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23話 皇姫の恋



【剣の盤城(ばんじょう)アキレリス】と【空の王冠】を繋げる青薔薇の橋を一時的に作った(わらわ)は、凱旋とともに陛下への報告を行う。


「【影の王】とな……フローティア、それは(まこと)か?」

「はい」

 

 厳めしい白髭をゆっくりと撫でた陛下は、神妙な面持ちで深い息を吐く。



「都市の強制転移にくわえ、そのような危険な生物まで周辺を跋扈(ばっこ)しておるとは由々しき事態じゃ」


(わらわ)も伝承本に描かれているもの以外で初めて目にしました」


「伝承によれば、【千血の白銀姫】が遥か昔に討滅しておるはずじゃったが……」


「姿形は間違いなく【影の王】でした、陛下」


「フローティアよ、二人きりの時は昔のようにおじいちゃまと呼んでよいぞ」


「お戯れを、陛下」


「……時の流れは速いのぅ」


 人払いを済ませた【(つか)の間】で祖父君の唸り声がポツリと落ちる。

 それから祖父君は無言でテラスへ歩を進め、眼下に広がる街並みを見下ろす。



「英雄神アキレリア様が御隠れになり……【剣の盤城アキレリス】の頂上である【柄頭(つかがしら)の間】を【束の間】と改名し、早1年が経った……」


【剣の盤城アキレリス】は大地に突き立つ巨大な剣として君臨している。その柄頭は城の頂点に座し、本来であれば英雄神アキレリア様が住まう場だった。

 

「必ずやアキレリア様はお戻りになります。我らローゼシュタイン家が神城を統治するのも束の間、我らの都市が神剣として復活する日も近いでしょう」


「だが……この1年、度重なる諸外国からの武力侵攻に耐えた我らを待ち受けていたのは、緩やかな滅亡ではないか。新しく生まれる子らはみな神血が薄く、そして首都の強制転移という厄災……現状を見るに我らがアキレリア様はすでに……」


「おやめください、陛下」


 祖父君が言葉にしようとした内容は神への反逆、大罪である。

 それはアキレリア神民の中で神血を色濃く受け継いだ祖父君が、一番理解しているであろうに……言葉にしなければいけない段階にまでアキレリアが追い詰められている、と如実に語っていた。


「アキレリア様に代わり、民を導く者として……最悪を予測し備えておくのも為政者の務め。各都市や街は今もなお、連合軍の攻撃にさらされてるやもしれぬ」


「早急に【剣の盤城アキレリス】が転移させられた位置を把握するための探索隊を組織いたします」


「うむ……しかし転移させた者も何か狙いあってのもの。ここの守りを薄くするほどの戦力は避けぬぞ」


「承知しております」


血位者(デウス)ばかりが狙われる殺人事件も未解決のままじゃしのう」


「案外、その外道が犯人かもしれません」



 現在、我らが【英雄を生む国アキレリア】は三国の連合軍によって攻め立てられている。しかもそれはただの侵略戦争などではなく、アキレリア人の血の一滴まで根絶やしにしようとする殲滅戦だった。敵軍に降伏した都市や街、村は女子供を含めすべてが虐殺されている。

 そんな状況下で首都【剣の盤城アキレリス】の消失は、防衛にあたる各都市や街にとって痛手となる。


 なにせ軍の補給線の形成など、首都を通して各都市が連携していたからだ。それに加えて、最近起こり始めた連続殺人事件も警戒しなければならない。狙われるのは都市内の強者ばかりで、未だに犯人のしっぽも掴めていないのが現状だ。


 はがゆい気持ちに胸が張り裂けそうになる。

 今にも敵軍や連続殺人鬼を凍てつかせてやりたい衝動に駆られるが、(わらわ)にできる最善を着実にこなそうと自身を律する。



「それでフローティア、他に面白い話があると申しておったな」


「ユウマと名乗る精霊士にお会いしました」


 絶望が続くなか、彼は一筋の光が瞬いたかのように(わらわ)の目の前に現れたのだ。



「なんと……精霊士とは珍しい! それは真か?」


「ふふふっ」


【空の王冠】で出会ったユウマという不思議な少年に思いを馳せ、(わらわ)はつい笑ってしまう。



「どうしたのじゃ、フローティア」


「陛下のお眼鏡に叶う人物でしょう」


「どのような傑物(けつぶつ)なのじゃ?」


「詳細は不明ですが、一つだけわかった事があります」


「なんじゃ?」


「祖父君は常日頃から、自分の身を挺して守ってくれる男と一緒になれと仰っていますね」


「無論、必要最低限の条件だ。そういえば戦続きで、そなたの見合い話も流れてしまったな……」


「ユウマは自分の危険を顧みずに、(わらわ)の命を救ってくださいました」


「なんじゃと!?」


 (わらわ)を守るために左上半身が吹き飛ぶ大怪我を負い、妾が罪悪感を覚えぬよう治癒中の苦痛を懸命に耐え、あまつさえ全く恩に着せぬ男。

 それがユウマである。


 (わらわ)が見たなかで、誰よりも雄々しく寛大で、優しい性根を持つ男。

 あそこまでの男を見せられてしまえば、1人の乙女として惚れぬわけがない。


「そやつ、筋肉はあるじゃろうな!?」


「細身なれど屈強であります。願わくば、このフローティアの婿(むこ)候補とするお許しをいただきたく」


「ならば、さっさと紹介せい!」


 ユウマなら必ず祖父君も納得してくれよう。


 (はや)る気持ちを抑え、(わらわ)は黙々と探索隊の編成準備に勤しむ。民のための戦い、であるはずなのに『再びユウマと会えたら幸運だ』なんて考えてしまうのは罪深いだろうか。



「……惚れたなら、射止めてしまえ、心臓筋」






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