(22)
「?」
念入りに各フロアのプレートを触っているのをみて、清川が口を開く。
「……何やってるの?」
亜夢は目をつぶって手を動かしている。
「……」
ポン、と清川が亜夢の肩を叩く。
ビクッとして亜夢が目を開けると、フロアの案内をもう一度上から下までなめるように見て、言う。
「ここ…… ここに行きましょう」
「六階ね。何があるの?」
「わかりません。けど……」
「けど?」
「何かいる気がします」
「それが超能力ってやつね」
亜夢が静かにうなずいた。
エレベータの呼び出しボタンを押して、二人で待った。
下ってきたエレベータから、普段着を来た男の人が二人降りて、空になった。
清川と亜夢が乗り込み、清川が六階と八階のボタンを押した。
「?」
「ああ、もし六階が何かヤバそうだったら、間違えたふりしてそのまま八階に上がろうかと」
「警察の人のテクニックなんですか?」
「あっ、いや…… そういうわけでは」
そう言って清川が少し笑った。
エレベータは二人だけを載せ、途中停止せずに六階で止まった。
清川が顔をだし、左右をうかがうと、亜夢に手招きした。
「あの…… あまりそうやってるとかえって目立ちませんか?」
「そ、そう?」
清川は明らかに視線が泳いでいて、落ち着きがなくなっていた。
亜夢は清川にたずねた。
「フロアに書いてあった会社名、何かご存知なんですか?」
「ううん。何も知らないんだけど…… そうじゃないのよ。捜査っぽいのに慣れてないっていうか……」
亜夢がうつむいた。
「じゃあ、ここで待っててもらっていいですか?」
「えっ…… 加山さんが一人で行動するなって」
亜夢がムッとした顔をつくる。
「じゃあ、落ち着いてください。警察官の服を着ているんですから、相手がビビるのはわかりますが、清川さんがビビっちゃだめじゃないですか」
「は、はい」
「普通にして、ついてきてください」
亜夢は廊下を歩き始めた。
扉に貼ってある社名を見て、通路を戻り、フロアの案内図をもう一度確認する。
「タキオ物産…… ここに行きましょう」
「なんでここなの?」
「カンです」
二人はフロアを横切り、南の角にあるタキオ物産のオフィスへ向かった。
廊下を歩いていると、突き当りのタキオ物産の扉が開いた。
髪は短く、マスクをしていて表情はわからないが、目つきは鋭かった。
「!」
亜夢はヘッドフォンをずらした。
タキオ物産から出てきた者が一瞬、足を止めたように見える。
「……」
互いの距離が縮まっていく。
五メートル、三メートル……
亜夢たちが右に、出てきた人は逆へ避けた。
亜夢も清川もその者を振り返らず、一直線にタキオ物産の扉に向かう。
扉につくと、亜夢が清川に耳打ちし、清川がインターフォンのボタンを押す。
「警察の者です」
「は、はい。なんでしょう?」
「先日の事件のことでお話が……」
少しして、ガチャリ、と扉が開かれた。
「どうぞ」
女性が出てきて、テーブルと椅子のあるところへ案内してくれた。
「どうしましましょう。誰に話があるのでしょうか?」
清川が答える。
「全員に順番にお話をきくことはできますか?」
「えっ…… と全員ですか、となると、かなり時間が」
「お時間はとらせませんから」
清川はオフィスの中に入っていきそうな勢いで言うと、女性も困った顔で急いで奥へ戻っていった。
しばらくするとタキオ物産の人が、順番に出てきてくれて、名前と当日いたか、気がついたことはなかったか、を話していった。
清川がメモを取り終えると、頭を下げた。
「ありがとうございました。すみません、それでは次の方をお願いします」
「あ、私で最後なんですけど」
亜夢が清川に耳打ちした。
「私達が来たときに、外ですれ違った方がいるはずですが」
「?」
首をかしげる。
「ちょっと待っててください」
そう言って奥へ戻っていく。
何人かが話し合う声が聞こえる。
最初に出てきた女性が一緒に戻ってくると、清川に言う。
「そのすれ違った人って…… 男の人でしたか? 女のひとでしたか?」
清川は目を泳がせて、亜夢のに助けを求めた。
亜夢がまた耳打ちする。
「ちょっとどっちか分からなかったです」
「お客様のところへいったり営業に言ったりしているので、どの者かはわかりませんが……」
「じゃあ、今日お話聞けなかった人。その人達の名前だけでも教えていただけませんか?」
「名前を? 本人の承諾は取れないし……」
最初に出てきた女性の人が、訝しげにこちらをみる。
「その人、なんなんですか。若い感じだし、格好も刑事さん、ってわけじゃないでしょう?」
「捜査上の秘密です。この人は関係ありません」
「清川巡査っておっしゃいましたよね。あなたの方も、本当に警察の人ですか?」
「なっ……」
清川は警察手帳を見せた。
「なんなら電話してみてください」
「じゃあ、遠慮なく」
女性はスマフォで警察に電話した。
「○○署の婦警だという清川あゆ、という方がここに来ているんですけど…… 間違いないか確認してもらえませんか」
清川は腰に手を当てて立っている。
「……はい。 ……はい」
タキオ物産の女性は少し申し訳なさそうな表情に変わる。
「はい。分かりました。ありがとうございました」
「……いいでしょうか?」
「疑ってすみません」
「では、その今日いないお二人のお名前を教えていただけませんか?」
「本人の承諾がないので話せません」
「これは捜査なんです」
「ダメです」
決意は堅そうだった。
清川は首を振り、亜夢も納得いかないようだったが、しぶしぶ首を縦に振った。
「わかりました。それでは……」
立ち去ろう、と扉を向いた瞬間、ドアノブが回った。
「!」
扉が開いて、このオフィスに入る前にすれ違ったと思われる、マスクをした人物が入ってきた。
「……」
「すみません、ちょっとお話を聞かせてもらっていいですか?」
様子を見るような目つきで、ゆっくりとうなずく。
亜夢と清川は、その人をつれて再びテーブルに戻った。
「あの、お名前をうかがっていいですか」
「……」
清川は警察手帳を見せる。
「あっ、警察の方、ですか?」
マスクの人物は、初めて声をだした。
声からすると、女性で間違いなかった。
制服の警官をみても警察と思われないのか、と清川はうなだれた。
「三崎京子と言います」
「あの、失礼ですが、マスクを取っていただいていいですか?」
突然、亜夢がそう言う。
「?」
「こちらは捜査協力者です。すみません、私からもお願いします」
三崎はとまどいながらもマスクをとった。
「これでいいですか?」
薄くだが綺麗なピンクの口紅をしている。
マスクをしていると中性的で男性とも見えなくはないが、性がどちらにせよ美形に違いなかった。
亜夢がうなずくと、清川はそれを見て「ありがとうございます。結構です」と言った。
三崎はまたマスクを着けなおす。
「このビルの付近で警察官に電撃を放った超能力者の事件、ご存知ですか?」
「はい。騒ぎになりましたから」
「当日はどちらに?」
「私は会社をお休みしていました。翌日きたら大騒ぎしていたんで、その時知りました」




