのは嫌だな。ドラマで見た、老いによる別れって、本当に辛そうだったし。


 ……ったく、我ながらアホだな。


 本当に来世のステータスを自由に設定できるなら、世界中の人間が天才か大富豪になってしまう。凡人なんて、一人もいなくなるはずだ。


 未練が残るけど、仕方ない。


 意識が薄れていくのを感じた。どうやら転生の時間が来たらしい。


 ——新しい世界よ、俺が来るぞ!


 * * *


 それからおよそ二、三年後。


 もっとも、意識が消えていた間の時間を計る手段など、俺には一切なかったのだが。


 激しい頭痛が意識を叩き起こした。


 目を開けると、太い低木の枝が思いきり頭に刺さっていた。


「……前髪、長っ。」


 視界を覆う白い髪を、小さな両手でかき分けながら、俺は呟いた。


 周囲を見渡すと、そこはあまり深くはない林の中だった。


 林の外、そう遠くない場所には中世ヨーロッパを思わせる、壮麗な宮殿が聳え立っている。


「クローディア! クローディア! ああ、俺のクローディアよ、どうしたんだ、なぜ突然泣いているんだ!」


 銀白色の髪をオールバックに整え、長い耳を持ち、金色の華やかなシャツを纏った男が、真っ青な顔でこちらへ駆けてくる。


 その必死な表情を見て、俺はすぐに悟った。


 家族だ、と。


 彼が何かを喋っているのは聞こえた。


 でも言語が分からないから、内容は一切理解できない。


 ……まあ、一応返事くらいはした方がいいだろう。


 俺は慣れない小さな声帯を使って、必死に一言を絞り出した。


「パパ。」


「うっ……うわあああ! 俺の可愛い天使よ……! パパが来たら、すぐにパパって呼んでくれるなんて、なんて賢い子んだ……!」


 男は感涙しながら俺を抱き上げ、ぶつけた頭をそっと撫でてくれた。


 どうやらこの世界でも「お父さん」に相当する呼び方は、地球と同じ発音らしい。


 ——彼が何を言っているかは、全然分からなかったけど。


 しばらくして、地味な服を着た数人が慌てふためきながら林に駆け込んできた。


 父らしき人物が何かを指示すると、彼らは素早く俺の頭部を確認し始めた。


「うわあうわあ。」


 どうやら執事か使用人か、そういう類の人間らしい。


 なかなかの大家族……いや、大富豪の家庭に生まれたようだ。今回の転生、大成功じゃないか!


 老年の男性が上着のポケットから奇妙な紋様の刻まれた石板を取り出すと、どこからともなく、フラスコに入った深緑色の液体が出現した。


 え、今、何もない空間からポーション出てきた?


 ぷはははっ! やっぱりここはそういう世界か! 間違いない、これは伝説の西洋ファンタジー世界だ!


 ドラゴンを斬り、魔王を倒し、勇者として帝都に凱旋し、美しい姫君と結ばれ、世界の頂点に立つ!


 そんな妄想に浸っていたら、自然と口の端から涎が垂れた。


「……まずい。木に頭を強くぶつけて、おかしくなってしまったのか?」


 父がぼそっと何かを言った気がした——内容は、相変わらず全く分からなかったけど。


 頭を強打したせいか、俺はそのまま使用人たちに抱えられ、父と一緒に宮殿へと運ばれることになった。


 やった、いよいよ貴族の暮らしの幕開けだ。


 宮殿の内部は金と光に溢れ、目が痛くなるほど煌びやかだった。


 精巧な石膏彫刻の数々が主人の地位を物語り、両脇に飾られた甲冑が、この一族の武威を静かに誇示している。


 ——寝そべって楽しむ人生、最高……あ、でも魔王討伐もしないといけないんだった。まあ、少し頑張るか。


 そんなことを考えているうちに、俺はとある部屋へ連れて行かれた。


 黒白のメイド服を着た老婦人が、俺を湯船へとゆっくりと降ろす。


 最高級の陶磁器で作られた、贅沢なバスタブ。ハーブと泡に満たされた温かいお湯。


 前世では味わったことのない、とびきり贅沢なひと時だ。


 なるほど、転生も悪くない。


 ハーブの香りに包まれながら、それとも幼い体のせいか、俺は次第に眠気に誘われていった。


 老婦人もそれに気づいたようで、体を丁寧に拭いてから、白い寝間着、どう見ても女の子用のワンピースを俺に着せ、抱き上げて、淡いグリーンの部屋へと連れて行ってくれた。


 そして俺を小さなベッドへと降ろした。


 ……ちょっと待って。


 これ、ナイトドレスだよな?


 俺、将来は魔王を倒して、美しいお姫様を娶る、男の勇者のはずだよな?


 それと、何だこの可愛いうさぎのぬいぐるみは。


 ふと、嫌な予感がした。


 老婦人が毛布を探しに席を外した一瞬、俺は恐る恐る——自分の股の間へと手を伸ばした。


「……何もない。」


 え。


 もしかして俺、女の子……?


 処理能力の限界を超えた小さな脳が、静かにオーバーヒートした。


 俺の意識は、そのままゆっくりと闇の中へ沈んでいった。


 * * *


「まったく、布団もかけずに寝てしまうなんて、風邪を引いてしまいますよ。」


 淡いグリーンの掛け布団を抱えて戻ってきた老婦人は、クローディアと呼ばれる少女の寝顔を見つめて、困ったように呟いた。


 少女は熟睡、いや、昏睡と呼ぶべき状態で安らかに眠り続けていた。


 * * *


「ずいぶん長く眠っていたみたいね。」


 どのくらい経ったのかは分からない。再び意識が戻った時、俺が身に纏っていたのは、見事に豪奢な純白のプリンセスドレスだった。


 レースで縫い取られた小花が生地を彩り、足元には白い子供用パンプス。


 その柔らかな革の感触は、幼い俺にも分かるほど上質なものだった。


 転生して女の子になった事実を受け入れたのか、だって?


 全然、受け入れてないよ。


 三十年間、ある性別で生きてきた人間が、ある日突然別の体に入ったとして、すぐに受け入れられるわけがない。


 しかも俺のクローゼットの中身はピンクのドレス、ブルーのドレス、その他諸々のドレス。


 一面、スカートしかないのだ。


 パンツスタイルの一着くらい用意できなかったのか。


 それでも、意識が戻ってからは、この世界の文字や言葉がなんとなく分かるようになっていた。昏睡中に受動的に学習したのだろう。


 自分の素性についても、少しずつ把握できてきた。


 俺、いや、私は、ある公爵家の一人娘らしい。他に跡継ぎがいないため、この広大な公爵領の唯一の継承者だということだ。


 前世では3LDKすら夢のまた夢だった俺が、今世では数十の領地を継ぐ身だなんて。


 これはもう、最高の異世界ライフの幕開けじゃないか。


 あの「父」の名は、アルフレッド・フォン・エリクセン。この公爵領の主だ。


 もともとは近くの森に住む精霊族で、民衆を導いてエリクセンの地から魔物を駆逐した英雄だという。


 ハーランド帝国皇帝の勅命により、エリクセンの地は公爵領となり、アルフレッドはエリクセン公爵の爵位を賜った。


 ……ちょっと待ってくれ。


 父上が精霊族?ということは、俺が領地を継ぐのはいつの話になるんだ。


 小説で読んだ知識では、精霊族の寿命は異常に長い。


 頭を抱えながら、俺は記憶を整理しつつ鏡台の前に腰を下ろした。


 日差しの中で、白い長い髪が淡い金色の光を帯びてきらめいているって、白金プラチナって、何だよ。


 高貴すぎるだろ。


 転生の性別は望み通りではなかったけれど、鏡の中の自分を見るたびに。


 まあ、悪くないかなとも思う。


 だって、俺はあまりにも可愛すぎる。


 これは自惚れではない。


 五歳にして既に、その容姿は完成に近かった。


 白磁のような肌、洗練された目鼻立ち。


 独特の白金の長い髪と、精霊族特有の細く尖った耳。


 そこに純白のプリンセスドレスが加わって、前世で男として三十年生きてきた俺でさえ、思わず見惚れるほどの美しさだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ