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死にたがりのイグリット  作者: 雨野
本編 第1章
10/36

小さき者の王



「ぅ…まぶし…」


 カーテンの隙間から覗く陽光に瞼を刺激され、目を開けると…


「おはよう、イグリット」

「っ!!お…おはよ…」


 トアの整った顔が飛び込んできて、心臓が大きく跳ねた。なんで私の部屋に!?



「ああ…これからは毎日愛しい君の寝顔を見れるんだね」

「え?」

「結婚式はいつにする?僕はもう成人してるし、君の誕生日と同時がいいかな?」

「へい?」

「あ、でも…君の誕生日と結婚記念日、毎年纏めて祝うのはやだなあ。大切な記念日はしっかり分けておきたいし…うーん」

「ちょっと待って?」

「うん?」


 トアは輝く笑顔で私を見つめる。


「あの…結婚て…」

「僕と君は番になったんだから、当然でしょう?お祝いは早いほうがいいよね、けど式の準備期間が足りないかな。

 君のドレス、僕の礼服、招待客…」


 …昨夜のは、夢じゃなかったのか…!

 じゃ、じゃあ、私は自分から…トアに迫ったの!?はしたない、恥ずかしい…!!


 いやあああ!頭を抱えてベッドの上をゴロゴロ往復する。

 が。がっちり捕まった。



「え、まさか覚えてないの?」

「覚えてるわよ!」

「そっか、よかった。もし忘れてたら…」

「忘れてたら…?」


 なんだかトアの笑顔が黒い。

 ごくりと喉を鳴らして、続きを待ったが…


「……ふふふ」

「おほほ…」


 なんか…雰囲気変わってません?貴方。

 って顔が近付いてくる!?


「何々っ、どうしたの!?」

「え、おはようのキスだよ?」

「〜〜〜っ!?」


 さも当然のように、トアは唇を重ねた。


「真っ赤になっちゃって…可愛い。

 でもその顔、僕以外の男に見せちゃ駄目だよ?特に人間の男だったら…僕は…」

「ぼ…僕は…?」

「何をするか…分からないよ?」

「おひゅぅ…」



 ドサ…


「「ん?」」


 何か物音が。2人で発信源、扉に目を遣ると…


「………………」


 パールが…床に座り込み、口元に手を当ててプルプル震えながら、こっちを凝視してる…!

 って今のキス見られた!?待って、話を…!



「旦那様ーーー!奥様ーーー!!みんなぁーーー!!!

 お嬢様と坊ちゃんが番になりましたーーー!!!」

「でえええええっ!!?」


 そっか、獣人は匂いで番かどうか判るんだっけ!?


「待ってえー!!」

「照れなくていいよ、イグリット。今日中には町のみんなが知るところになるよ」

「イヤァーーーッ!!!」


 急いで廊下に出たが…パールの姿はすでに無く。

 屋敷中から…みんなの声が上がっ……



 てててて…ひょこっ


「お嬢様、坊ちゃん、おはようございます。

 さっきパールに聞きましたけど、ご婚約なさったんですね!?おめでとうございます〜!」

「ありがとうエマ」

「……あり…がと…」


 も…どうにでもなれだわ…




 *




「えーと…おめでとう2人共」

「おめでとう」

「ありがとう伯父さん、伯母さん」

「ありがと…」


 すれ違う人全員に満面の笑みで祝福された…

 朝食もみんなの生温い視線が気になって、味なんて分かんないわよ。


「それで伯父さん、僕達の結婚式なんだけど」

「待て待て待て。

 まずお前の両親に報告、国にもな。貴族の結婚は国王の許可が必要なの、知ってるだろう?

 番になった以上反対されることはないが、形式的なものだからな」

「ちぇー」


 トアは不満気に眉間に皺を寄せて、私にパンを食べさせてくる。


「はい、あーん」

「あーん…自分で食べられるわ…」

「いいの、僕がしたいの」


 お願い会話をして。


「それと今日から寝室一緒にするから」

「はい?」

「「「いや駄目だろ/よ/ですよ」」」


 何言ってんのこの人?

 ダイニングにいる全員に総突っ込みを食らい、トアは膨れっ面だ。


「ぐぬぬ…仕方ないか。でもおはようからおやすみまで、僕だけを見てね?」


 つまり…毎朝1番に挨拶して、毎晩最後に挨拶するのね?


「ねえお父様、獣人の番ってこういうもの?」

「ははは、安心していいよ。トアが異常なだけだから」


 安心要素皆無ですが。

 食後お茶を飲み、私はトアに引き摺られて部屋に戻る。



 先が思いやられるけど…彼と番になると決めたのは自分だし、本当にトアのことは好きだもの。

 ベッドに並んで腰掛け、私はトアの尻尾をぎゅっと抱き締めた。これからは堂々とモフれるのね!


「うーん自分の尻尾に嫉妬しそう。

 それより…ちょっとイグリットと2人にしてくれる?」

「はーい、かしこまりました」

「トア様、エロいことすんじゃねーですよ」

「しないよ!ほら出てって!」


 エマとサファを追い出し、トアは真剣な顔で私のほうを向いた。

 先程までの朗らかな笑顔はなく…


「トア…?」

「……イグリット」


 彼は今にも泣きそうなほど、傷付いた表情をしている。

 眉を寄せて唇を噛み、拳を震わせて…私を正面から抱き締めた。


 私はそれを受け入れ、ベッドに一緒に転がった。

 重くて苦しいのだけれど、なんだか安心する。



「……ごめんね。僕は君の過去を覗いてしまった」

「は…?」


 言葉の意味が分からず、呆けた声を出してしまった。


「僕の異能、知ってるよね?」




 異能。

 それは…限られた人のみ持つ、生来の才能。

 その数は100万人に1人と言われるほど少なく、神から与えられたと言われる特別なもの。


 例えば手を使わず物を動かす念力(テレキネシス)、肌に触れた他人の心を読む読心(テレパシー)

 全ての怪我や病気を治す治癒師(ヒーラー)、といった素晴らしいものから。

 明日の天気が百発百中…といったものもある、千差万別な能力。

 同じ時代に同じ能力は出現しないので、まさに唯一無二の存在となる。



 判明するのは生まれて100日後のこと。

 それぞれの地域にある神殿で、祝福を受ける際神殿長に神託が降り…告げる。


 中には魅了(テンプテーション)のように危険な能力者もいる。古代では、1人の女性を巡って大陸が滅んだという言い伝えも存在する。


 実は私…アウロラは魅了の異能者じゃ?と疑ったことがある。

 だが危険な異能の場合、判明したその瞬間能力封じのアミュレットを装着されるのだ。

 拒否するのであれば…神殿の奥深くに監禁される、合法的にね。

 監禁してなるべく長生きさせれば、その間同じ能力者は生まれない。両親はその場で処刑される。


 アミュレットは死ぬまで外せない、という概念が付与されているもの。逆に言えば、無理に外せば絶命する。

 だからアウロラが異能でみんなを操っていた可能性は無いに等しいわ。




 異能者にはもう1つの名前、異名を与えられる。

 トアは数少ない異能者だと以前聞いた。確か…


「僕の異名は『夢の旅人』。能力は…他人の夢に入り込む【夢渡り】。そこまで言えば、分かるよね?」

「……まさか、昨夜。私の夢を…」

「ごめんね…君があまりにも魘されていたから」


 ドクン… と心臓が嫌な音を立てる。


 あの、夢を。

 祠の前で泣き叫んだ、いや違う。


 回帰前の未来を…見られた……!?



「君は…未来を1度経験しているんだね」

「……あ、あ……ぁ…」


 全身の血の気が引き、寒気に襲われる。

 知られた…!よりにもよって、トアに…!


「や……いや…!あ、はあ、はあ…!」

「イグリット!」


 ぎゅううう と彼は腕に力を込めた。

 痛い…けど。少しだけ冷静になれた…



「………幻滅、した?」

「しない、する訳ない!!君の心が傷付いているのは知っていたけど…僕なんかの予想を遥かに超えて、君は苦しんでいたんだね…

 あの地下牢で、君への仕打ちを目の当たりにして…腸が煮える思いだった。だけど僕は見てることしか出来なくて…!!」


 トアの両目から零れる大粒の涙と共に、私の心も洗い流されていく気がした。


「殺してやりたい…君を貶めた全てを、傷付けた者達を!!!」

「駄目よ…この世界ではみんな、何もしてないもの…」

「関係ない、許せない!!!だから…!

 この国に来てくれてありがとう。僕と出会ってくれてありがとう。

 これからは僕が守る、絶対に。君は幸せになるべきだ…そうならない世界なんて認めない!!!」

「……うん。うん…貴方が私を幸せにして。愛してるわ、トア」

「僕も愛してる。ねえ…イグリット」

「なあに?」


 トアは私の上から降りて横になり、昨夜のように抱き合った。

 私も涙を流し、目を見つめる。



「お願い、僕より先に死なないで。

 僕は君のいない人生なんて耐えられない。君がいなくなったら、僕は壊れてしまうよ」

「ふふ…酷いわトア。自分は耐えられないのに、私に押し付けようだなんて」

「あ…いや、そんなつもりじゃ…」

「私だって、貴方のいない世界なんて嫌。だから…

 2人で人生を謳歌して、お爺ちゃんお婆ちゃんになって。思い残すことが無くなったら…私が先に死んでやるんだから」

「やだよう…」



 彼は成人男性だというのに、幼子のようにイヤイヤと首を横に振る。でも私も譲れないわ。だから…



「じゃあ…一緒に死ぬ?」

「……うん。そうしよう。でも僕のほうが1秒でも先に死ぬからね」

「ふふ…仕方ないわね」


 約束よ?そう言って私達は小指を絡めて笑い合った。





 *





 お昼過ぎ、私達は昨日の祠へやって来た。

 今度は町の子達ではなく、お父様と一緒に。


「へえ…こんな場所があったんだ」

「天然のステージみたいよね」


 お供物として、リンゴや桃といった果物を置く。

 胸の前で手を組み祈る…これからもテルトラントをお守りください。



「ねえイグリット、聞きたいんだけど…

 君、もしかして異能者じゃない?」


 帰り道、トアが控えめに訊ねてきた。


「私は何も無いわよ?」



 ちなみにだが、トア以外に1人だけ異能者の知り合いがいる。

 それはユリシーズ。彼は【空中浮遊】能力者で、『天空の覇者』と呼ばれているわ。


『いつかおれが大きくなったら、お前を抱えて空を飛んでやるからな!』


 と言ってくれていた。その日は来なかったけれど…



「うーん…伯父さん、後天性の異能ってあるかな?」

「俺の知る限りでは存在しないが…どうして?」


 トアは何を言いたいのだろう…顎に手を当てて唸っている。


「あの…イグリットは【蟲使い】の異能者だと思うんだけど…」

「「え?」」


 何その、なんか物騒な能力は…?チラッとお父様を見上げる。


「……確か蟲使いは、ここ数百年確認されていないから…もう廃れた能力と言われている。

 どうしてそう思ったんだ?」


 うんうん、私も聞きたい。


「前々から思ってたんだけど、確信したのは昨夜。

 僕の部屋に…大量の蟻が入って来て…」

「「ヒエ…」」

「いててて!と思ったら腕を噛まれてて。灯りを点けたら、黒い集団が僕のベッドをぐるっと囲っていたんだ」

「「ヒエェ…」」


 想像するだけで怖い。で、それが私とどう関係が?


「なんじゃコリャー!って思ったんだけど。

 僕が身体を起こすと、2列になって移動し始めたんだ。

 なんとなくついて行くと…イグリットの部屋の前に着いた」

「私の、部屋?だからか…」

「しかもそこにはご丁寧に、部屋の鍵を持った蟹がいて」

「かに…?」


 なんで蟹。疑問は募るばかりだけど、まずトアの話を全て聞こう。


「それで、中から魘されてる声が聞こえてきて。

 悩んだんだけど…その鍵を使って入ったんだ、ごめんね」

「それはいいけど…」


 結果的に、私は救われたのだし。



 朝になってから気付いたのだけど、男性恐怖症が見事に無くなってたのよね。

 ヴォルフに近付いてもなんともなくて…自分でも不思議だった。


 何があっても、トアが守ってくれる。そう…安心しているからかも。



 両親には詳細は伏せて、私が悪夢に襲われていて、トアが助けてくれたと説明してある。

 だから特に追求はされなかったわ。


「なるほど…それで虫達がイグリットの為、トアに助けを求めたと思ったんだな」

「うん」

「はい質問。蟹は甲殻類よ?」


 仮に私が蟲使いとして、蟹は関係無いのでは?

 答えをくれたのはお父様。


「そこは神学の分野になるね。

 世界には様々な神がいるけど…生き物の神は『人の神』『獣の神』『虫の神』と3柱いる。

 人は人間・獣人を守護する神。

 獣は人以外の脊椎動物。

 虫は無脊椎動物…つまり。

 蟲使いは、無脊椎動物全てを操る異能なんだ」

「………へー?」


 なんか…地味ね。

 ところで蟹はどこからどこへ?


「ああ、厨房から逃げたらしくて。今日のディナー用なんだけど、自分で戻って行ったみたい」

「蟹さーーーん!!」


 私の恩人(恩蟹?)が!!

 いつの間にか森を抜けていたので、ダッシュで屋敷に帰った。




 *




 蟹は鍋にイン寸前で救出成功。

 なんだか可愛く思えてしまって…飼うことにした。


「部屋に水槽があるって変な感じね。よろしく、みそちゃん」


 ズワイガニのみそちゃんは、水槽からハサミをシャキーン!と突き上げ返事をした?



 翌日神殿に行ってみたわ。一定額の寄付金を払えば祝福は何度でも貰えるの。

 付き添いのお父様は後ろに待機、私は祭壇の前に膝を突いた。


 神殿長が私の前に立って頭に手を乗せ、祝詞を唱えると…本当に神託が降りた…



「其方は選ばれし使徒の1人。授けし力は【蟲使い】…『小さき者の王』である」

「ありがとうございます…」


 みそちゃんとか全然小さくないけど…

 その内容に、控えていた神官達が騒ついた。


「……ふぅ…

 イグリット嬢、貴女は素晴らしい力を授かった。

 しかも後天性のもの…虫の神イリエトビス直々に」

「そうなのですか…?」

「左様。蟲使いは…非常に脅威である。千年前であれば、封じられる対象でもあった」


 え。地味〜とか思ってたけど。

 考えてみれば毒虫を操って暗殺とか…怖いわね?


「だが我々はイリエトビス神を、同志であるイグリット嬢を信じている。

 どうかその能力を、違えぬよう使ってほしい…」

「はい、虫の神イリエトビスに誓って」


 私の返答に、神殿長がほっと息を吐いた気がした。




「まさか本当に異能が…」

「大丈夫さ、イグリットなら正しく使える」

「お父様…ありがとう。尻尾が痒くなったらすぐ言ってね」

「ノミはいないから…」


 帰り道、お父様と一緒に馬に乗りゆっくり歩く。

 どうして神が私に異能を、とか考えるけど。


 神々の思考は人には理解できない。気まぐれで、残酷な存在だもの。


「ま…折角だから勉強してみるわ」

「そうだね。異能は使えば使うほど、成熟して能力も強化されるらしい。

 いずれ虫達と意思の疎通が出来るようになるかもよ?」

「それはちょっと面白そうね…」



 お父様の尻尾を撫でながら、夕日に続くトンボを眺めた。



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