第7話「決着」
ひび割れた空間。
白は崩れ、黒が滲む。
境界は、もう曖昧。
それでも——
“まだいる”
黒幕。
完全には消えない。
ただ——
弱っている。
確実に。
女が膝をつく。
肩で息をする。
もう、あの軽さはない。
「……なんでや……」
声が震える。
「なんで見てくれへんのや……」
顔を上げる。
涙。
歪んだままの表情。
それでも——
人間の顔。
ゆたかが止まる。
一歩手前で。
桃太郎も並ぶ。
人面犬は少し後ろで様子を見る。
女が言う。
「見てもらえたら……」
一拍。
「おるって分かるやろ……?」
沈黙。
それが全て。
存在証明。
他人の視線。
それに依存していた。
桃太郎が静かに言う。
「分かる」
一歩。
近づく。
「だが、それでは足りない」
女の目が揺れる。
「……なんでや」
ゆたかが言う。
「自分で決めてへんからや」
一拍。
「お前が“おる”かどうかは」
さらに一歩。
「お前が決めることや」
女が震える。
理解できない。
受け入れられない。
「……無理や……」
小さく呟く。
その瞬間——
“ザワッ”
黒が動く。
背後。
巨大な影。
まだ、見ている。
そして——
声。
冷たく。
静かに。
「それを認めるな」
一拍。
「価値は他者が決める」
女の体がビクッと震える。
再び——
飲まれかける。
ゆたかが舌打ちする。
「しつこいな」
一歩。
前に出る。
黒を見る。
今度は——
完全に。
“観る側”として。
「お前も同じやろ」
一拍。
「見られたいだけや」
空間が揺れる。
黒が、わずかに歪む。
初めての“否定”
人面犬が笑う。
「図星か?」
桃太郎が続ける。
「だから観測する」
一歩。
踏み込む。
「他者を縛ることで、自分を保つ」
静寂。
黒が揺れる。
大きく。
不安定に。
女がその変化を見る。
初めて。
黒を見る。
自分ではなく。
“外”を。
「……あれ……」
一拍。
「なんや……これ……」
ゆたかが言う。
「お前も見られとる側や」
女の目が見開く。
理解が入る。
崩れる。
「……一緒やったんか……」
一滴、涙が落ちる。
桃太郎が言う。
「選べ」
静かに。
だが強く。
「見る側になるか」
一拍。
「見られる側で終わるか」
沈黙。
長い沈黙。
そして——
女が、ゆっくりと顔を上げる。
黒を見る。
初めて。
真正面から。
「……もうええわ」
小さく。
だが確かに。
その瞬間——
“ザワッ!!”
黒が大きく揺れる。
支えを失う。
一気に。
崩れ始める。
ゆたかが踏み込む。
「今や」
拳を振るう。
桃太郎も動く。
人面犬も飛び込む。
三方向から——
“核”へ。
“ドンッッ!!”
衝撃。
空間が完全に砕ける。
白が消える。
黒が裂ける。
光が広がる。
そして——
静寂。
完全な。
無音。
女の体が、ゆっくりと崩れる。
軽く。
元の姿へ。
ただの人のように。
「……ちょっと楽やわ」
微笑む。
ほんの少しだけ。
「見られんでも……ええんやな」
ゆたかが言う。
「せやな」
桃太郎も頷く。
「それでいい」
人面犬が鼻を鳴らす。
「やっとかよ」
女の体が光に変わる。
消えていく。
静かに。
完全に。
現実。
東京。
人々が、ゆっくりと正気に戻る。
倒れていた者。
立ち尽くしていた者。
皆、目を開ける。
「……あれ?」
混乱。
だが——
終わった。
なながその場に座り込む。
「……はぁ……」
神父が空を見る。
「終息確認」
一拍。
「ですが——」
やはり。
“いる”
完全には消えていない。
ゆたかが空を見ずに言う。
「次やな」
桃太郎も言う。
「来る」
人面犬が笑う。
「どんどん面白くなってきたな」
風が吹く。
今度は——
少しだけ重い。
■ 第9章「アクロバティックさらさら」 完




