(33)
ガラス張りの仕切りの先に、綺麗なくびれのラインが見える。
「綺麗なおしり……」
亜夢はため息をついた。
シャワーの音がし始めると、あっという間に水しぶきと蒸気で中の様子はぼんやりとしか見えなくなってしまった。
干渉波キャンセラーであるヘッドホンを両手ではずした。
「女の子同士なんだから。意識し過ぎよ」
亜夢は自分の頬を両手で挟むように叩き、服を脱いでベッドの上に畳んだ。
ゆっくりと歩き、美優のいるシャワールームの扉を叩いた。
「私も入れて」
美優は微笑み返した。
扉が開くと、濡れてピカピカした美優の肌がまぶしかった。
「洗いっこしよう」
鏡写しにしたように向き合った体。
スポンジを使わずに、直接手にボディソープをつける。
右手が左手、左手が右手。
腕をずっと伝って、小さな肩の盛り上がりに触れる。
お互いが鎖骨のあたりを洗いあうと、くすぐったいのか、口元がゆるむ。
「亜夢……」
美優は亜夢のうなじのあたりに手を滑らせてくる。
同時に体を引き寄せる。
正面から体が触れ合い、亜夢の体は躊躇したように下がった。
「?」
「……」
亜夢は美優の胸の上から脇の下をまわって、背中に触れた。
同時に、引いていた体を元にもどした。
亜夢は美優の体を強く引き寄せる。
「あっ……」
亜夢は戸惑ったような表情を見せる。
美優は首を振り、瞳を閉じて亜夢を見上げる。
ぴったりと触れ合っている胸から、鼓動が伝わってしまうのではないか、と亜夢は思う。
亜夢もゆっくりと顔を近づけながら目を閉じ、唇を重ねる。
『あなた、ヒカジョね』
唇を離し、亜夢は目を見開く。
美優はまだ口づけを待っているようで、そんなことを言った風ではない。
「……」
美優の魅力的な唇を、口でなぞるようにキスをつづける。
さっきのようなテレパシーは聞こえてこない。
背中に回していた手を、少し下に、美優の腰から下がっていった。
『ヒカジョのクソが何やってんだ!』
亜夢には、触れている美優の体や、見えている表情と、入ってきたテレパシーが一致しなかった。
「?」
美優は不思議そうに亜夢を見つめる。
「ごめん、美優…… 背中を洗うから。後ろ向いて」
「どうしたの?」
「なんでもないよ。ほら、からだ冷えちゃうよ?」
美優は背中を向けた。
たぶん、かるく触れているだけなら聞こえてこないだろう。亜夢はそう考えていた。
暖かいシャワーで流すと、美優が言う。
「交代しようか」
美優は亜夢の背中に体を押し付けるようにして洗ってくる。
当然のように胸に手を回してきて、押し上げたり、敏感な部分に指で触れてくる。
「あっ……」
『けッ、感じてんじゃねーぞ、ヒカジョの分際で』
亜夢はハッとして振り返る。
亜夢の表情をみると、美優がおびえたような顔になる。
「ごめん。違うの」
「流すね」
美優はシャワーヘッドを亜夢の背中に向けた。
丁寧に、優しく流してもらう。
その美優の触れた手が心地よかった。
お互いに髪を洗い、流して、美優からシャワールームを出る。
亜夢は少し熱くしたシャワーを頭から浴びながら、美優のテレパシーの違和感を考えていた。
もし美優があのテレパシーを送ってきたのだとしたら…… 顔の筋肉や体が示す態度と、感情が完全に独立・分離していると思える。人に、そんな芝居が出来るものなのだろうか。
そして一番重要なのは『ヒカジョ』と言ってくることだった。
美優には言ってないし、バレてない、と思っていた。
いや、もし、あのライダーが美優だったら…… 車椅子の人と美優が知り合いだったら…… まさか表通りの有名ブランドで買いものする美優が、裏路地の『みきちゃん』とかと知り合いだったら……
どれも可能性が低くて、偶然が過ぎる。
コンコン、とシャワールームのガラスを叩く音がする。
「映画とか見れるんだよ。早く上がってきて」
亜夢はシャワーを止め、同時に違和感への考察をやめた。
美優と同じように下着だけつけると、ベッドの上にのってリモコンを操作しながら映像メニューを眺めると、美優が、
「これにしよう」
と言うので、亜夢はうなずいた。
ホラー映画の終盤、連続する脅しと恐怖の繰り返しに、美優と亜夢は頬を寄せ、体を合わせていた。
映画の中の主役が、エンディングを迎えてキスをするシーンに、美優も盛り上がったのか目を閉じて亜夢の方を向いた。
亜夢はくちびるを当てる、というくらい軽いキスをして、体を離した。
美優はうつむいた。
「わからなかった?」
亜夢は美優の表情が暗いことが気なって、美優の腕に触れた。
「ごめん」
「それってわかってての『ごめん』なの?」
「えっと…… 」
美優に触れていた手を振り払われる。
「わかってるんでしょ? 言わないとダメなの?」
背を向ける美優を、亜夢が振り向かせる。
「わかってる。私も好きだよ。美優。大好き」
「じゃあ!」
亜夢は美優を強く抱きしめ、口づけをした。
互いの唇が少し開いて、舌が出入りして唾液の交換をした。
美優の口から吐息のような声が聞こえる。
唇が離れ、亜夢が美優に覆いかぶさる。頬と頬が触れ、亜夢は美優の耳に語り掛ける。
「まだ決断がつかないの。美優の気持ちは受け止めたよ。だから私の気持ちも受け止めて」
「けど、悩むってことは…… スマフォのあの娘」
「私の答えを急がないで欲しいの…… お願い」
閉じていた亜夢の瞳から、美優の頬に涙がつたう。
「……うん。ごめん、亜夢」
「ありがとう……」
亜夢の四肢と美優の四肢は絡まりながらも、限界の一線を保った。
スマフォの振動が連続して、二人は体を離した。
美優は亜夢に向かって、口に人差し指を立てて合図する。
「ママ? どうしたの」
母親からの電話のようだった。
真剣な表情と、綺麗な言葉の受け答え。
亜夢は美優との育ちの違いを感じた。
電話を終えると、美優は大きくため息をついた。
「どうしたの?」
「急いで帰って来いって。車を迎えに行かせるって。だから、今日はこれでおしまい」
「そう……」
「亜夢は時間いっぱいまで居てもいいよ」
「美優がいないのに、残ってても面白くないよ」
「そう? 亜夢の支度を待ってられないかもしれないけど」
美優は急いで服を着ている。
亜夢も脱ぎ捨てた服を慌てたように拾って身に着ける。
美優はあっという間に支度を整えて、部屋を出ていく。
「亜夢、ごめんね。支払いはするから心配しないで」




