学校生活
不安だらけの学校生活も、トア達のお陰で普通に過ごせている。
ただ…あちこちに、かつて私を嘲笑した人がいるから。私の大切な人以外は全て、動く人形だと自分に言い聞かせ。どうにか心の均衡を保っている。
「あの、獣人の皆様は、どうして常にマスクをしていらっしゃるの?去年の方々はそんな事無かった…って先輩が仰ってましたの」
とある日の休憩時間に、女生徒が私に訊ねる。獣人に声を掛けるのは怖いのか、大体こうやって私を媒介して交流する。
どうして…正直に言っていいのかしら?と躊躇っていたら、ギリアムが答えた。
「んー。生徒の中に、人間にゃ分からん獣人が嫌う匂いを発してるヤツがいんだよ。学校全体に漂ってて…特定できねぇんだけど。去年いなかったって事は、今年の1年だろうな」
「そうなのですか!?やだ、私平気かしら…!」
と…彼が上手くぼかして説明してくれて、マスクの件は広まった。ついでにもしかして自分かも!?と怯える生徒は、私達に近付かなくなった。
生徒間で情報共有をしているのか…トアとギリアムが寮では外しているのに、ジャンヌは自室以外では着けているのも噂され。
臭いの元は1年生女子…というのまでは特定された。
「もう本当、オアシスは寮の談話室と部屋だけよ!ここにはイグリットのいい匂いが充満してるもの~」
はは…ジャンヌ。私の枕に顔を埋めるのは…やめて欲しいかな…
***
「あ、ユリシーズ。男子は今から体育よね?」
「おう、俺は見学だけどな」
女子は音楽なのだけれど、必須ではない。半数程は男子の見学に行く…私とジャンヌもね。
廊下を歩くユリシーズを発見したので、一緒に運動場へ向かう。
ユリシーズは心なしか、顔色が悪いような…
不安になり、杖を持っていないほうの腕を組んだ。
「これ浮気にならないか…?トアに睨まれそう」
「平気よ、トアも知ってるし。ジャンヌもいるから、変に誤解するお馬鹿な人もいないわ」
トアは珍しく、ユリシーズに関しては何も言わない。看護だって認識しているのかしら?
「あら、やあねえイグリットったら。旦那がいるとか言って、ユリシーズにも色目使って!尻軽って言うのかしら、はしたなーい」
「「「……………」」」
いた。変に誤解するお馬鹿が。
わざわざ手下を連れて廊下を塞いで…アウロラはこうやって、度々私に突っかかってくるのだ…
「いや貴女のお尻は重すぎるわよ。軽さで言うなら、イグリットを見習うべきよ?」
「な…っ!!」
それもまあ、ジャンヌにこうやって言い負かされている。容姿を茶化すのは良くないけれど…毎回上手いこと言うから、つい感心してしまうのよ。
手下も堪えきれず小さく吹き出し、アウロラに睨まれて慌てて取り繕っている。
「ふんっ!!!」
アウロラは、ドスドス足音を轟かせながらその場を離れる。何しに来たのよ…
テオフィルが私を一瞥したけれど、足取り重くアウロラを追った。よし、もう忘れよう。
「あっ、いたわトア!」
男子は今からサッカーみたい。獣人の2人はバランスを取る為別チームね。当然私はトアの応援!
「ふふ、トアなんてギリアムがやっつけちゃうんだから!」
「む!負けないわよ〜…!トア、頑張ってー!」
ユリシーズ、私、ジャンヌの並びでベンチに座り。頑張れー!と声を出す。
「見ろよレア。負けねえぞ!」
「トアだからね。僕はイグリットの応援があれば、最強なんだから!」
お、2人は火花を散らしているわ。
「……………」
日傘を差しているユリシーズが…穏やかに微笑んでいる。その視線の先は私。少し…照れるじゃない。
それを誤魔化す為、応援に集中する。
「ボールいただきっ!」
「あっ!」
「あー!」
「やったぁギリアムっ!そのままゴールよーっ!!」
トアがボールを奪われ…ゴール!あー、先制点取られたー!!
それからも一進一退のゲームが進み、授業の残り時間は5分!トアチームが負けてる…!
「ふふ、イグリット。どうやらギリアムの勝ちみたいね!」
「ぬぬぅ…!」
もちろんギリアムも大切な友達だけど。悔しいい!!
……よし、ここは…!
「頑張って!その…あなたっ!!」
「………………」
結局恥ずかしくて、あまり使わない呼称だけど。あなたー、ファイトッ♡
一瞬動きが止まったトアだけど…目に炎が宿った!!
「うおおおおおっ!!!」
「何いっ!?やるじゃねえか、トワ…!」
「愛する妻の前で、僕は負けないっ!!!それとトアだから!!」
「きゃーーーっ!あなたっ、格好いいー!!」
「ギリアムーーーっ!!しっかりしなさいっ!!」
きゃあ、きゃあっ!サッカーのルールはよく分からないけど、トアは敵をどんどん抜いていくわっ!ギリアムも抜け…ゴール!!
ゴールの度に、女子の歓声が上がる。中には…大はしゃぎする私を驚きの目で見る生徒もいる。
だって私、人間相手(ユリシーズ除く)には無表情で無感情だもの。演技じゃなくて、どっちも私の素顔よ。
だから、他人にどう思われても構わないわ。
それにしても…これで同点ね。さあ…勝つのはどっち!?
「ふ…ギリアム。勝たせてもらうよ!」
「やってみろ…!オレは勝って、ジャンヌにキスしてもらう!!」
「え?ちょ…何決めてんのよっ!?」
あら、ジャンヌ顔真っ赤。…まさか。
「貴女達…最初以外キスしてないの?」
「…………」こくん
あら…あらら…?やだわ、私のお節介スイッチが入っちゃった♡
「ギリアム頑張ってー!!!」
「え、オレ?」
「イグリットーーー!?僕の応援はっ!?」
ごめん、今だけ私はギリアムの味方!するとジャンヌも声を張り上げる!
「トア、負けんじゃないわよっ!!」
「なんで応援が入れ替わってるの…?」
「さあ…?」
けれど…応援も虚しく、鐘が鳴る。結局同点かー…残念。
「もうっ、イグリットったら!」
「ごめんなさーい」
「心込めなさいよっ!」
ジャンヌは怒ってる顔も可愛いわね。っと…騒がしかったかしら。
「ユリシーズ、うるさくてごめんね」
「何謝ってるんだ?お前の生き生きする姿を見れて、俺も元気を貰ったよ」
そう…なの…?
もしそれが本当なら。いくらでも…元気を分けてあげたいのに…
***
今度は女子の体育の時間!ただし男子の見学は禁止なのでいません。
「女子はテニスですって。ジャンヌ、勝負しない?」
「あら?手加減しないわよ!」
「ふふ、私だって短期決戦なら負けないわ。それに球技は繊細なのよ、力技だけじゃ勝てないわ」
「言うじゃない!」
更衣室で着替えながら、談笑していたら。
「はあ、はあ、ふはぁー…」
「「……………」」
後ろから…荒い呼吸が聞こえる。犯人はアウロラ…なんで着替えだけで息切れてるのよ。着替えだって付き人に手伝ってもらってたのに…
体を温める為、運動場を1周。軽く終わらせると…
「げほっ、ぜ…ぜひゅ…っ」
「「……………」」
アウロラが息も絶え絶え…令嬢達も苦笑いだわ…
「ねえ…あのお2人、腹違いの姉妹なのでしょう?」
「ええ。だというのに…ねえ?」
「どうしてああなってしまったのか…」
聞こえてるわよ、そこの陰口。入学して半月…こうして私とアウロラを比較するような声をしょっ中耳にする。
全て私を持ち上げ、アウロラを下げるものだけど。なんと言うのか…幸せを自慢する気はあっても、復讐するつもりは無かったのに。向こうが勝手に転落しているような…
「あ…イグリット…」
「……………」
先生に発表された組み合わせは…私VS王女殿下。
別に…相手が誰でもいいわ。さっさとコートに立ち、殿下のサーブでゲームが始まる。
「…行くわよ!」
「…どうぞ」
ひゅっ… ばしっ!
「!」
速い…なんのっ!
「………!」
「……く…!」
パコン バシッ! パンッ
殿下…上手い!負けるか…!
「…そいや!」
「えーい!」
「おりゃーっ!!」
「やあっ!!」
なんだろう、汗を流しているからか…心が穏やかになっていく。
こんな風に殿下と競うの…何年振りかしら?確執も忘れ…ただただ、1つのボールを打ち合う。
「あっ!」
「やったあ!!私の勝ちね、ルーシャ!!」
「ぐぐ…!次は負けないわ、イグリット!!」
ふふん、次だって負けないわ!
「「……あ」」
私今、なんて?まるで昔のように…ルーシャと…
「……っ!!」
「あ、イグリット!?」
違う…違う違う違う違う違う!!!
私はラケットを叩き付け、運動場から逃げた。ジャンヌが追い掛けて来る…彼女に構う余裕もなく、トイレに駆け込んだ。
「う…!げほっ、おえ…」
気持ち悪い…自分が気持ち悪い!!!全てを吐き出し、フラフラと個室を出ると…ジャンヌが涙目で立っていた。
「イグリット、酷い顔色よ!今日はもう帰りましょう」
「…あり、がと…」
ふわりと私の身体が浮く、ジャンヌに横抱きにされているんだわ。
私のほうが重いだろうに、獣人ってすごい。軽やかに走って、部屋まで連れて行ってくれた。
「私、トア達に報告とカバン取ってくるわ。寝ててね!」
「ごめん…」
パタン たたた…
部屋に静寂が訪れる。私は…さっきの私は。
あろう事か、ルーシャをかつての親友のように錯覚した。
「馬鹿ね…イグリット。彼女が私に何をしたのか、忘れてないでしょうね…!?」
そうよ、彼女は悪魔のような女なのよ。だけど…
「それは…あのルーシャじゃないわ。あのルーシャは、何もしてないもの…」
違う!!!同じルーシャよ、同じ場面なら間違いなく私を貶めるのがルーシャという女なのよ!!
「分かってる…分かってるわよ…」
私は…弱い。
彼女を許せないのに…心底恨む事もできない。
ああ、いっそ。彼女が私を憎んでくれていれば、よかったのに。
私はもう、自分の心も分からなくなってしまって。
ただひたすらに、涙を流し続けた。




