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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第2章
21/36

悪夢の果て

胸糞&残酷描写注意



「う…」


 いつの間に…眠っていたのだろう。部屋は暗く、静寂に包まれている…

 …?手が温かいと思ったら、ジャンヌ…。手を繋いで並んで眠ってくれたのね。

 そっと彼女の手を外し、私はベッドから降りた。




「わあ…」


 窓を開ければ…満天の星空。風が心地良い…え?

 私の身体が、浮いた。まるで昔見せてもらった…ユリシーズの【空中浮遊】のよう。私にそんな能力は…そうか。


 これは夢なのね。明晰夢…初めての体験だわ。


 あら…?私の意思に反して、窓の外に出てしまった。寮が遠ざかる…どこに行くの?


 高く高く、鳥のように空を舞う。かつてユリシーズも、同じ光景を見ていたのかしら。

 下を見れば、生活の明かりがちらほらと。不思議と恐怖心は無い…




 綿毛のように空中を漂う私。ふと気付く…見覚えのある風景の中にいると。


「……ひ…っ!?」


 あ…あ、あぁ…!嫌、ここは…王宮!しかも私は今、地下牢への扉を通った。


「嫌!!行きたくない、戻って…!!」


 やだ…いやだ!!!涙を流して叫んでも、私の身体は地下を降りる。




「……チッ、全然反応しねえな〜」

「…!」


 !!?今の声…聞きたくない!なのに…耳を塞いでも、通り抜けて頭に響く…!!

 やめて!!!と叫んでも、声が暗闇に吸収されているかのよう。この世界で、私の声は誰にも届かない。



「そんな人形みたいの抱いて、面白いのか?」

「抵抗されなくてラクだぜ〜。何より…こいつは公爵令嬢だ。普段雲の上の存在で、お声を掛ける事すら畏れ多い…そんな女を好きにできるんだぜ?2度と無えチャンスだろ」

「あ〜…確かに。じゃあ次、俺な」

「あいよ」


 あ……あれは。

 僅かな明かりの地下牢で。生きる屍となった私を…好き勝手に貪る兵士。牢の前で、椅子に座って行為を眺めている兵士。彼らには見えないのか、浮かぶ私に無関心。


 牢で横たわる…痩せ細った私は骨と皮しか無く。目は虚で…兵士を見上げている。



「骨折ってみるか?何か反応するかも」

「あー、意味ねえよ。見ろよ、指切り落としても声も上げねえんだ」


 兵士は私の白い髪を掴み、頭を持ち上げては落とすという遊びを繰り返す。やめて…見たくない…



 この頃の私は…心を殺して感覚を遮断する事で、自分を守っていた。耐えていればきっと…冤罪が晴れて……いいや。



 誰も、来てはくれない。

 死にたい…死にたい。これ以上私の、人としての尊厳が喪われる前に…


 死にたい…




「……あー、スッキリした。娼館も高えからな〜」

「へいへい、じゃあ交代な」


 散々私を楽しんだ髭面の兵士は自分の服を直し。次に…まだ若い兵士が…私の上に覆い被さ……もう……やめて…


 これ以上、おもいだしたくない。自分のあたまを掻きむしり、はやく夢からさめて…!と強くつよく念じる。早く…!!





 助けて…トア…






「目を閉じて、イグリット」

「え…?」


 何…?どんなに目を閉じても、目蓋に厭な光景が浮かんで消えなかったのに。

 温かい、誰かの手が私の目を覆うと。途端に真っ暗に…この声は…!



 シュッ ごろん…



「ごめんね…遅くなって」

「ト…ア。トア…トア…!!」

「うん。君のトアだよ。もう大丈夫…」


 トアは私の身体の向きを変え、正面から抱き締めてくれた。限界を迎えていた私は、彼に縋って子供のように泣きじゃくった。

 島で新しく創った私。その私も…壊れてしまうかと思った…!


 彼の手には血の付いた剣がある。

 剣を奪われ頭を失った兵士の身体は、鮮血を噴き出させながらぐらりと傾き…私の上に倒れる。

 直前に。トアが蹴っ飛ばし、牢に転がった。



「ああ…ごめんイグリット。美しい君を、汚い血で汚してしまった」


 トアはそう言って、何も纏っていない私に自分の服を掛けてくれた。美しい…?そんな、醜く傷だらけの私が…?


「君は誰よりも美しいよ。さあ行こう、外に。彼女をお願い、僕」

「分かったよ、僕。イグリットを頼んだよ」

「え…?」

 

 いつの間に、トアが2人に?

 ()を腕に抱き、もう1人の兵士の首を落とすトアと。

 死にかけの()を抱き上げて、優しく血を拭いてくれるトアと。


「ここは夢の中だから。訓練して、様々な動きが可能になった僕なら…なんでも出来る」

「その通り。分身なんて、軽いものさ。夢の中、という現象において僕に不可能は無い」

「「さあ、行こうイグリット」」


 トアは自由に軽やかに宙を舞い。私1人では成し得なかった…地下牢から脱出した。


 こんなにも簡単だったなんて、知らなかった。




「それじゃあ僕。イグリットを連れて、安全な場所へ」

「任せて。後始末…頼んだよ、僕」


 トアが、私を連れて遥か上空へ消えた…

 残された私達。もう1人のトアと2人きりになったところで…彼の持つ剣が視界に入った。


「ごめんなさい…トア。私のせいで…貴方に、人殺しをさせてしまった…!!」


 それが堪らなく悲しくて、私は再び涙が溢れ出す。


「これ?気にしないで、これは夢だから。現実では何も変わらないよ…?夢だから、ね?」

「え…う、うん…」



 あれ。トアの目って、金色じゃなかったっけ。それが赤く変化して…キスしそうな程に、間近に迫る。



「いいかいイグリット?これは夢だよ」

「ゆ…め…」


 おかしいな…トアの赤い目を見つめていると、頭がぼー…として。全身の力が抜ける。

 何も、考えられない。全て…彼に委ねてしまいたい…



「そう…それでいいの。ねえイグリット?僕の愛するイグリットを弄んだ男は、あの2人だけじゃないよね?」

「ちがう…あと、3人いる…」

「誰なのか、教えてくれる?」


 こくん…と頷き、トアは私を連れて兵士の隊舎へ飛んだ。



 今は夕飯の時間だろうか。食堂に、大勢の男達がいる。

 私は記憶を頼りに…「あの人と、あの人」と指差した。するとトアは躊躇う事なく、彼らの首を落とす。

 周囲の人達は異変に気付かない。隣に座っている男の首から血が噴き出ているのに、黙々と食事を続ける。


「あと1人は?」

「……いた。あそこ…」


 あの…大声で笑っている男だよ。次の瞬間、静かになったけどね。





 ヒュウウゥ…


 風が…私達の髪をさらう。


「ね、イグリット。このまま…王子と王女も殺しに行こうか。他にもいるよね、次は公爵家かな?」

「……………」


 今いるのは、王宮の屋根の上。私はトアの膝に乗せられていて。トアは、私の頬や髪に沢山キスをしてくれる。


 無数の星が無くなって、周囲は暗闇に包まれている。その中でもトアの瞳は赤黒く輝き、私を捉える。


 王子…セヴラン殿下と、ルーシャ。殺す…殺…



 …うん。夢だから、いいよね…?



「…あ。時間か…イグリットが夢から覚めようとしてる。ここまでかぁ…」

「?」


 よく分からないけど。景色が溶ける、意識が…消える。



「イグリット。夢は目覚めたら忘れるもの…今日見たモノは、全部忘れるんだ。いいね?君は夢も見ないで…ぐっすり眠っていたんだ」

「………うん…」

「いい子だね」



 最後に、トアと唇が重なって。

 眩い光に包まれて──…







「……ん…」


 あれ…私、いつの間に眠ってたのかしら。カーテンが朝日に照らされて、淡く光っている。


「う~ん…」

「ジャンヌ…?ふふ、一緒に寝てくれたの?」


 どうやら私達は、手を繋いで寝ていたらしい。そっと手を離し、私はベッドから降りた。



「はあ…いい風…」


 窓を開ければ、早朝特有の空気が全身を撫でる。

 だからかな。なんだか…すごく気分がいい。まるで、長年頭を悩ませていた原因が消えたみたいに。



 ブブブ… ヒラヒラ…


「おはよう、みんなもおはよう」


 周辺の虫が、元気よくおはよう!と言ってくれる。

 さあ…朝からジャンヌと虫に元気を貰えたわ。昨日は王女殿下に心を揺さぶられたけど…



 私はイグリット。彼女の親友、イグリット・ファロンではない。

 トア、ギリアム、ユリシーズも私の体調を気に掛けてくれたので、「もう大丈夫よ」とだけ答える。


 王女殿下は何か言いたげだったけど…話すことなんて、ない。




 ***




「ねえ、ご存じ?数日前…王宮勤めの兵士が5人、一斉に錯乱したんですって」

「ええ、聞きましたわ。朝起きたら、なんの前触れもなく発狂したとかで…。そのうち3人は、間もなく自死されたと」

「1人は外に飛び出して行方不明。残り1人は虚空に向かって謝罪を繰り返し…食事もできないので、このままでは衰弱死してしまうと…」

「でも全員素行の悪い方ばかりのようで、何かクスリをやっていたのでは…と聞きましたわ」



 あら…物騒ね。今日の授業が終わり、帰り支度をしていたら女生徒の噂話が耳を掠めた。



「…なあトア、お前なんかした…?」

「ん?なんだいギリアム、人聞きの悪い。()()()は何もしてないよ?」

「……そか(まあお前が動くとしたら、十中八九イグリットの為だろう…)」



 トアとギリアムも小声で何か言っている。内緒話かな?


 兵士…か。()の命日は…いつなのかしら。

 大丈夫…よね…?死の未来は回避したはず。何も怖い事は無い…!



「…ん?」


 教室の窓から外を眺めると…青い髪の、若い男性が立っているのが見える。王室騎士の制服を纏い、剣を携え…え?



「ひっ…!!」

「イグリット?」


 あれは。王太子殿下の親友で。屋敷に押し入って来た際…私を拘束して、連行した騎士。

 ブラッド・マスグレイヴ…!なんで、なんでここに?嘘、本当に私を捕まえに来たの…!?


「落ち着いて、イグリット。深呼吸…僕の目を見て」


 っ!トアが、私の両肩を強く掴み。視線を合わせて微笑む。

 そう…そうよ。何も恐れる必要は無い。私は堂々と、背筋を伸ばしていればいい!!



「イグリット!?あの男も…貴女の敵なのね…?」

「よし、殴ってくる」


 突然眩暈を起こし、トアにもたれる私を友人が心配してくれる。指をボキボキ鳴らしてゆっくりと立ち上が…やめてね。

 彼は王女殿下辺りに用があるのかもしれない。そうよ、私は関係無い!



 それでも不快なのは変わらない。あの騎士は、殿下の命で私を捕まえただけだとしても。

 他の人と同様に…アウロラに惚れ込んでいたのも事実。

 アウロラの嘘泣きに騙されて…私の首に剣を突き付けた事もあったわね。「彼女に何をした!こんなに泣いて…!」ってさ。ヒーローにでもなったつもりかしら。


 マスグレイヴも…好きな女の為ならば、騎士道精神を捨てて淑女に危害を加える男なのよね。

 関わりたくない。顔を合わせないよう、寮に帰ろうとしたら。




「誰か!手を貸して、人が…!」


 ?廊下が騒がしい。4人で顔を見合せ、教室を出る。

 数人が集まる一角に、男子生徒が横たわっている!?無視も出来ないので、その誰かに駆け寄ると…そこにいたのは。



「ユリシーズ…?」



 私は心臓が大きく跳ねて、頭が真っ白になった。

 なんで、そんな所で寝ているの。

 私の問いに、彼は何も答えない。


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