大樹亀(ツリートータス)1
引っ越して5日目の朝のことだった。
いつものように罠を確認しに来たところにそれはいた。
植木鉢亀に初めて出会ったの時とデジャヴった。
岩のように大きな体に、木を背負った亀。それが水の罠をしかけた場所に陣取っている。
見た目は植木鉢亀と酷似しているが、その大きさがまるでちがった。
植木鉢亀は大きくても体高は俺の腰以下、木を含めても俺と同じくらいの高さだったはずだ。
だがあそこにいる亀の本体の体高からして俺の肩まではあり、木はそれはもう立派なものが生えていて、見上げなければならないほどだ。
全高4~5m、体重は1tを余裕で超えるだろう。
植木鉢亀の成体、大樹亀だ。
「さて、どうするか。」
そろそろ肉も尽きていたが、あれはきっと強いだろう。
俺はLv5、ハイドラ達はそれぞれLv4にまで上がっていた。
はじめて植木鉢亀と戦った時は苦戦したが、2回目以降は工夫をすることによっていいカモにしていた。
だが大きさとは強さ、いままでの戦法が果たして通じるだろうか。
解体だって大変だ。あの大きさを一人で解体するのは骨が折れそうだ。
「よし、ハイドラ達、あれはでかいがいつものと変わらない。3匹で首を絞めて首を出したところで俺が首を突く──いくぞ。」
大きくなろうとも、形が変わらないのであれば弱点はそのままだ。
音もなく影脅し達が大樹亀に忍び寄っていく。
あの種類の亀は音で敵を察知して土魔術をぶっぱなしてくるからな。
まずは静かなる暗殺者たちに先攻してもらうのだ。
手槍を掴む手に力が入る。
数瞬の後、大樹亀が暴れだした。
顔と首に小さくなったハイドラ達が絡みついている。
────よし、いまだ。
ダッシュで大樹亀との距離を詰める。
が、そこで違和感をおぼえる。
土魔術を警戒して周囲の地面を警戒していた為に気が付けた。
とっさにダッシュの勢いを殺して後ろに飛ぶ。
次の瞬間、大樹亀の足元から土の棘が無数に走った。
まるで土で出来た針山だ。あんなものを食らったらひとたまりもない。
人など簡単に穴だらけになっておしまい、一撃でデッドエンドだ。
バックステップを繰り返して逃げていく。
あれは上級の土魔術だろうか、もう近づくこともできないだろう。
「ハイドラ!!撤退だ!!こいつはやばい!!」
下手したら首を絞めているハイドラ達をその土の魔術で引きはがせるかもしれない。
この作戦は首に取りついたものにカメが手を出せないという前提で成り立っている。
その前提が崩れるかもしれない。崩れなければそのまま絞め殺す事も可能かもしれないが、危険予知というやつだ。
ここは勇者クレイチーム全員撤退が正しい判断だろう。
────
「あーくそ、でかくなりゃでかい魔術も使えますよってか。いや予想は出来たけどさ……」
敗走……いや、戦略的撤退ですーそうなんですー。
誰もケガをしていないのが奇跡的だ。
たかが魔術を使われただけと言われれば、だってしょうがないじゃない怖いんだものと言い返すだろう。
この環境でケガをするのは文字通り致命的だ。
簡単に治ると考えない方いい、命に係わる。
今までも戦闘はできるだけ避けてきた。
理想は罠で殺す、ダメなら一撃必殺。
一方的な攻撃だけが俺に許された戦いなのだ。
「遠距離攻撃ができればいいんだけどな……先に武器を作っておくべきだったか? いや……素材も知識も微妙に足りてねぇ、この世界のスケールに合わせた武器を作るのは難易度高すぎ。」
ではどうするか。
俺は背嚢から慎重に、できるだけ慎重に使用済みの包帯を取り出す。
前に蛇に噛まれた時に使った包帯で、中には綿と小さく術式が刻まれた石が入っている。
「いざって時の為に一発だけ作っておいたもんだが……まあ、素材はまだ残ってるからまた作れる、使いどころは今だ。」
今手にもっているものは爆薬であるニトロセルロースと魔術を組み合わせた”爆弾”だ。
ここに来る途中の野営でコツコツと試験的に作り上げたもので、現状はこれ一つしかない。
低位魔術のひとつに硫酸でものを溶かすものがあったので、それを使って滅びた町から得た硝石から古いやり方で硝酸を精製。
硝酸と硫酸さえ手に入ればこっちのもので、組み合わせた混酸に植物から取れた綿を浸し、慎重に工程をすすめてニトロセルロース──ようするに無色火薬を作り出したのだ。
ニトロセルロースは扱いやすいように加工したものが拳銃なんかの火薬として利用されているほど強く有用な火薬なのだ。
もう少し時間があれば|硝酸尿素やニトログリセン《べつのばくやく》なども手にはいったのだろうが、今はこれで十分。
でかくてやばそうな魔物から逃げるときにとっておこうと思ったのだが、この際あの大樹亀に使って大量に素材を手に入れる為に使う事にする。
「イメージとしては手榴弾を目指したんだが……まあそんな便利なもんは作るには工作技術も知識も足りない。これも別に爆炎が上るようなダイナマイッ!!なブツじゃねえが、頭や首根っこで爆発させりゃあ流石に殺せるくらいの威力はある。」
某英国の軍隊では即席の爆薬作りも教育カリキュラムにある。
俺はボーイスカウトに入っていたし、爆薬を作れる程度の能力はあるのだ。
入っててよかったな、ボーイスカウト。
「……? いや、ボーイスカウトで爆薬の作り方なんて教えるか?」
頭がズキリと痛む。
ボーイスカウト時代の事を思い出そうとすると、頭痛がして思い出せないのだ。
まるで記憶に重い扉を課したような、封印された思い出。
まあいい、その時の技術だけは覚えている、ならば今はそれでいいのだ。