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憑き人  作者: 西季幽司
第三章「加害者」
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康信の後悔

 その後のことは、よく覚えていない。

「大丈夫ですか?」と誰かから声を掛けられたことを、薄っすらと覚えている。

 後続車に衝突したお陰で、康信も祥吾も無事だった。打撲や軽傷を負ったものの、命には別条無かった。

 だが、後続車は追突の衝撃で進路を変え、ガードレールに衝突して大破してしまった。ガードレール側の助手席に座っていた若い女性は即死だった。運転手も重傷を負って入院している。未だに目を覚ましていないと言う。

 そして、康信の後悔が始まった。

(あの時、祥吾と運転を代わっていれば・・・・)

 運転に自信が無かった康信は、結局、運転を祥吾に押し付けて居眠りをしてしまった。十分な休息も取らずに、祥吾に車を運転させてしまった。祥吾が居眠り運転してしまったことに、自分も責任があると考えた。

 そんな中、更に康信を苦しめる出来事が起こった。

「なあ、康信。ぶつかって来たのは相手の車だ。俺は起きて運転していた。俺たちは突然、後ろから彼らの車に追突されたんだ」病院での診察を終えた後、待合室に並んで腰掛けながら、そう祥吾が言い出した。

 検査で異常が無ければ、警察からの事情聴取が始まる予定になっていた。

「そんな。事故が起こった時、お前は居眠り運転をしていたじゃないか――⁉」

 康信の言葉に祥吾は顔色を変えた。「馬鹿なことを言うな!寝ていたのはお前だ。俺は居眠りなんてしていない。あいつらが後ろから物凄いスピードで突っ込んで来て、俺たちの車に追突したんだ!」

「嘘を言うな。事故が起きる一瞬前、俺は目を覚ましたんだ。そして、眠っているお前を見た!」

「井上。お前、自分の将来を考えて言っているのか?俺だけの責任じゃないぞ。当然、お前にも責任がある。就職前に交通事故を、それも死亡事故を起こすようなやつを、会社が雇うと思うか?お前も俺も、内定が取り消しになるぞ。俺は嫌だ。折角、受かった会社だ。その為に、野球だって辞めたんだ。今まで苦労して来たのは何の為だったんだ――⁉」

「うっ・・・・」祥吾の言う通りだった。

 事故のことが会社に知れると、内定は取り消しになってしまうだろう。今更、雇ってくれる会社なんて無いに違いない。康信は目の前が真っ暗になった。

「いいか。事故が起きたのは彼らのせいだ。ぶつかって来たのはあいつらだった。そう警察に証言してくれ。分かったな」

 祥吾から何度も念押しをされた。

(そんなこと出来るか!)と持ち前の正義感が燃え上がったが、(今、内定を取り消されたらどうしよう・・・・就職浪人か・・・・就職浪人したって、この先、就職先が見つかる保証もないし・・・・)という気持ちが冷や水を浴びせた。

 康信は迷った。迷いに迷って、そして、警察には本当のことを伝えた。

 結局、正義感が勝った。

 事情聴取に当たった年配の警察官は、柔和な微笑みを湛えながら言った。「そうか。正直に話してくれてありがとう。君の友人は、ぶつかって来たのは相手の車だと主張しているそうだ。だがね。あの時、事故を目撃していた車があったんだよ。事故を目撃して、直ぐに通報してくれた。

 それに、被害者の車にドライブレコーダーがあってね。君たちの車が突然、斜行して後続車に衝突する様子がちゃんと映っていた。現場の検証からも、後続車が急ブレーキを踏んだ形跡が道路に残っていたのに、君たちの車がブレーキを踏んだのは後続車と衝突した跡だった。事故の詳細は分かっていたんだ」

 正直に打ち明けたことで康信の心が軽くなった――かと言えばそうでもない。祥吾は事故の責任を負わされることになるだろう。

(あの時、俺が運転を代わってやってさえいれば・・・・)康信はそう思い悩んでいた。

――もう、悩むのは止めなよ。悪いのは君じゃない。

 康信にそう言って慰めるのだが、僕の声は彼には届かない。彼の頭の中で鐘の音のように鳴り続ける後悔の言葉を、聞かされ続けるだけだ。

(若い女性は亡くなった。まだ大学生だったらしい。可哀そうに・・・・俺が・・・・俺が運転を代わっていれば・・・・)

――少し寝た方が良いよ。

 康信は何日もろくに睡眠を取っていなかった。だが、うとうとすると、事故当時の記憶が蘇る。彼の頭の中にはスローモーションで流れる事故の映像が鮮やかに映し出され、康信は「ああ~!」と悲鳴を上げながら目を覚ますのだ。その繰り返しだった。

(運転手はまだ目を覚まさないらしい。このまま植物人間になってしまう可能性さえあるそうだ。ああ~あの時、俺が、運転を代わっていれば・・・・)

――こんなこと続けていると君が参ってしまうよ。

 彼の体が心配だった。僕は考えた。どうすれば、彼が立ち直ることができるのか。そして、あることを思いついた。

 康信がうとうととし、頭の中で事故の映像が再生され始めた時、僕は思いっきり叫んでみた。

――康信~!そんなに後悔しているのなら、会いに行け!運転手の若者は入院しているんだろう。彼と会って来れば良い!そうすれば、君の中で何かが変わるかもしれない!

 懸命に叫んだ。叫ぶ――ということがどういうことか分からなったが、僕なりに叫んでみた。すると、彼は目を開け、(そうだ。彼と会って来よう。彼に会って、謝罪して来るんだ。分からなくても、彼に会って、きちんと謝って来よう!)と頭の中で康信の声が木霊した。

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