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20話 真夜中のコンビニと空色少女



「俺は【リーマン】と【博士】をVIPに推したいと思う」

「メルは【ダイヤ姫】、VIPになる、運命」


 色々と激論が交わされた後でVIPリスナーは選出された。

 実は3人とも古参リスナーである。


『おっさん、ありがとw』

『嬉しいのである。これでメルちゃんと繋がれる可能性無限大である』

『◆これからも微力ながらお二人をご支援させていだきます(20000円)◆』


 というのもやはり、俺としては【過去に眠る地角(クロノ・アーセ)】に行って実際に命を賭けるわけだ。窮地の際にふざけ半分でコメントをされたら困る。

 信頼と実績、その辺を考慮して2人のリスナーを選ばせてもらった。


「2人とも最初の頃から俺たちの配信を見てくれて……応援してくれたから」

「お金、大切」


『メルちゃんの本音がwwww』

『おっさんが吐く綺麗事はつまらん』

『メルちゃんの吐く毒舌は草』


『とはいえ、おっさんの判断基準も一理あるよな』

『中傷する奴より、応援する人の方が信頼できるってのは当たり前だ』

『自分から配信を見に来てんのに、わざわざ悪口言ってくる奴とか関わりたくないわ』

『それな』


『メルちゃんの判断は神。金は大事』

『俺らにとっても、おっさんたちに金が落ちるのは良いこと』

『経済的に余裕ができれば配信する時間も増えるしな』


『色々楽しませてもらえるってわけだ』

『推しは推せる時に推せ』

『これからもがんばれー!』



 どうにかVIPリスナーを選べたのでほっとする。

 概ねリスナーたちも納得してくれたし、万々歳である。


 そしてわかっておるな我が妹よ。

 女子実況者(メル)が男性リスナーを指名した日には、何が起こるかわからない。というのも他の男性リスナーの嫉妬や、『男をお気に入り認定』したと捉え、メルの人気が下がる可能性もある。そこを把握したうえで女性リスナーっぽい、ダイヤ姫を選ぶのはいいチョイスだ。


 無論、俺も男性(どうせい)っぽいリスナーを指名したがな!

 妹ほどの人気がない俺はその辺、気にする必要もないって?

 はははははは!

 黙れい。



「それじゃあそろそろ寝る時間だから、またの配信で!」

「みんな、寝る、運命」


 こうしてどうにか配信を終えた俺たちは、諸々の跡片付けを終える。


芽瑠(める)、もう寝る時間だろ? いつまでもPC画面を眺めてないで電源おとすぞー」


「お兄ちゃん、収益、10万円超えてる」


「まじか!? じゃあグラ————」


「グラス、買う、ダメ」


「はい」


 マイプリンセスの勅命である。

 いかにグラスが好きでも買ってはいけない。

 不屈、不動の精神でグラスへの欲求を抑えながら妹をベッドに運ぶ。



「お兄ちゃん」


「ん?」


「私といっしょ寝る、ダメじゃない」


「わかったわかった」


 まだ眠くはなかったが、こうも妹に甘えられてしまえば兄冥利に尽きる。

 隣に寝転んでやれば妹はすぐに寝息を立て始めた。それからしばらくは天使のような寝顔を眺め、そっとベッドを出る。

 静かに自室へ戻り、俺は虚空へと呼びかける。


「ロザリア、出てきていいぞ」


「束の間の平和は満喫したです?」


「ああ」


 ロザリアが俺の影から出てくると嫌でも思い知らされる。

 あの危険極まりない【過去に眠る地角(クロノ・アーセ)】に、またいつ異世界転移(タイムリープ)するかはわからないのだ。

 芽瑠と一緒に過ごすのは、奇跡のように優しい時間だった。

 

「やっぱり、ここが俺の生きる場所……戻ってくる場所なんだ」


 ここが愛おしいと思えば思う程、必ず【過去に眠る地角(クロノ・アーセ)】から生きて帰りたいと願う気持ちが強くなる。

 ベッドに転がっても寝付けなかった俺は、燻り続ける熱を冷ますために少し外に出ようと思った。

 

「……近くのコンビニにジュースでも買いに行くか」

「抹茶アイスも買うです」


「………………わかった」





「抹茶アイスはこれでいい?」


おい(オイ)! しい(シイ)て言うなら美味しい(オイシイ)のがいいです」


「……俺はジンジャエールにするか」


 夜のコンビニで目的の物を買い終えた俺たちは、街灯がまばらな細道を歩いていた。

 ここなら車の通りが少なく、何より小高い場所に面しておりちょっとした夜景を見下ろせるのが良い。誰もいない開けた夜道とは不思議なもので、幻想的な一面を見せる。

 静寂に包まれた空間は星と月と街灯以外の光しかなく、ふと前に目を向ければ何か不思議な存在が姿を現しそうな、そんな妄想さえしてしまう。


 まあ、隣には白銀髪を輝かせながら抹茶アイスをほうばる幼女がいるから、これもこれでだいぶ不自然な絵面(えづら)ではあるのだろうけど。



「おじさん、こんばんは」


 そんなことを考えていたからなのか、唐突に声をかけられた俺は思いっきりビクついてしまう。


「ひょ!?」

「配信者として頭角を現し始めましたね」


 月光を浴びながら映し出されたのは、ここ数日連絡の取れなかったお隣さんだった。

 黒く艶やかな髪が夜風に吹かれ、その端整な顔立ちが夜闇の中でそっと浮かび上がる。手提げバックを持っているあたり、彼女もコンビニへ買い物をしていたのかもしれない。


「ぼっちちゃん……」


 彼女には聞きたいことが山ほどあった。


「魔法カード発動、【尋問】。私はおじさんに問いかける。その()は?」


 だが、相変わらず痛いカードゲーマー娘に先行を取られてしまう。



「ロザリアだ……俺の友達? だよ」


「僕、ゆーまと友達です」


 咄嗟の事だったのでなんて答えていいかわからず、口をついて出たのは『友達』という言葉だった。その説明を受け、会えばほぼ鉄面皮に近いお隣さんにしては珍しく、複雑な表情でロザリアを見詰めている。


「……そうですか。それよりおじさんは常に【失楽園の鍵(ログイン・キー)】を持ち歩くようにしてますか?」


「【失楽園の鍵(ログイン・キー)】?」


「【過去に眠る地角(クロノ・アーセ)】に転移するために必要な物ですよ」


「【過去に眠る地角(クロノ・アーセ)】……!? それを知ってるなら、ぼっちちゃんもあっちに行ってるのか!?」


「今、その話はどうでも良いのです。おじさんが【失楽園の鍵(ログイン・キー)】を常に持ち歩いているか否かの話です」

 

 異世界に行くためのツール、おそらく俺にとっては『グラスに入れた水』だろう。

 だとすれば、今の俺は【失楽園の鍵(ログイン・キー)】は持ち合わせていない。


「いや……そんな、急に言われたって常にグラスを持ってるわけには……」

「言い訳は無用です。いつも持ち歩いてください」


 ええ、相変わらず無茶を言う子だ。


「ぼっちちゃん、それより例の録音データについてなんだけど————」

「言ってるそばからきましたよ?」


 彼女の言う通り右手に小さな痛みが生じ、それはやがて歯形を象る。これは、前回と同じく【過去に眠る地角(クロノ・アーセ)】に行ける前触れだと状況が雄弁に語る。

 お隣さんは無表情のまま首を傾げ、おもむろに一枚のカードを取り出す。

 


「このカードが、僕にとっては【失楽園の鍵(ログイン・キー)】。だからいつも持ち歩いているのです」


「やばい……俺は、今、ない」


「それは大変ですね。今回はあちらに行けないわけですか」


「この感覚っていつまで続く?」


「せいぜい60秒ってところでしょうか?」


 やばいぞ。ダッシュで家に戻っても60秒では無理……いや、もう残り40秒ぐらいか!?

 とにかくどんなに急いでもグラスで水を飲むなんて間に合わない!


「相変わらず僕が面倒をみないとダメダメですね。仕方ないおじさんに、【過去に眠る地角(クロノ・アーセ)】デビュー祝いです」


「え?」


「ほら、おじさんの大好きなカガミンクリスタルの江戸切子です」


「おわ!? こ、こ、これは……底から瑠璃色が滲み、マイルドな青墨色が黄金を奏でる【遠雷】!? 少し丸みのある形は手に心地よいフィット感を生み、細線とヒシのカットが光の嵐を巻き起こす輝きの逸品だ! な、なんて素晴らしい光の屈折と美しい色合い!?」

 

 明らかに高級すぎるグラスを出してきたお隣さん。

 確か税込み価格6万円ぐらいだったような……?


「こ、こ、これを俺に!?」


「あげます。そしてこちらにミネラルウォーターがあります。これを入れてさっさと行きましょう」


「うおおおおおおおお!? ぼっちちゃん、ありがとうございます!」


「では、私は先に行ってます。魔法カード発動、【失楽園へ(ログイン)の招待状(・ゲート)】」


 大歓喜する俺を置いてお隣さんはさっさとカードを発光させて、その姿を消してしまう。

 俺も急いでグラスへと水を注ぎ、うわあああああめちゃめちゃ綺麗。


 街灯の光しかないのにこんなにキラキラと輝きを放つなんて————って見惚れてる場合じゃない。空中へと水を散布すれば世界がひび割れる。



「……おう、深夜の配信スタートってやつか」


「ゆーま、4時間ぶりです」



過去に眠る地角(クロノ・アーセ)』に転移すると、やはりロザリアが出迎えてくれた。

 彼女の傍にはなぜか3本の剣が突き立っていた。その下には土がこんもりしており、まるで空を見下ろす墓標のようだ。

 よくよく見ればロザリアの手に、土や赤黒い何かが付着しているのも気になる。



「4時間……前回は1分だったのに、今回は4時間も離れていたのか」


 どうにも時間にバラつきがあるようだ。


「ロザリア。変わりないか?」


「はいです。それより分体との記憶共有を……アヴァヴァッヴヴッヴヴヴヴヴィヴィッヴヴァヴァヴ!」


 2度目になると少しだけ慣れれてくる光景。


『VIP:おっさんの配信が始まったぞおおお!』

『VIP:恒例の開幕ロザリアたんアヘ顔祭りであるな』

『待ってました!』

『メルちゃんはやっぱりいないんだな』

『さすがにこの光景を中学生に見せるのは刺激が強すぎるだろww』

『子供には悪影響すぎるwwww』

『VIP:◆枠取りおつかれさまです(500円)◆』


 うーん。

 やはりこうも一瞬でコメントが大量に流れると、色々疲れるのでコメントを非表示設定に変更する。

 これで俺の目に映るのはVIPコメントのみ。


「ロザリア、ヒカリンとは【空賊国家ウラノス】で落ち合う話になったんだ。ここからどのくらいの距離になるの?」


「【空賊国家ウラノス】に領域があるとすれば、この空全てです」


 俺の両親もいるかもしれない【空賊国家ウラノス】。折よくヒカリンとの合流地点にもなったので、他の二国より優先的に目指そうと思って質問してみたが……ロザリアの返答はいまいち要領を得ない。


「空の全て……と、いうと?」


「天空神ウラノスを信仰する空賊たちは、飛空船や浮遊大地(エアランド)といった動く拠点を軸に活動してるです」


「ヒカリン、やりやがった。そりゃまあ、空全部が対象なら互いがどこにいたって中間地点になりえるけど……会うつもりはないって意思表示?」


くぅ(クウ)(ゾク)に言う、空賊(クウゾク)を見つけろ、です」


「あ、なるほど……じゃあ俺たちは結局、目的地なんてあってないようなもんだな」


「でも、拒絶対象はハッキリしてるです」


「ん?」


 ロザリアが急に話題を変更したので不思議に思えば、彼女がある一点を凝視しているのに気付く。

 何を見てるんだ?

 しばらく同じ方向を眺めていると土煙をたてながら猛スピードでこちらに近づいてくる男達と一人の少女が見えた。


 その数は、1人、2人、3人、4人、5人……少女以外は全員が屈強な肉体を誇り、その身体能力をフルに活用しているようだ。

 なぜか男衆は全員が上半身裸である。



「そこのキミたちぃぃぃぃぃぃいい!」


 まだ数十メートルは彼らと離れているけど俺にはわかった。

 あの集団は非常に暑苦しい奴らだと。

 

 俺たちが何の反応もせずにぼーっと見ていると、彼らは眼前でギャリギャリギャリッと地面を削りながら急ブレーキ。

 それから一番先頭にいた少女がニカッと艶やかな笑みを浮かべ、急に大声を出す。


「我らが強靭なる筋肉(アキレリア)に乾杯!!!!」

「「「「筋肉こそが正義!」」」」

「「「「「筋肉こそが命!」」」」」

 

 隊長っぽい少女に続き、他の上裸マッチョたちも謎の唱和を始める。

 さらに暑苦しさが増した。

 

「やあ、少年! 君の筋肉は元気かい?」


 そう語りかける少女は空色の髪の毛が印象的な美少女だ。

 美少女とマッチョメンのミスマッチ。


 え、なんだこいつら……。

 ロザリアと同じく頭上にもにょもにょと小さく名前が表記されているから異世界YouTuberではなさそうだけど……さすがのVIPリスナーたちも彼ら彼女らにはノーコメントだ。

 しかも、どう対応すれば良いのか判断を仰ごうとロザリアの方を見れば、彼女は忽然と姿を消している始末。


 まさかアイツ……俺の影に入ったんじゃ……。



「少年の強靭なる筋肉(アキレリア)に乾杯!!!!」


「「「「筋肉こそが青春!」」」」


 間違いなくヤバイ奴らだった。






ブクマ、☆、いいね、など、いつもありがとうごいざます!

すっごくモチベになってます!

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