22話 なりそこないの王
無形の闇が蠢いたかと思えば、空に墨を塗りたくったかのように漆黒が飛び散った。
触れたら危険、そう直感した俺は全力で回避する。
今までよりも力強く踏み抜いた地面は陥没し、予想以上の勢いで俺の身体が飛翔する。
「えっ!?」
助走なしで有に4メートルの幅を移動したことに驚く。
これが身体能力の向上の恩恵だと気付き、すぐに自分の機動力に慣れる必要があると判断する。
「ユウマ! あいつはまずい! 逃げろ!」
「「ぐおおおお! 筋肉こそが命!」」
フローティアさんが叫ぶなか、2人のマッチョメンズが闇に呑み込まれる。
あの闇に吸い込まれたが最後————かと思いきや、彼らは闇が過ぎ去ってもピンピンしていた。
「お前たち、大丈夫なのか!?」
「「筋肉こそが全知全能なる鎧!」」
彼女たちは平常運転だったが、【影の王】は新たな動きを見せた。闇が集束してゆき、みるみる間に何かを象り始めたのだ。
それは————
一人の全裸マッチョ男性だった。
両目を閉じたまま、両手をクネクネと動かし妙な構えで宙に浮かんでいる。
まるで釈迦のように見えた。そんな浮遊する全裸筋肉マンを目にし、開いた口が塞がらなかったのは俺だけではない。
「そんな、ありえない……英雄神アキレリア様……!?」
フローティアさんも唖然とし、立ち尽くしていた。
そんな彼女の隙を突いて、空中にいた全裸マッチョ男は流星のごときスピードで肉薄する。
「フローティアさん! 避けて!」
彼女が危ないと思った時には既に自然と体が動いて、全裸変態へ硬く握った拳を放っていた。無論、奴もフローティアさんに向けた拳を軌道修正し、俺の肩へと合わせてくる。
迫る衝撃と痛みに備え、互いに拳を打ちつけあう。
「ぐっ」
バシンッと衝撃音が弾け、次に風切り音が鳴る。
結果は変態マッチョメンが激しく吹き飛び、山脈の斜面を大きく削る。そして俺は左肩からはじけ飛び、宙を錐揉みしながら舞っていた。
視界がぐるぐる回る中で、敵の位置だけは見失わないよう必死に意識を繋ぎとめる。
「いっだああ……」
「「ユウマの筋肉が英雄神アキレリア様と互角!?」」
「「ユウマの筋肉こそ神に届きうる至高!?」」
上裸の四人組はテンションがブチ上がっているようで、フローティアさんだけが慌てた様子で俺をキャッチしようと駆けてくれる。
「ユ、ユウマ!? わ、妾を守ってくれたのか!?」
どちゃっと無様に抱擁された俺は左肩というか、左上半身の激痛に悶えながらも『はははは』と強がってみせる。
「そんな……ゆうまの左腕もろとも……」
「ぐ、ぐちゃってるのは、わかってる……言わないで、大丈夫」
「で、でも」
「それより……【影の王】の様子が、また、おかしい……」
さっきまで全裸マッチョメンだった【影の王】は、更なる闇をまといその姿形を急速に変化させていた。
そして暗黒はぐっと膨張し、巨大な竜が顕現した。
雄々しい両翼が開けば背後に暴風が吹きすさび、神々しく空に浮いている様は神と称する荘厳さをまとっていた。
そして何より、物凄い圧を感じる。
「え、ファイナルシストファンタジー17の、は、【破滅を呼ぶ竜】やん……」
その迫力は、実際に目の前で相対すると桁違いな存在感を放ち度肝を抜かれる。
どうしてゲームのボスモンスターがここに……?
尽きない疑問はあるけど、もしゲームと同じように大陸をまるごと破壊した力が備わっていたとしたら、ここら一帯が消し炭にされる……?
いや、そんな事あるわけ、でもハラハラ三銃士は本当に死んでて、だから現実との繋がりが……ダメだ、左半身が痛すぎて思考がぐちゃぐちゃだ。
なので俺は頼みの綱であるリスナーたちに【童貞発言】で問いかける
【DM:や、やばそうなんだけど、どうすればいい?】
『さっきみたいにメルちゃんにヒールしてもらえ!』
『メルちゃんはヒールしなかったのである。おっさんは経験値ロストの恐怖を味わったのである』
『◆私ならいつでもおじさんを回復します。次はPTに入れてください(3000円)◆』
『じゃあ筋肉で解決だな! 殴れ!』
『ロザリアちゃんに土下座して影から出てきてもらうのである』
『◆この5人と関わり合いたくなさそうでしたけど、おっさんのピンチなら仕方ないです(1000円)◆』
そうだ、その手があった!?
生き残りをかけた戦闘に夢中になりすぎて、すっかりロザリアに頼るという選択肢を失念していたあああああはぁあぁぁぁあ、腕がいてえええ、このジュウウウって肉が焼けるような痛みを伴う回復どうにかならんかな!?
嫌がる相手に頼むのは気が引けるが、そうも言ってられない状況だ!
だが、俺が結論を出すのは少々遅かったようだ。
すでにバハムートは口から全てを破壊する終末魔法を吐いていた。まばゆい閃光と共に、何十にも破壊の魔法陣が空中に乱立している。その全てから巨大な竜巻を生じ、まるで大蛇のごとくこちらに噛み付こうとしていた。
「先ほどは不甲斐ない姿を見せてしまった、すまない!」
絶望の滲む光景の前に立ったのはフローティアさんだ。
彼女はここで初めて腰に差した剣を抜き、次いで背中に留めていた大盾を構えた。
「神血魔法————【凍薔薇の城】」
彼女がそう呟いた瞬間、バハムートによって閃光に塗りつぶされた視界は青い薔薇に満たされた。瞬時にして咲き誇る大量の薔薇はよく見れば、全てが氷でできておりキラキラと輝いている。
突如として空に咲いた青薔薇は破壊の明滅にひび割れ、砕け散り、解け消えようとも無限に花開いていく。それはまるでフローティアさんの『決して倒れない、手折れない』といった固い意思が具現化して巨大の盾となっていた。
あ、ちょっとロザリアのダジャレ癖が移ってきてる……?
なんて見惚れている場合じゃないな。
どうにか彼女がバハムートの攻撃を防いでいる間にロザリアを呼び出さないと。
「ロザリアぁぁあああ、頼む! 出てきてくれええええ」
リスナーに言われた通り土下座をしてみる。
「ゆーまがそう言うなら仕方ないです。惨状に参上、です」
なんとあっさり影から出てきてくれた。
「あ、りがとう」
「いえ。そもそも今のゆーまだけでも、あんな『なりそこない』は倒せるです」
「な、なりそこない?」
「あの脳筋女子は勘違いしてるです。あれは【影の王】ではなく、その残滓。【なりそこないの王】です」
「……【なりそこないの王】?」
「影や暗闇に向けられるのは恐怖心や畏怖心が多いです。【なりそこないの王】はそれに触れて己が力とするです」
「つ、つまり、触れた相手が畏敬の念を抱く対象や怖がる者になる……?」
「そうです」
なるほど……。
だから最初は超絶筋肉マンに変化し、次は俺の直近で一番恐れた【破壊を呼ぶ竜】になったわけか。経験値ロストの絶望と恐怖は半端なかったしな。
「【なりそこないの王】だからこそ、何者にもなりそこなえる、です」
でも、とロザリアはフローティアさんとバハムートの攻防をジッと見詰めながら続ける。
「影は、本体の下に生まれるです。影は影にすぎず、本体になれないです」
暗に本物より劣ると語る。
「だから、ボクが【なりそこないの王】と名付けてやったです」
「え? それってどういう————」
俺が質問し終わる前にロザリアは一枚のカードを取り出す。
「ちょうど咲いてる氷花を利用するです。魔法カード発動、【光芒の封印閣:万華鏡】」
彼女の静かな呟きが、巨大な八角柱を地面より無数に湧き立たせる。それらは全ての景色を反射する鏡で造られているようで、宙に浮かぶバハムートをあっという間に囲み切った。
そして、それぞれの八角柱の間にはわずかな隙間があり、フローティアさんが際限なく生み出す青薔薇が蔦っては生い茂る。
これで奴の逃げられる場所は上空のみ。
まだ戦闘は続くかと思ったが、そんな予想もあっさりと裏切られてしまう。
降り注ぐ太陽光が八角柱と青薔薇に乱反射し、眩い光彩を放つと【なりそこないの王】は忽然と姿を消してしまった。
「影は自身の姿を忌み嫌う。『決して本物になれない』、そんな劣等感と共に、影が存在できない程の光量を作ってあげればいいです」
しれっと無表情のまま【なりそこないの王】が消失するのを眺めるロザリアに、俺は畏怖せざるを得ない。
この娘は一体何者なのだろう。
「す、すごいな、ロザリア」
「あんなのは倒せて当たり前です。アリシャたちだって何度も倒してた、です」
どこか誇らしそうに語る彼女は、その瞳にほんの少しの寂しさを滲ませながらちょこんっと俺の傍に近寄る。
俺としてはあんな怪物をサクッと倒し切っちゃうロザリアに驚嘆してばかりだけど、なんとなく彼女が甘えたそうにしてるのを直感で悟る。
妹の芽瑠が初めて洗い物を1人でできた時と同じ雰囲気、褒めてもらいたい時にする仕草に似ていたのだ。
だから俺は身体が治癒されてゆく激痛に耐えながら、彼女の頭をなでてやる。
「えらいぞ、ロザリア」
「所詮は神を前に、逃げ出した王です」
むふーん、と氷のような無表情が溶けたのは見なかったことにする。
ちょっと、その、直視すると可愛すぎて……いや、俺の推しは妹の芽瑠ただ一人!
いくらロザリアの透き通るような銀髪や紅眼、そして陶磁器のような白さを誇る肌であろうと、妹以上に惹かれる要素など皆無!
「神って……あの龍っぽい【狂い神】のことか?」
「はいです」
『さすがロザリアちゃん、何でも知ってるな』
『サポートNPCなだけあって博識なのである。しかも強いのである』
『◆どうして色々と知っているのでしょうか?◆』
リスナーたちの疑問も尤もなので、重ねてロザリアに質問しようとするとフローティアさん一同が俺たちを猛烈な勢いで囲み始めた。
「す、すごいぞユウマ!」
「「「「筋肉こそが強大な魔法を作る!」」」」
「助かったぞ。そなたは妾たちの命の恩人だ!」
「「「「筋肉に愛を! 我らが恩人に愛を!」」」」
とりあえずは彼らとは死線を共に乗り越えた仲であるから、痛みに堪えながらニカっと笑ってみせる。
「コン・アモーレ!」
それでも額ににじませた汗を隠せなかったのか、怪訝そうにフローティアさんが窺ってくる。
「その、ユウマよ……妾のせいですまぬ。怪我は大丈夫なのか? それは治癒魔法か?」
「大丈夫です。このまま放っておけば、多分なおりますから」
「そうか……もしよければ我らが【剣の盤城アキレリス】でしっかりとした治療を……」
「それには及ばないです。大したことないですほんと」
心配気に落ち込む彼女に俺は再び大丈夫だと笑ってみせる。
ここからでも見える剣型の都市。大地に突き刺さり、その鍔の上にはたくさんの建物が建っていて、今も多くの人々が生活しているのだろう。そんな都市を転移させてしまったのは、絶対にロザリアその人だ。
なにせあの都市が落下するのを利用し、【狂い神】を両断したのをこの目で見ている。
もし仮に転移の原因がロザリアにあると都市の人々が知ったら、どんな反応をしてくるのか怖い。
さらに言えば、唐突に現れたロザリアに対して質問もされるかもしれない。その流れで転移の件がバレたらヤバイ。間違いなくヤバイ。
だから今の内に感じよく、恩は売っておくべきなのだ!
俺もこの怪我をチャラにするから、君らの都市が移動しちゃったのもチャラにしようぜって!
「して、ユウマよ。そこの大魔導士たる子女は何者ぞ?」
「ゆーま、精霊召喚できるです。ボクはもう眠るです」
「えっ?」
まるでフローティアさんたちと話すのは面倒だと言わんばかりにロザリアはスッと俺の影に潜ってしまう。しかも、サラッと俺が精霊召喚? とやらでロザリアを召喚したみたいな嘘まで吐いた。
「なるほど……ロザリアは精霊であり、ユウマは精霊使いなのか。ますます妾は気に入った!」
「「「「筋肉こそが強き精霊との絆を結ぶ!」」」」
「妾たちはここの現状を報告するために一度、戻る。それでユウマよ、【剣の盤城アキレリス】に来てみないか? 突然の大規模転移で民たちは騒然としているが、此度の礼ぐらいはできようぞ」
「……俺はまだここでやる事があるから……」
転移の件もあるし、ロザリアもこの人達と関わり合いを持ちたくなさそうだからやんわりと断るのが吉だろう。
「ならばいつでも来るが良い。妾たちは歓迎する」
「いや……でも万が一、後ろ指をさされたり……」
「そんなわけあるはずもない。我がローゼシュタイン家の名において貴殿ユウマを友として迎える」
「ローゼシュタイン家?」
「まがりなりにも……英雄神アキレリア様が御隠れになってからは、我がローゼシュタイン家が【剣の盤城アキレリス】を統治させてもらっている。心配無用だぞ」
ってことは、フローティアさんは正真正銘のお姫様ってことか!?
ますますロザリアがやってしまった事は伏せなければと、固く胸に誓った。
◇
【なりそこないの王】
【HP∞ MP40 力10~25 色力10~25 防御10~25 素早さ10~15】
【総合戦闘力:登録者数50万~110万人と同等】
【無限の闇:形がなくHPが無限】
【なりそこない:自身の姿を見てしまうと霧散してしまう】
【式守・レイ・ブラッティドール】
【HP73 MP65 力37 色力52 防御35 素早さ61】
【総合戦闘力:登録者数293万人と同等】
今年最後の更新となります。
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今年もとってもお世話になりました。
ではでは、みなさま、よいお年を!




