理不尽な力
「さすがのポーカーフェイスね、アーヴェル」
「勇者様こそ、瞳にすら映らない。それ、どうやって眼の光を消してるんですか?」
「トラウマと思い出したくない過去を思い出してる」
「すみません」
「いいよ」
「あのさぁ! さっきからあんたらのとこでゲーム終んないんですけど?」
「いち抜けした俺は完全に高みの見物だ」
本日の宿を発見した勇者パーティーが束の間の暇を持て余した際に選んだのは、ババ抜き。
幼き頃から誰もが遊んだことのあるカードゲーム。同じカードのペアが手札にあれば捨て、隣に座る者のカードを取り、もう片側の隣がカードを取っていく。その際、ジョーカーはペアにならないカードであり、最後まで手に残った方の負け。
一見ただの運ゲーに見えるが、ミラは嘘を見抜く魔法を使い、ヴァイスは巧みな心理戦を制し、早々にいち抜けした。
残ったのは、何も使わない純粋なパワーで勝つ勇者と、今までババ抜きなどしたことがなかったアーヴェルのふたり。
そして対峙して以降、ふたりは約25分に渡って睨み合いを続けていた。
業を煮やしたミラが叫び、アーヴェルがジョーカーと自身のペアカードを持つ勇者の手札の一部を摘まんだが……取れない。
「あの、勇者様、離してください」
「アーヴェル、あなたはいつから、このカードを簡単に取れると勘違いしていたのかしら」
「そう言うルールと伺った時に勘違いをしていたならその時です。離してください。握力が強すぎる。カードが破れます」
「カードが破れなくなる魔法をかけておいたわ」
「その場合は僕が敗れます」
「お、良いねぇ、そう言うジョークは好きだ。何だお前、おもしれえな」
「ちなみにこのカードなら簡単に取れます」
「そう言われてとる人、いたんですか?」
「答えは沈黙」
「それを開口一番言う人に初めて会いました」
「2分の1よ、速く選びなさいよもー」
「選んではいます。取れないだけです。このゲーム、根本的な穴がありますよ」
アーヴェルが苦言を呈した瞬間、外で爆音が響き渡った。
全員、即座に臨戦態勢。部屋が揺れる程にヒリついた空気がプレッシャーとなって暴れ出す。
「アーヴェル」
「神託は何も伝えていません。戴冠事変の襲撃犯やもしれません」
「ヴァイス」
「ここは魔王軍の要塞からも離れた街だ。来るとしたら別から来た連中だろう。町に衛兵はいるが、兵器レベルは田舎の遺物レベル。頭数に入れるな」
「ミラ」
「結界は破られてないわ。あーしが死なない限りはこの町は安全」
「分かった。アーヴェルは私の周りの梅雨払いを。ミラは結界を維持しつつ、ヴァイスの指示に従って。ヴァイス、住民の避難を最優先に」
『了解』
各自散会。
訓練は詰んできていた。そうでなくとも、フィーネは父である最高の勇者の背中を見て、あらゆる戦場を幼少より回った。
初動としてフィーネの采配に文句をつける者はいない。
外に出たフィーネが目にした者は……明らかな、絶望だった。
空を舞う飛竜ヴァルノート。町の結界に向け突進を続ける一本角を持つ四本足の巨体、ライノドート。人と狼と爬虫類が合わさったような見た目のウルファー。
魔王軍が使役する、魔獣混成軍だ。
さらに、それらの魔獣を魔法で強化し、凶暴化させる仮面の魔法使い。一つ目の馬に乗った魔王軍の将軍の姿も確認できた。
最前線の全軍でも持ってきたかのような大軍勢だった。
「おかしい……前線からの連絡はなかった」
「今確認していますが、前線の要塞は沈黙しているようです。さすがにあの手勢の移動は見逃さないでしょう」
「つまり、本当に別から来た、と。最近奇襲が多い」
聖剣を抜いた。
聖剣は正統な継承者が使うことで初めて真価を発揮する。
それだけじゃない。勇者が聖剣を引き抜き、戦うことで背後の住民は勇気をもらえる。
勇者が来たと、知らしめると同時に、勇者がそこにいると敵に知らせる。
「まずは前線梅雨払いをして、視線を私に集中させる」
「お供します」
攻勢、開始――
フィーネが地面を駆けあがり、結界の外に出ると同時に結界が一部解かれ、勇者が征く。
剣線閃き、前線のウルファーが瞬時に殺害。ライノドートの角と頭を斬り割き、さらに奥へ突き進む。
他を一切見ないが、背後は二刀の剣で機動力を見せつけるアーヴェルが梅雨払いを続ける。さらに、フィーネが逃した相手を確実に倒し、屠り、存在感をアピールする。
倒す剣ではなく守る剣。
「影踏――」
聖騎士、アーヴェルの固有魔法、影から影へ移動できる。
魔獣の影も例外ではない。また木々の影、建物の影すら、アーヴェルの庭だ。
移動の隙を減らしてあらゆる場所に現れる機動力の鬼。
さらに、教会から与えられた神託の術式が、勇者の危険をぁ=ヴェルに伝える。
アーヴェルは勇者の影すら使ってすぐに近づき、守護する。剣を盾に見立て、弾き、痛烈な反撃を見舞う。
完璧な守護、攻撃することで守り続けるのが聖騎士の本懐だった。
あまりの戦いやすさにフィーネは口元をほころばせる。
初めての大型実戦。奇襲であるにもかかわらず、魔王軍は前線の中央部隊を一気に失った。
この異常事態に真っ先に対応したのは、前線の将軍。
巨大な剣を持つ騎馬将軍が剣を叩き落とした。
「貴様……勇者か」
「分かって襲ったんじゃ?」
「……おのれ、ルカのガキ。やはり魔王の息子か」
「待って、それはどういう――」
「ふん!」
巨剣でフィーネの小さな体を弾いた。
「皆のもの聞け! ここに憎き玉座の簒奪者はおらん、しかし、我らが数百年争い、魔王様を討った勇者の遺志を継ぐ者はここにいる! ではどうするか、この征伐戦は、魔王様へ手向ける仇討ちとなった! 進め、せめて、多くの人間どもを、魔王様の元へ送ってやれ!」
将軍の檄に魔王軍は沸き立った。
フィーネは若干追い込まれていた。今のフィーネに、歴戦の将軍を超える檄を飛ばせない。
空気が押されかけた瞬間、フィーネは将軍との一騎打ちに流れるまま身を捧げた。
「嬉しいぞ、勇者。先代は殺す前に魔王様と共にこの世を去った。復讐の機会を、我らは待っていた! 忌むべき存在を、殺す瞬間を!」
魔法はなく、純粋な剣。ただ、背負うものが剣をより重くさせる。
押される。気圧される。この圧力が、多くの戦場を駆け抜けた歴戦の猛者が持つ重み。
「あなたが殺したかった忌み者は、私の大切な家族でした」
瞬間的な加速。剣に納めぬ抜刀術。
これはただのテクニックに、フィーネの努力が上乗せされた最速の剣技。
将軍の片腕を落とし、切り口から魔力の残滓が灰のように空に立ちのぼる。
魔族は死ねば有り余る魔力の制御が出来ず、魔力そのものに身を食われて消滅する。
魂すら消え、痕跡が残らない神が作り出した失敗作。
将軍は失った腕を押さえ、下馬する。
「久しい。勇者と戦い、左目を失って以来、初めての傷だ。この傷は魔王様を守れなかった戒めに今も治していない。勇者よ、貴様を殺しても、この傷は治さぬと誓おう。私は貴様を、忘れない」
「……お名前は」
「将軍ゼルヴァス。魔王軍四天王が一人、ハルヴァー様の第一突撃部隊隊長」
「ゼルヴァス。私もあなたを忘れない」
対峙する、勇者と魔王軍将軍――
互いにある程度理解していた。この一撃で勝負が決まる、と、
先に動いたのは勇者。
決め手は僅かな運の差だった。
フィーネが飛び出し、斬りかかった瞬間、何故か馬が突如身を捩り、僅かにゼルヴァスの姿勢を崩した。
まるで、運命が、勇者に勝てというように。
フィーネの一撃をかわそうとした、ゼルヴァスは腕が片方ないことで若干反応が遅れ、右側からの攻撃をギリギリ躱しきれず、胴体に聖剣が突き刺さった。
「ぐお……この、程度で」
手を傷つけながら、ゼルヴァスは聖剣を引き抜いた。
致命傷を負って尚、将軍は膝を屈しなかった。
「ゼルヴァスさあ、お下がりください。この戦争に意義は――」
「私に強化術式をかけろ」
「危険です。この状態では」
「構わん! 千年の歴史を覆す英雄を相手にするのだ、命捨てずして、勝利などあり得ない!」
ゼルヴァスの意志をくみ取り、その場にいたゼルヴァスの部下は魂を燃焼させ、無理やり強化をする魔法をかけさせる。
人類が魔法を魔族の物と早々に見限り、科学と技術の発展と共にメインではなくサブとして運用を始めて以来、魔族の魔法の研究は止まった。
既に人類の魔法運用は魔族のそれを越えたと考えられていた。
しかしゼルヴァスは命と引き換えに強化される魔法を使うことで、人類の想定を超えた。
失われた腕が生え、全体から魔力が溢れ出す。
驚異的な強化は、フィーネの反応速度を優に超える。
剣線が見えない、剣戟で初めて、フィーネは防戦に追い込まれた。
鋭く、素早い強戦士の斬撃。
迫りくる死の恐怖で、フィーネは笑った。
「そうだ、勇者も、そうして笑っていた」
ゼルヴァスは驚異的な速度で大剣を打ちおろした。
フィーネは人間離れした反応で受ける構えを取ったが、ゼルヴァスの斬撃はフィーネの横を通り、即座に剣の向きが横になる。
打ち下ろしの慣性のベクトルが横向きの即座に変わった。
魔法――最後の最後まで見せなかった、切り札。
だが、勇者フィーネには、強力な味方がいた。
影から現れたアーヴェルが、ゼルヴァスの横を取り、腹部を二刀で貫いた。
ゼルヴァス――止まらない。
肉を切らせて骨を断つ。
守る覚悟を持った勇者とは異なる覚悟。死んでも殺すという、ゼロ%の勝機を1%に変える、チャンスのある行動。
惜しむらくは、相手がフィーネであったこと。
グッと膝を曲げて剣を避け、有り得ない体勢で、ゼルヴァスを切った。
確実に仕留めると確信したゼルヴァスは前のめりになり、その首を晒してしまっていた。
「……見事なり」
「あなたこそ。アーヴェルがいなければ、負けていた」
魔王軍将軍、ゼルヴァスは魔力の灰となって地面に溶けていく。
将軍を失った魔王軍はすぐに瓦解し、町の守衛を再編したヴァイスの策で一気に角に追い込まれた。
逃げた先でひとまとまりになったところを、ミラが最も得意とする魔法が襲う。
「爆炎術式」
杖から放たれた星程ある火球が、魔王軍を消滅させる。
一息つく間もなく、しかし勇者たちを襲ったのは、同じ規模で違う将軍の軍隊。
「おいおい、聞いてねえぞ、ここは最前線か? こっちは本体と合流前だってのに」
「泣き言を言っている時間はない。住民の避難は?」
「大方住んでるよ。どうする? 町を捨てるか?」
「こんなところに拠点を作られては、他の町が危ないから、そう、ね……うん、大丈夫」
「大丈夫って、何がだ」
「私が全部倒す」




