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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第2章
22/36

誤った選択

引き続き胸糞注意



 俺はいつだって、後手に回る事しか出来なかった。


 全部、気付いた時には何もかも手遅れで。結果…最悪の未来に辿り着いてしまった…





「う…うぅ…」


 王宮の…ルーシャ殿下が開いた茶会で。令嬢の輪から外れて、1人涙するイグリットを見掛けた。

 彼女には腹違いの、アウロラという同い年の妹がいる。妹はいつもイグリットに濡れ衣を着せて、悲劇のヒロインを演じている。

 なんで、どいつもこいつも騙されるんだ。イグリットはそんな事はしない…何より。全てアウロラの言葉だけで、証拠は一切無い。


 だが、俺が彼女を庇うように声を上げても。周囲は俺達の関係を疑った。俺はともかく…王太子殿下の婚約者であるイグリットに、不義の烙印を押されるのはまずい。

 だから…俺は拳を握り、唇を噛み締めて…ただ耐えるしかなかった。




 声を掛けたい。けど…こんな、誰もいない所で2人きりの場所を見られたら。

 アウロラやセヴラン殿下は、俺達を指差し「浮気だ!裏切りだ!!」と激しく責め立てるのだろう。自分達は棚に上げて、な。


 無力な自分が情けなくて…腹立たしい。結局イグリットが自力で泣き止み、帰るまで遠くから眺めているだけだった。





「殿下!!!貴方の婚約者は誰なのですか!?きちんとイグリットに目を向けてください!!」


 俺は14歳のある日…セヴラン殿下の態度に怒りの限界を迎え、正面から抗議した。俺の立場が悪くなっても構わない、もうイグリットの涙を見たくない!!


「君には関係無いだろう?」

「俺は彼女の幼馴染です!!不幸になる姿を見たくない…殿下はアウロラを愛していらっしゃるのでしょう!?」

「そうだ。ああ…まるで天使のように愛らしく、女神の如き美しいアウロラ。イグリットとは比べ物にならん…」

「……!」


 殿下は、恍惚の表情でアウロラの名前を何度も呼ぶ。なら…それなら…!!


「…婚約は『ファロン公爵家の娘』と結ばれるものですよね。ならばアウロラでもいいでしょう。

 ですから…イグリットとは婚約を解消なさったらどうですか?」


 俺は努めて冷静に進言した。世間的には…王子に捨てられた女、とレッテルを貼られてしまうだろうが。俺が、俺が彼女を幸せにする!!



「いいや、それは駄目だ。イグリットは可愛げはないが優秀だ。そして無邪気なアウロラには、王妃の仕事は務まらないだろう…だから。

 私は予定通りイグリットを妻にして、アウロラを妾として迎えよう。もちろん、私が愛するのはアウロラのみだが」

「な…っ!?」


 何を、言っているんだこの男は?イグリットに面倒な事は押し付け、自分達は好き勝手にすると?どこまで…イグリットを蔑ろにすれば気が済むんだ…!!!


 俺が何を言っても、殿下の意見は変わらなかった。


「口を慎め、ユリシーズ。君は宰相の息子で、ルーシャの婚約者候補だから見逃してやるが。これ以上私とアウロラを侮辱するのなら容赦はしない」

「……失礼致しました…」


 くそ、くそ…!!どうすればいいんだ、俺は…!イグリット…



 俺はこの時…どんな理由があっても。彼女を連れて…逃げるべきだった。






 ついに彼女は無実の罪で捕らえられ、牢に入れられてしまった。しかも薄汚い地下牢に…!



「殿下!!!いつまでイグリットを地下牢に置くのです、彼女は公爵令嬢ですよ!!?どのような罪であれ、貴人専用の部屋に入れるべきでしょう!!!」

「ふん、公爵はイグリットを勘当したそうだ。ならばあれはただの罪人だ」

「…!イグリットを、王妃にする計画はどうなさったのですか…?」

「ああ、それか。私のアウロラを害する女を、仮にでも娶るなど虫酸が走る。まだまだ結婚まで時間はあるからな、アウロラの教育くらい余裕だろう」



 この野郎…!!相手が王子でなければ、その顔面をぶん殴ってやるのに…!!


 血が出るまで拳を握り…殿下の執務室を後にする。

 殿下は「食事や生活環境は私が保証する。彼女が罪を認めれば、すぐにでも出してやる」と言った。



 俺はその足で面会に行き…嘘でもいい、罪を認めて。ここを出て…一緒に逃げよう、と言っても。彼女の耳には届いていない…

 イグリットは数日で痩せ細り、目は生気を失いかけていた。くそ…!



「おい!!なんだあの食事と待遇は!!?」

「これは失礼。たった今、新しいのをお持ちしましたので…」


 俺が牢の管理者に抗議すれば、すぐに新しい布団や服、食事が運ばれた。それを確認して、あれなら大丈夫だろう…と王宮を後にする。


 だがそれらは全て。ただのパフォーマンスで…俺がいなくなった後、処分された。そう命じたのはアウロラだった。殿下には何も伝えず…


 俺は…誰も信用してはならなかったんだ…





「イグリットが自力で出られないなら。俺が…どうにかして冤罪を晴らす…!」


 その日から俺は、忙しく走り回った。殿下に目を付けられたくないのだろう、協力者は使用人が1人のみ。寄宿学校には入学式にも行かず、その使用人と共に駆けずり回った。


 食事もまともに取れず、睡眠も机に突っ伏して済ませて。

 その間に…イグリットを貴人の牢に移した、とセヴラン殿下から連絡があった。僅かな暇に抗議を繰り返していたのが効いたのだろう。

 使用人に行ってもらうと、確かにイグリットが貴人牢にいるのを見たらしい。ただベッドの上に蹲っていて、会話は出来なかったそうだが。



 俺はひたすら奔走し、ひと月で…充分な証拠が集まった…!


「よし、これを持って行けば…!!」


 念の為いくつか複製し、原本は部屋の金庫に仕舞い。鍵は使用人に預けて、俺は王宮に飛んだ。



 セヴラン殿下に取り次いで欲しいと願うと。今日は予定がいっぱいだと。更に現在来客の対応中、と答えが。誰だ…?




「あ…夫人…?」

「貴方は、ユリシーズ様?」


 応接間から出て来たのは、イグリットの母…元公爵夫人だった。その隣には大柄な男性と、俺と年の近そうな少年が。


「お久しぶりです。そちらは…?」

「ええ、久しぶりね。大きくなられて…

 彼は私の夫、キーフォです。こちらは甥のトア」


 男性2人は俺に会釈をする。

 そういえば、夫人は再婚して獣人の国へ行ったと聞いたな。彼らは獣人か…?


「初めまして、俺はキッドマン侯爵家長男、ユリシーズと申します。トア殿は交換留学生ですか?」

「ご丁寧にありがとう、僕はテルトラント地方小領主のトアです。年齢も近そうだし、互いに敬語は無しにしないかい?

 質問の答えだけど、僕は留学生じゃないよ。伯父は留学生の付き添いだけどね。

 今回は…伯母が娘さんに会いに行くと言うので、便乗して旅行気分で来ちゃっただけなんだ」

「娘さん…イグリットの事か…」

「!ユリシーズ様、何が起きているのかご存知なの?どうしてイグリットが、投獄なんて…」


 夫人はイグリットの名を聞いた途端取り乱し、俺の両腕を掴んだ。

 どうにか落ち着かせ…彼女と話をする為、王宮の部屋を1室借りた。




 そこで俺の持っている情報を全て伝えると、夫人は…握り拳を震わせた。


「なんですって…!あの、クソ野郎…!!娘を捨てるなんて、ふざけやがって…」

「「「…………」」」


 今何か、貴婦人の口から出てはいけない単語が。俺達は聞こえない振りをした。


「私達はこの国に来て初めて知ったの。囚われたのは到着した日らしくて…最初は面会もさせてもらえなかったわ。

 その後何度かイグリットに会いに行ったのだけれど。あの子は背中を向けるばかりで…顔も見せてくれなくて…」

「そうでしたか…。俺も最近面会出来ていないんです」


 今日は殿下に会えないかもしれない。せめて証拠を渡したいが…その前に、トア達と連れ立ってイグリットに会いに行く。




 イグリット。イグリット…ようやくだ。お前を自由にしてみせる…!




「………は…?」


 通されたのは…王宮の隅、高い塔の最上階。罪を犯した貴族が囚われる場所。

 牢とは名ばかりで、入り口は厳重に閉じられているが普通の部屋となんら変わらない。そこに、灰色がかった銀髪の女がいる…



「誰だお前は」

「「「え…?」」」

「「!?」」


 俺の発言に、牢の中にいる女と見張りの騎士が肩を震わせた。


「もう1度聞く。お前は、誰だ…?」

「……………」


 こちらに背を向け、膝を抱えて俯く女は小刻みに震えている。騎士は顔を青くさせ…


 俺は戸惑う夫人達を尻目に鉄格子を掴み、激しく揺らした。


「お前は誰だ!!!イグリット、イグリットはどこだ!!?」



 ガシャンッ! ガタガタ、ミシ… ガシャァン!


 これがイグリットだと?全然違うじゃないか!!!髪色が同じで体型が似ていれば誤魔化せると思ったのか!!?


「お、おやめくださいキッドマン様!!」

「おい!!今すぐ殿下を呼んでこい、すぐに!!」


 俺を止めようとする騎士にそう命じる。だが見張りの仕事が…と口籠る。ならいい、自分で行く!!


「待って、俺が行くよ。セヴラン殿下を呼べばいいんだね?」


 キーフォ殿が、俺の肩を軽く叩いてから走る。ああ、俺よりも客人で上級貴族の彼のほうがいい。


「どういう事!?貴女は誰、イグリットじゃないの!?」

「……………」


 俺だけでなく、夫人も一緒になって鉄格子を揺らす。まさか、まさかまさかまさか!!!





「はあ…なんだ一体。私はこの後、アウロラと予定があるのだが…っ!?」


 この…クソ野郎…

 のんびりと歩いて来た殿下は、俺の形相に慄いた。


「…殿下、1つ確認がございます」

「な…なんだ…?」

「この中にいる女が、イグリットでない場合。女と、見張りの騎士を全員処刑してくださいますか?」

「「!!!?」」

「は…?何を馬鹿な事を…」

「勤務表を確認し、この女がここに来た時から関わった全員を。世話係の使用人もです」

「……あーわかったわかった!!私の名に懸けて誓おうじゃないか!!!その代わり、お前の勘違いだったらどうするつもりだ!?」

「俺を処刑してください」

「…っ!?」


 俺は多分、虚ろな目をしているのだろう。目の前が真っ白で…イグリットの、笑顔ばかりが頭に浮かぶ…

 激しい焦燥感に襲われているのに、足が動かない。嫌だ…現実を、見たくない…



「…全く。おいイグリット、いい加減こっちを見なさい。処刑されたいのか?」

「……………ご…ごめんなさいっ!!!」

「は…?」


 女は…被っていたカツラを外し、茶色の髪を振り乱し、顔面蒼白になりながら土下座した…



「申し訳ございません!!!わた、わたし、アウロラ様に頼まれてここにいるだけです!!!お願いします、処刑はどうかご容赦を…!!お願いします、お願いします!!!」

「自分もです!!アウロラ様に、王太子殿下に言ってはならない…と命じられただけです!!どうか…!慈悲を…あがっ!!」


 俺は土下座する騎士の頭を、思いっきり踏み付けた。



「……殿下。イグリットは、どこですか…?」

「し…知らない!!!私だって、きちんとイグリットを移すよう部下に命じた…!

 お前達、アウロラに罪をなすり付けるとは何事か!!!」

「違います殿下、本当です!!アウロラ様が…「面会者が来たら、蹲るか布団に潜って顔を見せなければいい」と仰ったのです!!」

「まだ言うか!!もういい、イグリットはどこだ!?」


 ぎゃあぎゃあと、耳障りな声がする。

 視界の隅に、膝から崩れ落ちる夫人と、彼女を支えるキーフォ殿の姿が入った…

 そうだ、イグリット。イグリットは…



「イグリットは…まだ地下牢にいる…?」

「地下牢…!」


 俺の言葉を復唱し、夫人は飛び出して行った。おれ、も。俺も…


「ユリシーズ!しっかり、気を確かに!!」


 トアが、俺の肩を強く揺らす。

 ……行かないと。



「あっ!ちょ、ここは9階…!?」


 泣き叫ぶ女や、ひたすら謝罪する騎士、喚く殿下は無視して。俺は…窓から飛び降りた。


 行かないと。イグリット…俺は、お前を迎えに来たんだ。




 ずっと、ずっと彼女が好きだった。

 だけど、彼女は王太子殿下の婚約者で。生まれた時から決まっていた事だった。たとえ俺達が相思相愛になろうと…覆せる婚約ではなかった。

 だから、俺は自分の想いに蓋をして…彼女の幸せを願った。




 言えばよかった。大好きだ…愛してる、って。

 彼女は殿下を愛していたから…俺は振られるって、分かりきっていた事だが。それでも…きちんと、伝えておけば。


 殿下や家族、友人に裏切られ…失意の底にいた彼女に。



 …俺の力ではお前をここから出してやれない。

 嘘でいいから、早く認めてくれ。

 国外追放されても、俺も一緒に行くから。

 この国から逃げよう。俺がお前を守るから。


 頼む…答えてくれイグリット。

 こんなにも近くにいるのに…俺の言葉は、手は…どうして届かない…



 あの時、最後に面会した時の言葉を。聞いてもらえたかもしれない…?


 彼女が冤罪を受け入れなかったのは、もう帰る場所が無かったからというのも大きいだろう。

 だから、俺が。俺が…彼女の逃げる場所だと、最初から示せばよかった。





 ふらふらと、空を飛ぶ俺は…先に出ていた夫人とキーフォ殿に追い付いた。

 彼女達は地下牢へ続く扉の前で、兵士と揉めている。


「申し訳ございません、誰も通すなとアウ、殿下から仰せつかって…」

「どきなさい!!!」

「うーん…イリア、ちょっとごめんね?」

「え…」


 キーフォ殿が…兵士の顔面を蹴っ飛ばした。それは一瞬の出来事で、壁に叩き付けられる様をもう1人の兵士は呆然と見ていた。


「俺、これでも決闘や試合は負け知らずなんだよ…っと」


 彼は隣の兵士に踵落としを。伸び切った2人の懐を漁り…鍵の束を取り出した。


「よし、行こうか」

「ええ!」


 彼らは扉を開け、階段を降りて行く…俺も…




「イグリット…?イグリット、イグリット!!?」



 ああ…夫人の悲痛な叫びが、地下に木霊する。


 壁に何度もぶつかりながら、なんとか追い掛けて。

 とん… と、最下層にある牢へ辿り着くと。



 髪は真っ白になり…薄汚れたシーツを纏う、イグリットの姿があった。

 手足は枝のように細く、肌には無数の傷が。火傷の痕、切り傷、擦過傷、右足は変形して、手の指が少ない。



「イグリット…あ………ああああああああっ!!!!」



 夫人は床に座り込み、イグリットを宝物のように…強く抱き締めて。

 大声を上げながら涙を流し、何度も名前を呼ぶ。


 俺も…その場に膝を突き、感情が追い付かないのに、涙が溢れてきた。



 イグリットの開かれた目が、俺を捉えた気がした。

 その直後…彼女の命の灯火が消えた…そう悟った。





 助けられなかった…



 俺は、選択を間違えたんだ…



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