井戸作り(ディグウェル)3
地面に穴を掘り、逆さまにした甲羅を半分ほど埋め込み、形を取る。
甲羅をはずし、水を引き上げる中心の部分をさらに深く掘り、そこに断層からとってきた赤っぽい粘土を溶かして張りつけ、魔術で汲み上げる水が逃げにくいようにする。
見た目の形だけなら小さな井戸や、元居た世界の手洗い場のようだ。
そして再び甲羅を埋め込む。
甲羅の中心には水を汲み上げるための穴が開いてる。
完成のイメージは洗面台のような形式だ。最も蛇口など無く、水が出てくるのは排水口からだが。
甲羅の穴と深く掘った穴に石を詰めていく。
甲羅の位置まで詰めたら今度は砂利を流しこみ、最後に大きな石を重石として置く。
この石と砂利が若干のろ過と弁の役割を果たし、引き上げた水の保護に役立つのだ。
外形はこれで完成だ。
問題は水を汲み上げる魔術機構である。
一応低位の魔術を使えるようにしてもらっている為、術式の知識もある。
術式自体は低位だけあって安易なので、すでに甲羅にダガーで刻んである。甲骨文字という奴だ。
問題はそれを発動させるための魔力源の確保だ。
試しに、自分で魔力を込めてみる。
術式は水感知。
周囲の水を発見し、自らの元へ導く魔術だ。
地下水があるこの場所では、地下数m~十数mから引き上げることになる。
1分くらい待っていると、土で濁った水が石の下から少しだけ湧いてきた。
どうやら井戸作り事態は半ば成功のようで、充足感に満たされる。
自身で発動させる場合と違い、術式は魔力さえ込めれば延々と発動し続ける。
逆に言えば延々と発動し続けるため、消費魔力量が多いのだ。
魔力を込めるのをやめる。
「ふう、数字でわかるわけじゃないから正確にはわからないけど、今の俺のMPじゃ1時間は持つかもしれないがそれ以上の時間連続で発動させつづけるのは難しそうだな。」
簡単な概算だが、1時間では甲羅一杯の水を得ることは難しいかもしれない。
魔力源を俺にすれば1時間も持たないだろうし、魔物がいつ襲ってくるかもわからない状態でMPの枯渇は避けたい。
また生活するうえで必要になる魔術もいくつかある為、自分以外の魔力源の確保は必要だろう。
「と、いうわけで『第1回魔力ってよくわかんないけど何に含まれてるの会議』を始めようと思います。」
ハイドラが影から頭をだし、上下に振って答えてくれる。
反応があるとうれしい、ありがとう。
さて、目の前に俺が魔力を伴っていそうだなと思う品々を並べてみた。
植木鉢亀の頭、内臓各種。
大岩蛇も同様のものを。
炭、そのへんの石、綺麗な石、丸い石。
数種類の草、木材。
そして異世界冒険キットにあった用途不明の液体2種……もっともこれは簡易鑑定で青い液体がポーション、緑っぽい液体がマナポーションと判明している。
「マナポーションはさすがに魔力源にはなると思うけど……どうだろう。魔力感知」
低位魔術の一つ、魔力感知を使用する。
名前の通り周囲の魔力を感知するもので、無知な俺には現状必須の魔術だ。
反応があったのは以下のものだ。
頭、心臓、肝臓、睾丸(のようにみえる機関、詳しくは知らない)、丸い石、マナポーションだ。
他は微かに反応があるものもあったが、低位魔術一発分にもみたないので無いのと同じだ。
「生肝や心臓は向こうの世界でも精がつくっていわれてたし、もしかしたらと思ったけどあたりだったみたいだな。ところで……」
マナポーションや内臓から反応を得られたのは予想通りだが、微弱ながら石にも魔力反応があったことに驚いた。
この握りこぶしよりもやや大きい球体石の名を知っている。
「球状コンクリーション……またの名をノジュールだ。」
簡単に言えば、中に化石や水晶が入っている石だ。
その生成に関しては100%解明されたわけではないが、確か生き物が死んでその肉体が周りの土に溶け出し、長い年月をかけて化石化していく過程でその周囲にカルシウムや鉄などが濃集して固まったものだ。
断層にあり、非常に硬かったのでこれはノジュールで間違いはないはずだ。
これをみつけた時には、化石や水晶ではなくそのまわりを覆う石に含まれているカルシウムや鉄成分などが何かに使えないかなと思ったのだが……おもわぬ収穫だ。
「化石といえばロマンだからな……割ってみるか。」
ダガーの柄でガツガツと乱暴に石を叩き続けると、パカリと半分に割れた。
中には爪のような……いや、牙か? とにかく赤っぽい化石が入っている。
この大きさの牙を持つ動物なんてそうそう……いや、魔物ならばあり得るだろう。
調べてみるかと、スキル生存者の簡易鑑定を使用する。
【魔力結晶D】
周囲の魔力を吸い込んで結晶化した石
高く売れる
それを見たとき、大声で叫んでいた。
「まじかよ!!」
強い魔物の素材はあらかじめ魔力をもっていて、それが化石化する際に周囲の魔力を集め、凝縮されて高い魔力を持つ結晶となった。
そんなところだろうか。なんにせよ今一番欲しいものが手に入るとは……。
これが主人公補正ってやつか。
いや、本当にそうか?
例えば部分的な素材が魔力結晶になるような土地には魔力があふれていて、女神が間違って飛ばした際もそうした強い魔力に導かれたとか……うん、なんだかそんな気がしてきた。
あの断層ももしかしたら地震や火山活動ではなく、魔物の魔術でできたものだったりして。
まあ、単純に幸運もあるだろう。ここは素直に喜んでおこう。
「魔力結晶がなかったら内臓や頭をその辺に置いておくわけだし、それは魔物や虫を寄せたり病原菌のもとになったりするからな。」
俺は病原菌は大丈夫だが、このあたりの魔物や動物はそうもいかないだろう。
この土地を荒らしたいわけじゃない、ただ生きていたいだけなんだ。
自然との共存とはそういうことだろう。
「まあ、魔力結晶は大量に採取させてもらうがね。」
魔力結晶を置き、少しずつ水が湧いてきた井戸を見ながらそうつぶやいた。