(32)
その時、亜夢はふと、美優の苗字を聞いていない、と思った。
「そうなんだ…… けど、美優の苗字って、私聞いてなくない?」
亜夢が言うと、美優は少し怒ったような表情になった。
「あ、ごめん。私の苗字って言ってなかったけ? 私、乱橋っていうんだ。乱橋亜夢」
「そういうことじゃないの……」
「……ごめん。いいたくないこともあるよね」
しばらく、二人は何も話さなくなってしまった。
案内されたテーブルにつくと、ウエイターがメニューを持ってきて、美優と亜夢に説明を始める。
二人は食べたいものを選んで告げると、ウエイターはそのまま下がった。
亜夢は何を言うか悩んだ末、口を開いた。
「その制服、カッコいいね……」
「そお? 昔は葵山学院も私服で通えたらしいんだけど」
「私服。それもそれでいいね。気楽で」
「そうよね。私はどっちかっていうと私服がいいけど、制服があった方が生徒が集まるらしいの」
「あ、なんかそんなはなし聞いたことある。制服じゃなかったって」
「けど、それ、相当昔よ。知ってるのはおばさんね」
亜夢は清川の顔を思い出して笑った。
「亜夢んところはどうなの?」
「……」
「?」
「制服だよ。つまんない制服」
細かいところを話すわけにもいかない。『みきちゃん』が知っていたように、どうやら制服の話から『ヒカジョ』だとバレることもあるようだからだ。
亜夢は自分が振った話題がまずかった、と後悔した。
「写真とかないの?」
「……」
「?」
亜夢は慌ててスマフォを探すふりをする。
「うーん。制服で写真とることないからなぁ」
「そうなんだ」
「ごめんね」
と言って、亜夢はスマフォを机に置いた。
すると、通知が来て待ち受け画面が表示された。
「!」
「あっ!」
亜夢は慌ててスマフォをしまう。
「ご、ごめん。ちょっと見ちゃった。その制服なの?」
「えっと…… この娘はナナって言って……」
同じ学校かどうか、というところを言うか、言わないか、それともウソを言うか…… 亜夢は必死に考えた。
「友達なの」
「へぇ…… なんかそういうの……」
さっきまで亜夢を見ていた美優の視線が、泳ぎ始めた。
「?」
「そういうのいいな」
「美優の待ち受け見てもいい?」
「あ、えっと、だめ。亜夢、そうだ。亜夢の写真撮っていいい? 一緒にならんだ写真」
「ん、いいよ」
美優はスマフォを持って亜夢の横にくる。亜夢は席をひとつずらして美優に座らせる。
「こっちをバックにした方がいいね」
店の中庭が見える窓をバックにして、写真をとった。
何枚かの写真の中から、美優が選ぶ。
「これなんかどう?」
亜夢は写真を見て、
「うん、いいね。そのスマフォの写真綺麗だね。私のなんか比べ物にならないわ」
「じゃ、これに決まり」
美優はそう言うと、ささっとトリミングし、待ち受けの壁紙にその写真を設定した。
亜夢に顔を寄せてきて、スマフォの画面を見せる。
「どう?」
「うん、いい感じ」
「やった! これ大切にするね」
美優の笑顔に、亜夢もうれしくなって笑った。
美優は向かいの席にもどり、亜夢ももとの椅子にもどった。
しばらくすると、注文した料理が運ばれてきて、二人は楽しく食事を進めた。
食事のおいしさに亜夢は興奮し、夢中になって食べた。
しかし、ドルチェが運ばれてきた頃、他のテーブルで会計をしているのを見て、亜夢は忘れていたことを思い出した。
「美優、ここ高いんでしょ? 私、これだけしかないの」
テーブルに指で数値を書いた。
美優はそれをみてうなずく。
「亜夢はそれだけ出してくれればいいよ。後はこっちでもつから」
「えっ、そんなの悪いよ!」
「しっ、声が大きい」
席と席の間隔があいているから、他の席の声など気にならなかったのだが、亜夢の声は大きかったらしく、一斉に視線を集めてしまった。
周りを見て、頭をさげる。
「ご、ごめん」
美優は小さく笑った。
「それより亜夢はそのお金出しちゃって大丈夫なの?」
「明日のごはんは明日もらえるし、朝食はホテルのだから払わなくていいのよ」
支払いを済ませると二人は店を出た。
周りは、いい雰囲気の男女ばかりだった。
「亜夢、ちょっと話があるんだけど」
「なに?」
「ここじゃ話せないから、ここ入ろ?」
美優は『ここ』と言われた場所に、男の人に肩を抱かれた女性が入っていくのをみた。
「ここって」
「ラブホテルだけど?」
「えっと……」
「あ、お金は気にしないでいいわ」
「そうじゃなくて、ホテルなら、私の止まってるところでも」
「狭いでしょ?」
「せまいけど…… って、どういうこと?」
「理由は後で。じゃ、入ろう」
二人は勢いよく飛び込んだ。
休憩と告げて料金を払い、指定された番号の部屋へと進む。
扉を開けて入った先には、大きなベッド、ガラス張りの仕切りの先にシャワールームがあった。
ベッドの枕元にはコンドーム。
「はぁ~ けっこう食べたね。お腹苦しいよ」
美優はリラックスした感じで『ボン』とベッドに横になる。
「えっと、私こういうの慣れてなくて」
「歩くのに疲れたりすると結構入ったりするよ。追いかけてくる人を撒く時なんかも」
「追いかけられるの?」
「割とね」
亜夢は美優をみて納得した。
顔、スタイル、そしてお金持ち…… すべての要素が、追いかけたりする理由になる。
「話って?」
「そうだね。けど、時間あるからさ、シャワー浴びてもいい?」
「えっ?」
「亜夢の一緒に入る? 一人で入っても、どうせガラス張りだから、同じだよ」
「えっ、えっ?」
亜夢の頭の中に、奈々のことが浮かんだ。
奈々にアキナとのキスを問い詰めたのに、自分は美優ともっとすごいことをしようとしている。
都心である、この場所からはテレバシーは通らない。
だから後で言わなければ、バレることはない。
「あの、あの……」
「?」
美優は体を起こして、亜夢の様子をじっと見た。
「そんなに考えるんなら一人で入っちゃうね。入りたかったら後できてもいいよ」
上着を脱ぎ、ブラを脱ぎ捨て、スカートを下ろし、パンティは…… しっかり畳んでタオルの横に置いてから、シャワールームへ入った。




