I have a Favor....
西暦2033年
俺、櫻島康介は警察の上位機関【時空間犯罪対策本部】通称S.T.C.H.(サッチ)の特務総監である。
今宵俺は一世一代の大捕物に身を投じていた。
時分柄、世間は世界的に悪名高い凶悪連続殺人犯・ジーニアスの話題で持ちきりだった。
彼は、活動を始めた10年間で日本の人口の1/3を殺していながら手がかり1つ残さないという魔性の男だ。
今宵、俺たちはそんな巨悪の尻尾を掴んだとあって高揚感と緊張の入り混じった心境でいた。
「よう、お巡りさん。寒い中ご苦労さん……」
ジーニアス改め柏原圭吾は狂気を孕んだ出で立ちのまま静かに言う。
「ジーニアス!今日こそお前を豚小屋にぶち込んでやる!」
「ふふっ、言葉遣いって習わなかったかぁ?なってないね〜……まぁ、今日で殺しからは足を洗おうと思ってんの。」
なんの脈絡もなく言い放つ彼に俺は少し身構えるが硬派な姿勢は崩さない。
「お前にしては潔いな。……何か企んでるだろ。」
「これからはお巡りさんの言うことなんでも聞いたげるからさ、最期くらい善良な一市民“だった”オレのお願い、聞いてくんねぇかな?」
そう言って深々と頭を下げるジーニアス。いつもの彼とは違って真意に懇願しているように見えた。
「最後ぐらいは聞いてやってもいいが……」
ふう、と1つ息を吐く。
「【オレ】を殺してくんないか?」
「……意味は?」
「さっすがぁ、鬼ごっこ続けてきただけあるね〜。簡単に言うと、昔の俺を【オレ】にしないで欲しいんだ。ジーニアスはここで終わる。だから、お前には圭吾を護って欲しいんだよ。……頼めるか?」
「……時代改変をしろと?」
「風の噂で聞いたんだけど、更生の為の改変なら問題ないんだろ?歴史を変えてオレを消してくれ。」
次第に彼の声は震えていた、何かに怯えながら何かに詫びているように。
「わかった。お前の気がすむなら掛け合ってみよう、」
「ありがとうな、これで気が楽になった。実は、今日一人殺れば記念すべき400万人斬りなんだぁ〜!」
こう言い終えた瞬間に、ジャキッ…と何かを構える音がした。
「……⁈おい、おまっ……!」
「最期にいっぱいアンタの声が聞けて幸せだったよ。頼んだぜ、圭吾のこと……じゃあな……!」
彼の眼から水が溢れたのを合図に銃声が夜の街に響いた。
しばらくの沈黙が続いた後に俺は機械のように呟く。
「午前0:39、容疑者死亡確認。」
何故か俺まで目頭が熱くなったのを覚えている。
翌日
「いやぁ、不思議なこともあるもんっすねぇ……世紀の大殺人鬼が最期に自分を殺すなんて……」
後輩の疑問に答えるともなく俺は「そうだな」と返した。
「どうしたんすか、先輩?さっきっから上の空っすね。」
「悪い……昨日の出来事は俺にも予想外だったからな……明日から1年間ぐらい別件で過去に行ってくる、ちょくちょく戻ってくるかもしれないが、本格的に任務には当たらないとチームに伝えてくれ。」
「……りょ、了解しました!」
そう、俺は今から奴の【遺言】を実行しに行くのだ。
上にその旨を伝えたら結構あっさりと『行ってこい』と背中を押されてしまったのもあるが……
「待ってろ…必ず救ってやるから……」
時を渡る前に、俺は自分とアイツの関係性からは到底出てこないような誓いを立てていた。……何故だ?
「ココか……」
俺は今、2019年時点で16歳であるジーニアス…いや柏原圭吾の自宅前にいる。門構えから推測するに貧相な家庭で生まれ育ったわけではなさそうだ。
入念に下調べをした結果、幸い今の時間帯なら両親の勤務時間と圭吾の帰宅が合致している。
隣には売却済みの立て看板が建てられた家がある。俺のだ。上司との合案で一年間だけ奴の家庭とご近所づき合いをすることにしたのだ。まぁ、任意延長だけど。
「新しい生活……か。そんな感じはしないがな、何しろこれは任務のうちだし。……ん?」
そんな俺にしては妙にしっくり来ない譫言を吐いていると、人影が近づいてくる。
見るからにチャラ男だが長年の経験上将来非行を働きそうには見えない。でも金髪、赤眼、歩き方など青年期と合致する項目がいくつもあった。何より、未来でかれこれ5年追いかけ追われを繰り返していた俺の目に狂いはないと自負している。あれは間違いなく奴だ。
……変貌には転機があったということか……?
鼻歌なんて口遊みながら意気揚々と歩いている姿は青年期と変わらない……というか容姿も含めて身長さえあと少し伸びればジーニアスが完成してしまいそうな程だった。
(出来上がりすぎてないか……14年前だぞ⁈)
勝手に戦慄しながらも我を戻しとりあえず引き止めてみる。
「柏原圭吾、止まれ。警察だ。」
「うわっ!……びくったなぁ、もう……ちょっとおにーさん、いくらコスプレしてたって騙されるわけないって!バカにすんなよな。私服警官の方がよっぽど信憑性高いしw」
未来でも大抵の人間は『警察』という言葉にさほど聞き馴染みがないため止まる傾向にあるが、奴は子供の頃から違っていたようだ。
圭吾少年は訝しげに俺の体をじろじろ見て「おにーさん体デカくねーのに熊みたいに見えんなwww筋肉のせい?」と興味ありげに呟いた。
俺もコイツが並大抵の脅しで動く輩ではないのはわかっている。……しかし当たり前だが、奴の声がジーニアスの口調なせいで余計に腹が立ってくる……
「本当は何が目的なの?……マジで警察なら手帳あるでしょ?」
呆れ気味に問いただしてくる圭吾につい俺も向きになって上からの支給品のデバイスを翳す。これが未来の警察手帳というわけだ。
「俺は、時空間犯罪対策本部・特務総監の櫻島康介だ。単刀直入に言う、俺は将来連続殺人犯になるお前の未然補導兼更生を施行しに未来から来た。疑っても無駄だ、証拠映像もある。」
「見せてみてよ。」
俺は昨日、デバイスのエンプレムモードで録画したジーニアスの最期の瞬間を見せつけてやる。
『最期にいっぱいアンタの声が聞けて幸せだったよ。頼んだぜ、圭吾のこと……じゃあな……!』
……再生が終わった後、俺はこう伝える
「これは未来のあんたの遺言に基づいてる。」
「信じらんねぇけど、俺の声だし……マジなんだ……」
「流石は未来の殺人鬼、飲み込みが早いな。」
「やめろって、その言い方……とりあえず入って、今なら親いないから。」
やや強引に自室に案内され対局に座る。
ココまでの道中、特に荒れている場所はなかった。『まだ間に合う』状態だからだろうか。
「康介、俺思ったんだけどさ……」
初対面にタメを聞くとは……と思ったがちゃんと考えたら同い年だったと考え直し、丸め込まれた気もしたが普通に返した。
「なんだ?」
「ジーニアスって、どんな奴なの?」
一瞬言うのを躊躇ったが、黙ったら彼の為にならない。
「ジーニアス、未来のお前は10年間で人口の約1/3を殺めておきながら音沙汰も残さない神出鬼没な猟奇犯だ。彼の手口は全てコメカミに銃を押し当てて即死させるもの。……まさに悪の天才で綺麗に殺すことを信条にしていた。一発以外は傷をつけない。そして最期は自分を手にかけた……見たようにな。」
圭吾は震えていた、最期に見たジーニアスのように。おそらく、現在の自分が人を殺める悪行に目醒め堕ちることを明瞭に想像し、意識してしまったんだろう。
その心境は察するに余りある。
そして、泣きそうになりながら俺に告げる。
「なぁ、なんで俺のこと生かしとくんだよ……?」
多分、こんな奴になるなら一思いに射殺してくれ、と言いたいのだろう。想定内の判断だ。
「俺も、相手が大人のお前なら躊躇わない。でも奴は自殺してもういない。だからといって大人の俺が君に手を下すわけにはいかない。だから君があの未来に向かわないように俺が守ってやる。」
彼は俺に縋るように頷いた。
「俺も頑張るから、任せていいんだよな……俺の“更生”……」
「あぁ、しっかり導いてやるから安心しろ。」
何故だろう……昨日まであんなに憎かった相手が今はこんなにも愛おしい……むしろこの感覚を最初から持っていた気さえする。
「よろしく、康介。」
「こちらこそよろしく、圭吾。」
2人して拳を付き合わせた時、護り通さなくてはと意思を新たにした。
「明日からお前の隣に住む、いいよな?」
「いくら監視だからって気合い入りすぎじゃ……」
「口答えするな、犯罪者予備軍め……」
「うっ…わかったよ〜……」
こうして二度目の【初】対面を迎えた俺たちに互いに1回目には感じなかった情が宿ることはまだ誰にも知る由はなかった。