光の道標
島に来て早数年、14歳になった。
これまで私は食べて寝て遊んで、ちょっと勉強して遊んで食べて…
結果どうなったかと言うと。
「さあ行くわよ!今日は南の森を制覇するわ!!」
「「「イエス、マム!!!」」」
子供達のボスになっていたわ。
キリン少年のキリエ、狸少女のターニャ、熊少年のマイク、ヤギのヤンと羊のヒルダ兄妹、人間の女の子アンナ。
そして…1年前から一緒に住んでいるリス少年のトア。
トアのメイドで白猫少女サファ&従者の黒猫少年ハル姉弟。
私のメイド、エマ&パール。
今日も今日とて彼らを連れて、私達は冒険に行くのだわ!!!
「ふふ…元気になってくれて嬉しいわ」
「そうだね、元気になりすぎな気もするけど」
「ええ、ちょっとアレだけど…うふふ」
両親も私の変化に喜んでくれている。今はもう、自殺願望なんて無いから安心してね。
微笑むお母様のお腹は大きく膨らんでいる。
そう…私に弟か妹が出来るのだ!
嬉しいけど妹だった場合…愛せるかという不安がある。
腹違いの妹アウロラ。
私の人生を狂わせ、死に追いやった張本人。
彼女だけではなく、多くの人が私を裏切った。
今は王国の伯爵家から1年に1度手紙や贈り物が届く。
その中にユリシーズの手紙も入っていた。
まだ開けられないけど…大切に取っておく。
沢山遊んで食べて、私はとても健康になった。
それなりに筋肉も付いたし、足の速さなら獣人にも匹敵するわ!体力は劣ってるけど。
日焼けもして最早公爵令嬢の跡形も無い。でも……
元気になって、感情を取り戻すにつれて。
地下牢での拷問じみた行為を思い出し、吐いてしまう時期もあった。
特に体格の良い男性は駄目…近付かれると恐怖で足が竦む。
あの時は抵抗する気力もなかったけど、無理矢理組み敷かれる感覚を忘れられない。
私の男性恐怖症を理解してくれて、男性の使用人は私に近寄らない。平気なのはお父様と…子供だけ。
「イグリット?」
「あ…ごめん、ぼうっとしてたわ」
トアが心配そうに眉を下げて、私の肩を叩いた。
なんだか照れくさくて、すす…と距離を取る。
実は最近…彼にどう接していいのか分からない。
彼はよく私の腰や腕に尻尾を巻き付けるのだけど。それが…求愛行動だと知ってしまった。つまりトアは、私を…!
人を好きになるのが怖かった。でも…獣人は絶対に伴侶を裏切らないと知っている。
私はトアが好き、だと思う。優しいし可愛いしモフモフだし…
同時に、彼が獣人だから好きなだけなのでは?とも思う。それを望んだのは私なのにね…
そんな醜い感情を隠しつつ、私達は南の森へやって来た。
ここは子供達の遊び場でもあるほど安全な小さい森。
12人の大所帯、先頭は私で殿をトア。全員お揃いの迷彩服でずんずん進む。
まあ護衛も前後にいるが…大人はノーカン。
「うーん、前回どこまで行ったかしら?」
「沢までですねぇ。今日はその向こうを目指しましょー!」
私の後ろ、ターニャが張り切って拳を突き上げる。
元気よく歌を歌いながら、森の中の沢にやって来た。
真夏だというのにここは涼しい…水に足を浸して休憩ターイム。
「みんな、お水飲むのよ」
「「「はーい!!」」」
持参した水筒で水分補給。ふぅ…
キラキラと輝く水、子供達のはしゃぐ声。鳥の鳴き声…落ち着く…
どれもこれも、王国では決して得られないモノだわ。
「疲れた?」
「ん…少しね。まだまだ大丈夫よ」
「そっか、無理しないでね」
トアがすぐ隣に腰掛けて気遣ってくれた。
チラッと横を見ると…
「?」ニコニコ
「!!」バッ!
なんで、私をじっと見てるのよ!
あ、また…彼の尻尾が私の頭を撫でる。
その温もりに、胸がドキドキして顔が熱くなる…!
「イグリット、顔赤いよ?もしかして熱でも…!」
「っ!さあみんな、出発!!」
彼はそっと額をくっ付けてきて…吐息が交わった。
恥ずかしさに耐えられない私は立ち上がり、出発の準備をした。
「大丈夫かな…」
「トア様。レディに何しやがりますのー」
「サファ?僕何かしちゃった?」
「しちゃいましたね。でもまあ、いい傾向だと思いますが〜」
「?ハルまで…」
浅い部分を選び、まず騎士が先に行く。
「うん、ここは平気ね。お嬢様、お手をどうぞ」
「ありがと」
彼女は私の護衛、狼女性のルプス。
ちなみにもう1人はトアの護衛、狼男性ヴォルフよ。
渡っている途中…足下に沢蟹発見。
「ごめんねカニさん、通らせてもらうわ」
そう声を掛けると、沢蟹はサササといなくなった。
にしても…
「この森って虫はいないのかしら?」
特に虫除けもしてないのに、全然刺されない。薬は持ってるけど、今まで使ったことないわ。
だけどみんな、いつもは服の中まで痒くて大変!と声を揃えて言う。
まあ…刺されないんだからいっか!と思考を切り替え奥に進むことにしたわ。
目的地も無く、ただ歩くだけなんだけど…とても楽しいわ。
樹齢を重ねた大きな木、綺麗な水辺、古い小屋。発見する度に、みんなで目を輝かせる。
「「「おぉー!」」」
沢を通過して数十分…開けた場所に出た。
そこだけぽっかりと穴が空き、木漏れ日がスポットライトのように照らしているわ。
その中央に小さな石の祠があるのが、神秘的な雰囲気を醸している。
「……?こんな場所あったかな…」
ルプスとヴォルフが首を捻っているけど、どうかした?
「いえ…俺達はもう30年近くこの地に住み、幼い頃よりここを遊び場にしておりました」
「制覇したと思っていましたが…このような祠は初めて見ました」
「そう、なの?」
じゃあ新発見ね!と思い、歩きながら作成している地図に書き記した。
さて、祠というには神様が祀られているはず。
「失礼いたします」
一礼して…ひょこっと中を覗いてみる。そこには木人形も石像も何も無かった。
なのに…何故か心惹かれる。
「……イグリット?」
「あ…っ」
暫く見つめていたが、トアに肩を揺らされて正気に戻る。
「……また明日、お供物を持ってきましょう」
「うん、いいよ。じゃあ今日はもう帰ろうか」
これ以上遅くなると、家に帰る頃には暗くなってしまう。
目印を頼りに森を出て…それぞれ帰路に着く。
「それでね、小さな祠を見つけたのよ」
「まあ、すごいじゃない」
今日の出来事を話しながら夕食を楽しむ。お母様も笑顔で聞いてくれるわ。
お父様も祠は初耳らしいけど、そんなこともあるわよね。
「そうそう、来月はみんなで首都に行くよ」
「首都…?」
実は私、まだ首都に行ったことが無い。
ここ…お父様が治めるテルトラント地方から出ていないのだ。
「何をしに行くの?」
「君達の成人式だよ…」
「………あっ」
島の成人は15歳で、今年誕生日の人はまとめてやるんだった!
トアは春生まれだからすでに15歳、私は秋生まれだからもう少し先。
で、平民はそれぞれの地方で…貴族の子は、王宮で成人式が行われる。
そっか気候のいい秋にするんだっけ。ドレスも作っているというのに、忘れてたわ。
「首都までどのくらい掛かるのかしら?」
「馬車で休憩を挟みながら3日だね」
そっか…ちょっと楽しみだわ。
***
その日の夜…私は寝付けず夜中に起き上がった。
なんとなくカーテンを開けると…
「わあ…!」
思わず感嘆の声を漏らす。
窓の外に…ホタルがたくさん…!
「でもおかしいわ、この近くに川は無いのに…」
不思議ではあったけど、美しい光景に全てどうでもよくなってしまった。
もっとよく見たくて窓を開けると、ホタルが入って来た。
「え、え、え」
そして私の頭に、肩に、服に止まる…
『……ねえイグリット。虫さんって…どうしてすぐに死んじゃうんだろうな』
……?何、なんか…
頭に、誰かの声が響く…
『寿命だからよ』
『でも、セミさんなんて…何年も土の中にいて、どれだけ長くても1ヶ月しか自由じゃないんだから』
『んー…』
無意識に手首を撫でた。
…そういえば8歳、だったかな。
私はユリシーズと一緒に…ホタルを見に行った。キッドマン家の近くに、生息地域があったんだ…
私達は手を繋ぎ、キラキラ輝くホタルの群れに突っ込んだ。
そこで彼は、虫の寿命を嘆いたのだ。
『わたしはそう思わないわ』
『え…そうなの?』
『セミもホタルも…決められた時間を精一杯生きて、輝いて、出会い、子孫を残して死んでいくの。それを人間が可哀想なんて言うのはゴーマンだわ』
『???えーと…つまり?』
『つまりー…
例えばね、千年生きる生物がいたとして。「人間は80年、頑張っても100年ちょっとしか生きられないなんて可哀想だなあ」って言われたらどう思う?』
『可哀想なんかじゃないぞ!おれ達はたっくさん生きて、お爺ちゃんお婆ちゃんになるんだから!』
『そういうことよ』
『あ……そっか…』
そうだ。そんなことがあった…
彼はその後…私の手を引いて、ホタルから離れた。
『おれ達が邪魔しちゃいけないな。ホタルさんは今が旬なんだから』
『それちょっと違くない?』
「ふふっ……え?」
ふと…自分の頬が濡れていると気付いた。
なんで…こんな。
もう戻らない思い出が悲しい…なんて。
「……ユリシーズ。私はね、セヴラン殿下にも同じことを言ったのよ。
だけど彼は…「何を言う?千年生きる者などいない。虫の一生が儚く哀れなのは変わらないよ?」って答えたわ」
当時は「まあそういう考えもあるかー」程度にしか考えていなかったけど。
笑っちゃうわね、例え話も出来ない頭の固さに。
と、昔を懐かしんでいたら…ホタルがますます増えた?
出て行きなさい、と言っても通じるはずもなく。
仕方なく窓から外へ出ると、ホタルも一緒に出た。
「……?もしかして、私を呼んでいる?」
ホタルは列をなして飛んでいる。
まるで…光の道のように。フラフラと、私の足はそちらへ動き始めた。
ふわふわ ピカピカ
光の中を、浮かぶように歩いていく。
導かれるがままに、私は南の森まで来ていた。光を辿っていたら、あっという間に着いてしまったのだ。
昼間は太陽光が、夜は月光が祠を照らしている…
「え?」
ただ昼は気付かなかったけど…祠が淡く輝いている。
「ホタルの神様…なんちゃって。…あれ?」
さっきまであんなにいたホタルが消えてしまった。
それだけでなく、虫の鳴き声も風の音もしない。自分の呼吸音と足音のみ響く世界…
謎の高揚感があり、不安はなかった。
ごろん と祠の横に寝転がる。
月が真上にあり…手を伸ばしたら届きそう。
空に右腕を向けると…ユリシーズの爪痕が視界に入った。
同時に…アウロラとの出会いから、私が死ぬまでの日々が…走馬灯のように駆け巡る。
誰もいない…音のない空間で…過去が、私を支配する…!!
ああ…忘れたいのに。もう…なんで、どうして…!
「なんで…っ!!
なんで誰も信じてくれなかったのっ!!!
私は違うって言ったのに、何度も何度も訴えたのに!!!」
こんな激情は初めて…言葉が、涙が止まらない…!!
「どいつもこいつもあんな小娘の演技に騙されてバッカみたい!!!嫌い、みんな嫌い大っ嫌い!!!
アウロラが好きなら、私なんて放っておけばよかったじゃない!!わざわざ苦しめて辱めて…!!あんたら全員性格悪いわ、地獄に堕ちろ!!!
どうせ今頃きゃっきゃウフフと楽しんでるんでしょ、ざけんな馬鹿野郎!!
残念でしたこっちはあんな窮屈な暮らしじゃなくて、すんごい開放的で充実した毎日送ってんだぞザマーミロだわ!!!!」
わあああああん!!と私は叫んだ。
私の心は粉々に壊れ、もう戻らない。
だからこの地で…新しく自分を創った。
公爵令嬢ではない、ただのイグリットを。なのに、それなのに…!!
「どうして!!!アンタ達は今も私を苦しめるの!?
私は逃げずに、復讐すればよかったの!?そうすれば晴れやかな気持ちになれたの!!?
あんな過去忘れたいのに…っみんな消えろおおおおっ!!!!」
────…
「ううゔぅ〜…!」
───ット…
「……え?」
──リット…イグリット
「イグリット!!!」
「ハ…っ!!?」
バッ!!と目を開けると…
「ト、ア…!?」
「イグリット…!よかった、イグリット」
え、なんで。ここは…私の部屋?
トアが、ベッドに横たわる私に、覆い被さり…
滂沱の涙を流しながら、私の名前を呼んでいる。
「なん、で…祠は…?」
「……それは夢なんだよイグリット」
「ゆめ…?どこから…」
「分からないけど…君はずっと、この部屋で眠っていたはずだよ」
それじゃあ…あのホタルも、夢…?
「なんで…トア、は…ここに」
「……ごめん、イグリット」
彼は私の頬を撫でた。
あ…私も泣いてたのね。それに心臓が激しく鼓動して、目が回り全身から汗が出ている。
トアはなぜか謝罪をしながら、私を強く抱き締めた。
その温もりが…傷付いた私の心に入り込んできた。
私達は互いの背中に腕を回し、足を絡めて泣いた。
「……トア」
「うん…なあに?」
「貴方は…私を裏切らない?」
「うん。誓う…君を決して裏切らない」
もう、信じて傷付くのはイヤ。
次にそんなことになったら、私は耐えられない。
「私のこと、好き?」
「好き…大好き。初めて会った時から…
今までずっと一緒に過ごして、想いは膨れるばかりだよ」
「だったら…」
彼の頬に手を添えると…目を細めて頬擦りしてきた。
「だったら…私を貴方の番にして」
「イ、イグリット…!?いいの…?」
「いいよ。私もう…みんなを疑いながら生きるのはイヤ。
誰か1人…絶対に私を見捨てない人がいてくれれば。それで…私は救われるの…」
「待って!あのね…人間にも、君を本心から愛している男がいるんだ。
僕の番になったら…君は」
「他の人なんていらない!貴方がいい!!」
私は身体を起こして、トアを押し倒す形になった。
「……いいんだね?」
「うん…私も好きよ、トア」
貴方が獣人だから、というのは否定しないけど。
島に来てから…いつだって。
両親以上に貴方が、私の側にいて手を握ってくれていた。
トアが体勢を変えて、逆に私を押し倒した。
彼は熱の籠った目で私を見下ろし…ゆっくりと顔が近付き。
私は目を閉じた。
直後…唇に、温かいものが重なった。
暫くして温もりが離れ、寂しさを覚えたが…
猛烈な眠気に襲われて…そのまま意識を手放した。
「……これで君は、僕の番だ。
もう逃がさない。イグリット…ああ、僕の可愛いお嫁さん。
誰にも渡さない。殿下だとか、ユリシーズだとかにも。
君は僕だけ見ていればいい。愛してるよ…未来永劫、ずうっと…ね?」
ヤンデレスイッチ入りやした




