王都でもお変わりなく②
「改めて思うけど、屋敷一つポンと買える資金力ってすごいな。さすが栄誉騎士」
「ずっと使ってないから無駄に貯金が溜まってただけだよ。研究に必要なものは騎士団が用意してくれてたからな。自分で買うのは日用品とか食品くらいだ」
「いい環境じゃないか。俺の元いた世界じゃ考えられない」
ブラック企業じゃ、あらゆる経費が自腹とか、地獄みたいな労働環境もあるからな。
それに比べたら仕事量が多いだけで、それ以外のことは文句もない。
実際、働きたくないと思いつつ、ラランが長年騎士団で働き続けたのは、それなりに待遇がよかったからに他ならない。
そんなある意味理想的な職場を、この度彼女は寿退社した。
「後悔してないか?」
「してないよ。これっぽっちもな」
ラランは即答した。
一切の逡巡もなく、反射的に返事をしたみたいだった。
彼女は朝食のお皿を用意しながら続ける。
「ずっと辞めたかったのは事実だしな。私の理想はもう、別の場所にある。だから後悔なんてない」
「ララン……」
それはここだと示すように、彼女は俺と視線を合わせる。
「それに……完璧に辞められたわけじゃないしな」
「まぁそうだな」
辞める時もひと悶着あったらしい。
その場にいたわけじゃないが、上司である騎士団長はラランを引き留めた。
当然だろう?
ラランは多くの功績を残したから栄誉騎士になれた。
そんな彼女の離脱は、騎士団にとっても大きい。
アダムストの動きが活発化する中、戦力ダウンは避けたかったのだろう。
だから止めたが、ラランも譲らなかったそうだ。
同席したジーナが言うには、確固たる意志で騎士団長に、私はタクロウと一緒がいいんだ……と、言い放ったそうだ。
俺もその場にいたかったなぁ……。
「有事の際は協力することを条件にした退職だ。ま、アダムストに好き勝手されるのも不服だし、騎士団と完全に縁が切れるのも困るし、これでよかったとは思うけどな」
「それならよかった。っと、完成」
テーブルの上に、本日の朝食メニューが並ぶ。
ちゃんと五人分用意されている。
「私が起こしてくるよ。タクロウは片づけを頼んだ」
「了解」
包丁を洗ったり、キッチンの片づけをしているとラランがみんなを起こす声が聞こえた。
しばらく待って、ぞろぞろと面々が顔を出す。
カナタはまだ眠そうに欠伸をしている。
「ふぁー……おはよ、タクロウ」
「だらしないな。私と一緒に顔を洗ってくるか?」
「そうする」
ジーナに連れられカナタは洗面台へ。
その後ラランと一緒にサラスがやってくる。
「おはようございます。朝食の準備、ご苦労様でした」
「なんか偉そうなのが腹立つが……お前は意外と朝は強いよな」
「熟睡したくでもできないんですよー? 誰かさんの幸せそうな声が屋敷中に響き渡っていましたからねー」
「うっ……」
サラスの言葉に反応したのはラランだった。
俺たちは一緒のベッドで寝ている。
もちろん、相応のことはしたわけで……俺たちには心当たりがあった。
カナタとジーナが洗面台から戻ってくる。
「ラランの声よく通るよなー」
「普段は強気な癖に、ベッドの上ではまるで猫――」
「や、やめろ! それ以上はガラスのハートが砕ける!」
ラランは顔を真っ赤にして腕をぶんぶん横に振る。
よほど恥ずかしかったのだろう。
「別にいいじゃないか。どうせ一緒に暮らしてたらバレるんだし」
「なんでタクロウは平気そうなんだよ!」
「ラランが可愛かったからなー」
「うぅ……くぅ……」
リアクションも面白くて、ラランはからかい甲斐があるな。
これ以上は拗ねそうだから控えよう。
「外では控えたほうがいいと思いますよ。声は」
「わ、わかってるよ! そんなに響いてたのか?」
「はい。一言一句、再現しましょうか?」
「やめろ……その攻撃は私に効く」
サラスは俺の隣の部屋だから、余計に声が聞こえやすいのだろう。
この屋敷では寝室兼自室として、一人一部屋与えられている。
夜、誰が俺と一緒のベッドで寝るかは、交代制にするという提案は、ラランからしたそうだ。
俺が知らぬ間に嫁の中でローテーションが組まれていたのには、少し驚いたよ。
「仲良くやってるならよかったけど」
嫁同士で喧嘩とか、いじめとかに発展したら悲しいからな。
今後もっと家族が増えていく(予定)わけだが、いつか性格的に合わない者同士を引き当てるかもしれない。
その時のために、心の中でシミュレーションだけしておこう。
朝食を食べ終えて、片づけを始める。
皿洗いやテーブルの拭き掃除は、カナタとジーナが率先してやってくれる。
料理は苦手な二人だから、片づけは自分たちがやると提案してくれた。
ちなみにサラスの仕事はゴミ出しだ。
こいつ一番食べる癖に、基本やる気がない。
かといって皿洗いをさせたらドジって皿を割る始末。
仕方がないので、ゴミ出しならできるだろうと押し付けた。
「サラス、燃えるごみの日だからこれ出しといてくれ」
「……天使にゴミ出しとかよくさせますね! 見損ないましたよ!」
「昼飯抜きでいいな」
「喜んで行ってきます! ごみの百個でもお任せあれ!」
こいつの扱いにもだいぶ慣れてきたな。
ご飯と睡眠が何より大好きで、それを邪魔されるとキレか泣く。
料理もできない。
お金を渡すとすぐ使ってしまうから、俺が管理している。
つまり、こいつの生活を握っているのは実質俺だ。
金に困ったらサラスを出稼ぎに出すのも悪くないな。
「タクロウ、何か悪だくみしてるか?」
「気のせいだぞカナタ。俺はいつもみんなの幸せを考えてる」
「……だよな! タクロウはいい奴だ!」
チョロいなこの嫁。
あまりにチョロすぎて心配になるレベルだ。
変な詐欺とかに引っかからないように俺が見張っておかねば。





