(4)
「知らない方がいいよ」
「こいつはまだ信用できない」
「アキナ!」
亜夢は両方の手を小さく振った。
「そういう意味じゃないから、そんなこと知ってもメリットないし」
「……違う」
奈々がうつむきながら、小さい声で言う。
「たぶん、アキナの言うことが正しいんだよ。信用出来ないんだ」
「奈々、違うよ」
「そうじゃないの。さっきの先生の話と同じ。私も無自覚なの。なんの超能力があるかわからない。だから誰も私を信用出来ないんだよ。私って超能力らしいことは何も出来ないのに、都会では眠れなくなって、測定器には値がでちゃう……」
支離滅裂なことを話始めている、といった雰囲気だった。
アキナも本村も亜夢の方を見つめる。
「ある日突然、私は眠れなくなった。医者に通う内、超能力計測器を持ち出して私をテストし始めたわ。けどそれが何のことか分からなかった。ネットで調べると、都心には超能力者を混乱させる為電波が出ているらしい。超能力を持った人間が要所に入り込まないようにする為みたいね。私も最初は何も記録されてなかったのに、何度か計測しているうちに段々値が大きくなってきたの……」
奈々は机に向かって話続ける。
「ここに来ることが決まる前、医者から私の超能力の計測値を見せられた親は泣いた。一緒に暮らせなくなることを知っていたのね。それから何日もしないうち、私はここに入れられたのよ!」
亜夢は奈々の席に近づいて、そっと抱きしめる。
「私達は孤独じゃないわ」
奈々の髪の上に涙が落ちた。
「だから大丈夫」
奈々は亜夢にしがみつくようにして、泣き始めた。
その次の時間は、亜夢も奈々も目を真っ赤にしながら授業を受けた。
先生も気づいたようだが、何もきかなかった。
昼休みになって、亜夢と奈々とアキナ、本村の四人で学生食堂で食事をした。
各々がトレイを持って窓際の席へ座った。
奈々は外が見える側、亜夢は奈々の正面に座っている。
「亜夢、あなたはどうやってここに来たの?」
「私も奈々と同じ。不眠症になって…… けど、その時には簡単がことが出来るようになってた」
アキナも本村を興味をもったように食事の手を止めた。
「何、簡単なことって?」
「他人がどうやって超能力に気付いたか興味あるな」
急に亜夢は笑い始めた。
「どうしたの?」
亜夢の笑いは止まらなくなってきた。
「……ごめんごめん。ちょっと私のはここじゃ話せない」
「亜夢、ずるいよ」
「食べ終わったら話す。ふふっ…… だからアキナ話して」
「私も不眠症になって、超能力の測定をしてって。流れは同じさ。列車にも、飛行機にも乗れない。こんな田舎街に車で来たんだよ。二十四時間、車の中だよ」
「ああ、私も車だった車だった。なんでだろうね?」
「それは知ってる。発火する可能性があるバッテリーとかって航空便でやらないでしょ? そんな理由らしいよ。超能力で列車や飛行機が落ちたら困るってことみたい」
亜夢は威張ったようにそう言った。
「で、私がどんなことで超能力に気付いたかっていうと」
「アキナのことだから、喧嘩とか?」
「そんなイメージしかないのか」
「いや…… そういうわけじゃ」
「風呂上がりに、髪をふきながら、とか、おやつ食べならがら、とかのタイミングでマンガのページをめくれたんだよね」
「親が私のやってることにビックリして、逆にこっちがびっくりした」
亜夢も本村も笑ってうなずいた。
「あるある」
「それは、どういうものを動かしてページをめくってたんですか?」
「多分、風。どうやってページとページの隙間に風を入れれたのかは分からないけど」
亜夢は食事が終わったようで『ごちそうさま』と小さい声で言った。
「奈々、超能力は小さくて軽いものを動かす方が簡単なのよ」
亜夢はトレイを片付けに行った。
「物理的な力と一緒、ってことですか?」
アキナと本村がうなずく。
「そうか、ページを押さえていたのは風じゃないんだよな。あれはなんだろう? えっとね、ページとページのザラザラを合わせて絡ませてやる感じ」
アキナはそう言う。
本村は少し考えてから答える。
「それって圧着しちゃってるんじゃない」
「あっちゃく? ってなに? 確かに、手でめくろうとした時にページが離れなくて焦ったことがある」
四人は順番に食事を終えると、ウォーターサーバーから水をくんで戻ってくる。
「亜夢。皆食べ終わったし、そろそろいいんじゃない?」
「……アキナ、そんなハードル上げないでよ」
「ハードル上げてるわけじゃないから、早く話してよ」
亜夢は顔を突き出して、集まるように仕草した。
「大きい声じゃ恥ずかしい」
余計にハードルが上がる。
「今は違うんだけど。昔はね、男の子みたいだったのよ」
「今もそれなりに喧嘩っ早くて男らしいが」
「で、で、それでね。男の子みたいにオナラをプープー平気でしてたの」
奈々は納得した顔をした。
「なんか一つ、華麗にスルーされたな」
「だから食べてる時に言わなかったのね」
うなずきながら奈々がそう言った。
「女だってオナラぐらいする」
「そうなんだけど、小学校の高学年になってすごく恥ずかしく感じたのね」
「これ超能力、の話しだよね? まさかオナラを我慢する能力??」
奈々が笑いだした。
「本村さんの今の、オナラを我慢する能力、イコール腸の能力って意味で掛けてるの?」
「あっ、そういうことなのか、亜夢」
「違う違う……」
「けど、今のままじゃ、オナラと超能力の目覚めって何もつながらないし」
亜夢は困った表情になった。
「でね。恥ずかしかったから、なんとか臭わない方法はないかって考えたの」
「えっ……」
「じゃあ、それこそ『腸能力』ってことじゃん」
亜夢は手を振って否定した。
「お腹の中をコントロールするんじゃなくて、出た後の空気をコントロールすることにしたの」
「マジ?」
亜夢は鼻をつまんで手を振ってみせた。
「オナラって、結局空気中に分散するから臭うわけでしょう。分散させないまま、どこかに持っていってしまえば、自分でしたことにはならないじゃん」
アキナが亜夢の顔を指さした。
「えっ、じゃ、自分でしたオナラの空気を他人の方へ押しやった…… ってこと?」
亜夢は首を振りかけたが、最終的にはうなずいた。
「酷くね、それ酷くね?」
「亜夢ちゃんのオナラが凄く臭かったら傷ついただろうね」
「臭い、臭くないは関係なくね? してないひとの周辺に自分の屁の空気を流したんだよ。濡れ衣きせたんだよ」
奈々がクスクスと笑った。
「オナラだからいいんじゃない?」
「私なら名誉毀損で訴えるよ」
「かなり家で練習したのよ」
そこで本村が笑い始めた。
「そんなにしょっちゅうオナラでたの?」
「ちがうよ。さすがにそんな出ないもん。芳香剤とか、匂いの出るもの使ったの」
「超能力を使うキッカケがオナラ送風だったなんて」
「それに、今はちゃんとトイレ行ってするから。今はしてないから。信用して」
奈々が急に立ち上がった。
「そうか! 今日の霧!」
亜夢はうなずく。
「あれの原点なのね」
「そうなるわね。分子を擦りわせて静電気を発生させるのも、何度も練習したわ」
「けど、どうやって雷をコントロールするの?」
「切り裂きやすいように空気を動かして雷の道もつくるの」
「え〜 なんか凄いね」
本村が頬杖をついてぼやくように言う。
「亜夢って、いきなり気体を動かしたのね。なんかレベルの違いを感じるわ」
「練習すれば出来るよ」
「そうそう。亜夢。今日も午後、練習しようぜ」
亜夢は人差し指でバツ印を作った。
「知っているでしょ? 今日から数日はダメなんだよ…… 」
「えっ、今日からなの?」
本村もアキナも驚いた声をだした。
すると、構内放送が始まるチャイムが鳴る。
『全校生徒、教員のみなさん。至急校舎内へお戻りください。繰り返します。全校生徒、教員のみなさんは至急校舎内へお戻りください』
「なに? なにがあるの?」
「ヘリが来たのよ」
『乱橋亜夢さん、乱橋亜夢さん、至急職員室へ起こしください。繰り返します。乱橋亜夢さん、至急職員へ起こしください』
「ヘリって…… 超能力者は航空機に乗せられないんじゃ?」