第四十四話 ジェノバ
僕は今、スフォルツェスコ宮殿の玄関ホールで、ミラノ侯爵家の見送りを受けています。
「トキン君、追い立てる様な形になったこと、改めてお詫びするよ。申し訳ない。トキン君のために用意していた、お店のお披露目もかなわなかった。状況が落ち着いたら、必ずまたミラノに来てくれ」
ミラノ侯爵が、僕の肩に手を置きながら言います。
「はい、お義父さま。必ずまたミラノに来ると約束します」
僕はにっこり答えます。
「トキンお兄ちゃん、僕、良い子になる。後、これあげる」
メイドさんに抱っこされた、ステファノ君がドングリを一つくれます。
「うん。ありがとう、スティ。またお庭で遊ぼうね」
ステファノ君の頭を、撫でなでします。
「トキン、何かあったら、すぐ手紙をよこしなさい。何もなくても手紙をよこしなさい。貴方は私の息子なのですから。いいですね」
レベッカ夫人が、優しい表情で声をかけてくれます。
「はい、必ず書きます。レベッカお義母さま」
僕はにっこり頷きます。
「それと、ピッピーノ!クワッド!ここへ」
「「ハッ」」
冷たい表情をまとった、レベッカ夫人に名前を呼ばれ、ピッピーノとクワッドが、声を揃え前に出ます。
「あなた方には、心構えと基礎だけしか、伝える時間がありませんでした。残念です。これからは、エリーゼさんに師事して励みなさい。主であるトキンのため尽くすのです。いいですね」
「「ハッ」」
なにやら、二人がおかしな事になっていますが、無事、別れの挨拶をおえ、馬車に乗り込みます。
スフォルツェスコ宮殿を慌ただしく後にして、まずは港町ジェノバを目指して出発です。
アルプス山脈の最高峰4,810メドルのモンブランが馬車を見送ります。
〜〜〜
二頭立て四人乗りの馬車、フォルトゥーナ号が、南に向って街道を駆け抜けます。
御者席には、僕の家人であるピッピーノとクワッドが肩を並べます。
車内は、後席に僕と、ニコこと、ニコーレ・ミラノ侯爵令嬢が座ります。
ニコは、白色のブラウスに紺色のジャケットを羽織り、白色のズボンに黒革のロングブーツを履いた、動きやすい旅装です。
前席には、僕の専属メイド、エリーゼ。その隣には、ニコの専属メイド、ポーラさんが座ります。
ポーラさんは、五歳くらいにみえる、狐獣人のかわいい女の子です。
きつね色の髪をおかっぱにして、眉上2センチで前髪を揃えてます。
頭の上部にある狐耳と、メイド服から飛び出す、大きなモフモフ尻尾が特徴です。
四人が乗る車内は、自然と会話も弾みます。
「ねえ、トキン。弟のスティだけじゃなく、お母さまとも仲良くなったの」
ニコが、僕を見ながら問います。
「そうだよ。ニコーレお義母さまには、誠意を尽くしてピッピーノとクワッドに、社交マナーを教えて欲しいと頼んだからね」
「ふーん。家族の私からみても、気難しい二人なのに。すごいことよね、ポーラ」
ニコが、メイドのポーラさんに話を振ります。
「はい、ニコ様。奥さまと坊っちゃんは、一定の距離を保って人と接する方です。噂通りトキン様は【天性の人たらし】なのです」
女性陣三人が、ウンウン頷きます。
「いや、そんな【二つ名】みたいに言われても。あまりカッコよくないし」
四人で笑います。
お話していると、フォルトゥーナ号が、速度を緩め停車します。
前方の車窓ごしに、御者席のクワッドが、短い親指を立てて合図します。
「ちょっと行ってくるね。ニコ、一緒に来て」
何もない森の中の街道で、馬車を降ります。
「え、ここで降りるの?」
ニコが、戸惑いながら馬車を降ります。
「トキン様、この森を少し入ったところです」
クワッドの言葉に頷きます。
ニコに笑顔で言います。
「ニコーレお嬢様。これより、あなた様を宝探しの冒険に誘います。何も心配はごさいません。どうか私めの手をお取りください」
慇懃に頭を垂れ、右手を差し出します。
「わかったわ」
ニコが僕の手をとります。
「クワッド、行こう」
弓と矢筒を背負った、クワッドの小さな背中に続いて、糸杉の森を進みます。
「トキン様、この木の根本です」
クワッドが、眼の前の地面を指さします。
「わかった」
僕はマジックバッグから、鉄製熊手を一つ取り出し、ニコにアイコンタクトをします。
ニコは上着のポケットから取り出した、薄茶色の革手袋を装着して、鉄製熊手を受け取ります。
「鑑定」スキルを使い、さらに場所を絞り込みます。
「ニコ、ここを掘ってみて。何か出てくるはずだよ」
未だ戸惑いぎみの、ニコを促します。
「わかったわ、ここを掘るのね」
慣れない手つきで、枯れた小枝を熊手で掻き分けます。
「これは、何かしら」
見つけたようです。
「お見事です、ニコーレお嬢様。オイラが拾います」
クワッドが、土の付いた2センチ程の欠片を拾い上げます。
手のひらに乗せて、ニコに見せます。
奇麗な青の発色があります。
「ニコ、君がみつけた、このお宝がどんな姿をしてるか、お楽しみの時間だよ。じゃ、いくよ『修復』」
クワッドの手に収まる、青色の欠片が、本来の姿を取り戻します。
陶磁器の青いマグカップが現れます。
「銘は【紺碧のマグカップ】効果は保温+30%、価値は3万ゴルドの【古代の逸品】だね。後でニコにプレゼントするよ」
「ええ、ありがとう。でも、先にどんな魔法を使ったのか、説明してもらえると嬉しいわ」
「ははは、ニコに驚いて欲しくて黙ってたんだ」
クワッドのスキルと、僕のスキルを組み合わせた、お宝探しの種明かしをします。
「物語の世界みたいね。エリーゼさんとピッピーノさんも知ってるのかしら」
「もちろん。ただ、メイドのポーラさんや、他の人には黙っていて欲しいんだ」
「もちろんよ。クワッド君も可愛いだけじゃないのね。凄いわ」
クワッドも褒められて嬉しそうです。
短めの尻尾が揺れてます。
「第一回目の宝探しは無事終了だね。じゃ、馬車に戻ろう」
ニコから、鉄製熊手を受け取り、マグカップと一緒に、マジックバッグにしまいます。
三人で馬車に戻ります。
フォルトゥーナ号が、ゆっくり走り出します。
「エリーゼさん、トキンと一緒だと、いつもこんな感じなのかしら」
ニコが、エリーゼに問います。
「はい、ニコーレ様。いつもこんな感じです」
エリーゼが、クスクス笑います。
「慣れるしかないわね。フフッ」
フォルトゥーナ号が、ぐんぐん加速します。
〜〜〜
ミラノ街とジェノバ街の中継地、トルトナ村に入ります。
あまりにも長閑な村で、食事できるか心配しましたが、ちゃんとありました。
『トルトナ定食』
馬車を停め、六人でお店に入ります。
元気な声で、女将さんが声をかけてきます。
「いらっしゃい。この時間、メニューは選べないけど大丈夫かい」
「はい、大丈夫です。それと外の馬にも、お水と飼葉をお願いします」
にっこりでペコリです。
「あいよ。あんた!お客さんだよ。まず馬をみておくれ」
着席して、食事を待ちます。
狐獣人のポーラさんがポツリと言います。
「あの、ここまで馬車の揺れが、ほぼ無い気がするのです」
ニコがクスクス笑って言います。
「ポーラ。トキンの馬車は、これが普通らしいわ。ねえ、皆さん」
エリーゼ達が、首を縦に振ります。
「は〜、そうなのですね。さすが公爵家の馬車、快適でありがたいのです」
「フフッ。ポーラ、いくらヴェネート公爵家の馬車でも、普通に揺れるはずよ。それに休み無しで、こんな距離走れないわ。ねえ、皆さん」
クワッド達が、首を縦に振ります。
「は〜、やっぱりそうですよね。それが普通ですよね。でも・・・」
「フフッ。トキン、説明してもらっても、大丈夫かしら」
僕はにっこり頷きます。
「ポーラさん、馬車の席の下に【古代の逸品】を沢山積んでるんだ。「振動」や「疲労」に効果がある物を中心にね。十個くらいかな」
「え〜と、そんな便利な【古代の逸品】は、各貴族家に一つ有るか無いかで、凄く希少で、う〜ん、でもトキン様は特別ってことなのですね。きっと」
「はははっ、そんな感じかな。あと小さい冷蔵庫も積んでるから、喉が渇いたら遠慮せず言ってね」
「馬車に冷蔵庫!は〜、もう、うん。『トキン様だから』そう思うことにするのです」
「ははは」
ポーラさんの疑問が晴れたかは不明ですが、大きくてモフモフの尻尾が、機嫌良く左右に揺れてるので良しとします。
テーブルに六人分の食事が並びます。
パルメザンチーズのスライスと、厚切りの生ハム、少しのレタスを挟んだライ麦パン。
それに温かいコーンスープが付いてます。
思ったより美味しいです。
皆んなにも好評です。
女将さんが「これはサービスだよ」と言ってハーブティーを、振る舞ってくれます。
お礼を言って、ありがたく頂きます。
常温のハーブティーですが、一口飲んだあとに、清涼感が、口のなかに広がります。
「ハーブティーも美味しいわ。これは少し珍しいハーブ、レモングラスも入ってるわね」
侯爵家ご令嬢のニコも、感心しています。
僕たちの他に、お客さんが居ないのもあり、ゆっくり食後の会話を楽しみます。
はからずも満足のいく休憩となります。
カウンターでエリーゼが支払いを済ませます。
カウンターのすみに、袋詰めのバタークッキーが売られています。
「女将さん。このバタークッキーも、お店で作ったものですか」
僕は、にっこり質問します。
「うちはね、全て旦那が作ってるのさ。このバタークッキーもね。私はただの看板娘さ。ガッハハ」
「そうでしたか。このお店なら、バタークッキーも美味しいのは確実ですね。可能な分、売って頂けますか。何個でも欲しいです」
「そうかい、嬉しいこと言ってくれるね。この村じゃ人がいなくて、あまり売れないからね。あんた!バタークッキーの在庫はあるんだろうね」
バタークッキーを買占めて、みんなでわけます。
フォルトゥーナ号が、駆け出します。
御者席と車内には、バターの香りが漂います。
「味は期待せずに、ちょっと休憩のつもりだったけど、良いお店だったわね。食事も人柄も」
ニコが言います。
車内の三人が頷きます。
「そうだね。旅には、思いがけない出会いと発見があるよね。こうして美味しいバタークッキーという、旅の仲間も増えたしね」
〜〜〜
まだ明るいうちに、ジェノバの市街地に入ります。
馬車の速度をおさえて、街を眺めながら、中心地を目指します。
車内でも感じられる、潮の香りがジェノバ到着を知らせてくれます。
中央広場、フェッラーリ広場に到着します。
馬車を停め、広場に降ります。
皆各々、身体を伸ばしながら、眼下に望むイグニア海を眺めます。
湾曲したジェノバ港と、数えきれない船の往来に、言葉を忘れます。
僕は、広場をクルリと一周見渡して、隣に立つニコにささやきます。
ニコが笑顔で頷きます。
「皆んな、今日はあそこに観える、一番大きな宿に泊まろう」
フェッラーリ広場沿いに立つ、一番豪奢な建物を指さし言います。
皆が頷き、馬車に乗り込みます。
『ホテル ジェノバ・リゾート』
フォルトゥーナ号を預けて、海が観えるシャワー付きの個室を、六部屋とります。
一人ひとりに、部屋の鍵と、夕食用の食事券を手渡します。
「皆んな、まだ早い時間だけど、この後は自由時間にするよ。夕食は各自、宿の食堂で好きな時間に食べて。街を散策してもいいし。寝て過ごしてもいいから。明日の朝七時に食堂に集合ね」
皆、割り当てられた部屋に入ります。
僕も、ニコと言葉を交わし部屋に入ります。
ベッドにその身を預けます。




