(5)
「警察のヘリだからいいんじゃない? それじゃね」
亜夢は立ち上がって両手を小さく振った。
食堂を小走りに抜けていく時に、ざわざわと声がする。
「あれが乱橋亜夢」
「亜夢よ。バツとして警察に力貸すことになったっていう」
「乱橋亜夢」
亜夢の頭の中には、そういった音声以上にさまざまな悪口が、テレパシーで送られていた。
それでも表情には一切出さず、逆に少し笑みがこぼれるくらいだった。
「喧嘩の女王。乱橋亜夢。さすが」
「ホラ見て、亜夢のやつ、笑ってるよ……」
食堂を抜けると、急に生徒の数が減った。
走るのをやめ、ゆっくりと歩き始めると、表情から笑みも消えた。
廊下の先に、黒いコートの男が立っていた。
「君が乱橋亜夢」
うなずいて、そのまま歩いて近づく。
「乱橋亜夢です。よろしくお願いします」
「悪いけど今、君の能力を計測させてもらった」
コートの男の後ろに、ノートパソコンを持った男が立っていた。
ノートパソコンのバックパネルには、色んなシールが乱雑に貼ってあった。
どれもアニメのような女の子が描かれている。
小柄な男前に出てきて、コートの男の前に立ち、パソコンの画面を見せた。
「ほお……」
コートの男は、パソコンを手で押しのけると、亜夢に向かって右手を出した。
「加山翔だ。こっちは中谷三郎。ちょっとの間だが、よろしく頼む」
亜夢も右手を出して握手をした。
「!」
亜夢の表情が強張ったように見える。
加山が手を離すと、亜夢は右手を左手で抱えるように、そっと胸に戻した。
小柄な男は、パソコンを閉じて脇に挟むと右手を出した。
「亜夢ちゃん、よろしく」
声が裏返っていたせいか、亜夢が怖いものをみるような目で中谷を見て、恐る恐る手を出す。
「きゃっ!」
右手で握手した瞬間、亜夢の手を中谷が左手で包み込んできたのだ。
ゴンっ、と音がして、中谷の頭に加山の拳が振り下ろされた。
「そういうのはヤメロ」
手を離されると、亜夢はパッと引っ込めた。
「すまんな。さあ、それじゃ、行こうか」
「まだ、どんなことをするのか……」
「ここでは説明出来ない」
三人は校舎の外に出ると、ヘリのプロペラが再び回り始めた。
落ち着いていた校庭に再び砂埃が舞い上がった。
しかし、ヘリに近づく三人にはまるで見えないトンネルが出来たように砂が近づかない。
「おいっ! これ君のしわざか!」
ヘリの出す騒音のなか、加山が大声を出す。
亜夢はうなずく。
「大したもんだ……」
三人がヘリに乗り込むなり、パイロットが怒鳴った。
「ここ、非科学的潜在力女子学園じゃないですか!」
「言って無かったか?」
「通常、そういう人物を乗せる場合は国の許可が」
「機にするな。この娘は悪さしない」
亜夢の方を向き、同意を求めた。
亜夢はうなずく。
「ほらみろ」
「あの娘ゴーグル、ゴーグル付けといてください」
パイロットは何か慌てて座席の下の箱を指さす。
窮屈な格好で加山がコートを脱ぎながら、下にある箱を取り出す。
「すまんな、飛行に影響が出ては困る。これを付けていてくれ」
箱から取り出されたのは、前方が不透明になっているゴーグルだった。
「VRゴーグルだ」
「?」
亜夢はキョとんとした表示で、シートに座ると、頭に太いバンドでゴーグルを付けられた。
加山がゴーグルのスイッチを入れる。
「わっ!」
目の前の闇が一転して、別世界が広がった。
南の島の海。無限にくりかえす穏やかな世界。
右を向けば、右側の映像が、上を向けば空。まるでそこにいるかのような錯覚に陥る。
体がシートベルトで抑えられていなければ、もっとリアルに思えただろう。
誰もいない空間に向かって、亜夢は問いかける。
「加山さん…… これなんですか?」
「超能力者を護送する時につける規則になっているんだ」
中谷も同じようなゴーグルを取り出すと、亜夢の足元にあるボックスと自身のパソコンを繋いだ。
「……よし」
中谷も亜夢と同じようなゴーグルを付けてシートに座った。
ノートPCのパッドを操作してタップすると、中谷も声を上げた。
「おぉ……」
「いやぁ〜〜」
亜夢が声を上げた。
「おいっ! どうした!」
パイロットと話していた加山が声をかける。
「は、裸の男の人が現れました!」
「そんな訳……」
加山は中谷がVRゴーグルをしていることに気付いた。
そして中谷のVRゴーグル、パソコンと繋がっていたケーブルを引き抜いた。
「これで消えたろう?」
「あっ、消えました」
「よし。中谷、いいか、警告するぞ。二度とするな」
それはヘリの室内でも響くような大声だった。
中谷はゴーグルを外さず、震えながらうなずいた。
加山は座席に戻ってパイロットに合図した。
エンジン音が高まって、機体が浮き上がった。
ヘリコプターは垂直に上昇続けた。
高度がでると、今度は前傾して更に加速を始めた。
「気持ち悪い……」
亜夢は目に見える景色と体が感じる加速度に強い違和感を感じていた。
「中谷、映像を合わせてやれ」
「……」
「中谷、聞こえてるんだろ?」
ゴーグルをはずして、亜夢の映像の調整を始めた。
「亜夢ちゃん、こんな感じでどうかな?」
「はい…… だいぶ楽になりました」
亜夢が見ている映像も飛行高度で海の上を飛んでいる映像だった。
ただし、どこへも到着しない無限の映像だった。
「中谷。気持ち悪いから、『亜夢ちゃん』で呼び方やめろ」
「……加山さんに気持ち悪いって言われる筋合いはないです」
小さいほおを膨らませて怒った風の顔をつくる。
「加山さん、別に『亜夢ちゃん』でもいいですよ」
「いや。君が呼んでもいいとか、悪いとかという意味じゃない。仕事と私事の区別がわからなくなる、という理由があるんだ」
「じゃあ、『亜夢たん』ならいいですか?」
加山は中谷の頭をはたいた。
「お前は、彼女のことは『乱橋さん』と呼ぶこと」
「……はい」
声だけを聞いていた亜夢は、なんとなく加山と中谷のやり取りを頭のなかで想像してクスッと笑った。
ヘリが着陸する寸前まで、亜夢は寝ていた。
ゴーグルに映し出されている映像が、暗くなったせいもあったが、単調なプロペラの音以外に何も聞こえない影響も大きかった。
しかし、ヘリが空港に付くかというところで、耐え切れずに目をさました。
強力なノイズが、頭に直接放射されはじめたからだった。
ここは、特に超能力者に侵入されては困る場所なのだ、と亜夢は感じた。
超能力干渉電波を受けると、超能力をつかうような脳の働きが阻害される。どんな超能力者にも聞くという結果が出ている。普通の人間で言えば、ずっと隣で何かを叫ばれているような状態、なおかつその内容が自分に関係しているとしか思えない内容である、といった感じだろうか。無視しようとしても無視できないノイズなのだ。
ヘリコプターが着陸すると、亜夢はゴーグルをはずされた。
着陸場所は飛行場の隅のようだった。下りて、飛行場を歩いている内、ここが通常の飛行場ではないことが分かった。目に入る機体が通常の航空機ではなく、戦闘機の類や、大型の輸送機だったからだ。
亜夢は加山にたずねた。
「ここは……」
「質問されても答えられん。ここからは車で移動する。車に乗ったらまたゴーグルを付けさせてもらう」
「わかりました」
亜夢の頭の中に、かなり強いノイズが入ってきていた。
もうこの周辺は大都市圏に違いない。超能力者はこの干渉電波をテレパシーとして受けてしまって、寝れなくなくなるのだ。物理的な音なら慣れで無視出来るのだろうが、超能力者にとって直接入り込んでくるこのノイズは、慣れて無視することが出来なかった。
「乱橋さん。もうだいぶ影響あるかな?」
「……」
「超能力干渉電波だよ。空港だから相当強く出ているはずだよね」
亜夢はうなずいてから、答えた。
「何も考えられなくなるぐらいです……」
「ほら、コレをするといい」
中谷がカバンから白い大きめのヘッドホンを取り出した。
白の耳あて部分が大きく、その真ん中に赤く文字が入っていた。
「本当はヘルメットタイプが良いんだけど、持ち歩くには大きすぎてね」
「ヘッドホンですか?」
亜夢はヘッドホン受取り、それを眺めた。




