第十八話 ベニス⑥
僕は今、ベニス中心部を流れる大運河近くの、小物雑貨屋さんに来ています。
以前も訪れたお店です。
『天然のマグロ女』
面識はありませんが、明らかに店長だと思う人がいます。
満面の笑みで、こっちにきます。
エリーゼが僕を守ろうと前に出ます。
「エリーゼ、大丈夫だから」
「あらっ、かわいい。ひょっとして噂のヤングボーイ、トキン・ヴェネート様かしらん」
「こんにちは、僕はトキンです」
「やっぱりん。私はマグロン、よろしくねん」
と言って、バチ〜ンとウインクします。
「うん、よろしく。マグロンちゃんは、シェーナ街のバニーちゃんと姉妹ですか」
「やっぱり知ってるわよね。妹は目立つからん」
いや、貴方も同じ見た目、同じインパクトです。
という言葉は飲み込みます。
「『野生のバニーガール』でも、お世話になってたんです。しばらくベニスに滞在する予定です。マグロンちゃん、よろしくね」
「いつでも大歓迎よ。ゆっくり見てってねん」
マグロンちゃんが離れます。
エリーゼが警戒を解きます。
店内をゆっくり見て周ります。
かわいいアイテムを見つけます。
「不良品・処分価格」と赤札が付いています。
鑑定してみます。
鑑定結果
「陶器の置き物」
不良品(欠け)
【癒し蛙の陶置物】
清浄+0 (0/20%)
疲労回復+0 (0/20%)
8,000ゴルド
これはお買い得品です。
効果も凄いですが、とにかく可愛いのです。
カエルが右前脚のヒジを曲げて、それを枕に横になっているのです。
ぷっくりしたお腹のフォルムに癒されます。
カエルスキーには、たまらないアイテムです。
左後脚の先が五ミリほど欠けてます。
欠けた脚先も、横に置いてあります。
僕は、欠片も持って会計に向かいます。
エリーゼが8,000ゴルド(銅貨八枚)を支払います。
エリーゼには、100万ゴルド(金貨10枚)ほど、常に持たせてます。
ゴンドラに戻り、アイテムが入った、麻袋に手を入れリペアします。
鑑定結果
「陶器の置き物」
良品
【癒し蛙の陶置物】
清浄+20%
疲労回復+20%
400,000ゴルド
欠片は消えて無くなりました。
やはり【古代の逸品】は一つしかリペアできないようです。
このカエルの置き物は、お店に置くことにします。
訪れた冒険者さんが、少しでも元気になったらと思います。
次の小物雑貨屋さんに向かいます。
賑やかな大運河をしばらく進みます。
進路を北に変えます。
路地裏の細い水路を北上します。
日陰に入り、冷やっとします。
エリーゼがゴンドラを留めます。
ベネチアングラス専門店
『ピッコリーノ・グラス』
運河側から店に入ります。
この店は、石畳の通りにも面しているらしく、出入り口が二箇所あります。
運河が通るベニスでは、よく見る造りになっています。
ガラス製品の専門店だけあって、店内がきらきら輝いて見えます。
品揃えは、圧倒的に食器類が多いです。
次いで、装飾置き物、花瓶、照明・ランプあたりです。
シェーナ街の刺繍屋さん白猫店長なら、アイテム別ではなく、色別に陳列したでしょう。
そう言えば、あの【縫針】の件は、どうなったのか聞いてないです。
今度、レオナルド様に確認します。
「いらっしゃい。私、看板エルフ娘のピコよ。こう見えて五歳なの。今は店番中だから、ピコが店長よ。よろしくね」
背後から、不意に声をかけられます。
情報過多ではありますが、振り向いて、こちらも名乗ります。
「こんにちは、ピコ店長。トキンです、僕も五歳です」
目の前には、チューリップ柄のエプロンをした、エルフの女の子がいます。
「こう見えて」と言ってましたが、どう見ても五歳前後にしか見えません。
この子からは、危険な匂いがします。
「トキンね、よろしく。この看板エルフ娘、ピコ直々のディープなマンツーマン接客は必要かしら」
「ディープなマンツーマン接客?」
「もう、トキンったら子供ね。見たらわかるでしょう。ピコのピチピチ豊満わがままボディを密着させて、手取り足取り接客しながら、店内を一周するスペシャルコースが、たったの10万ゴルドってことよ。言わせないでぇ」
「僕、用事を思い出したから、またねピコ店長」
さっさと店を出ます。
エリーゼも急いで離岸します。
「トキン様、申し訳ございません。店長がいる正確な日時を、リサーチしてから再訪しましょう。確かこの時間はいたはずなのですが」
「うん、そうだね。面白い子だけどね」
エリーゼがゴンドラの速度を落として言います。
「真偽の程はわかりませんが、
建国物語【王様と時の扉】に出てくる七傑の一人、女エルフのエルフィーナ様が、混乱の毒にかかって以来、
現在に至るまで王国内のエルフには、若干の混乱状態がみられるとされています」
「霊峰ヴェットーレからの下山途中、余りの空腹に耐えかね、猛毒の「混乱ゼンマイ」を食べたのではないか。って言う話だよね。本当かな〜本当の気もするな〜」
大運河に戻ります。
「トキン様、少し早いですが、お店の開店準備にしますか」
「う〜ん、まだ早いよね。そうだ、この近くにパンナコッタが美味しいお店あったでしょ。そこでお茶してからにしよう」
「カフェ『浮気の境界線』ですね。いきましょう♪」
エリーゼが嬉しそうです。
パンナコッタとブドウジュースを二人分、注文します。
「ここのパンナコッタは、サーラが作るパンナコッタと、同じ味がして大好きなんだ」
エリーゼがニコリと笑います。
「トキン様、この店はサーラの実家です。今はサーラのお姉さんが、お店を切り盛りしています。この通り大繁盛してますが、レシピは血族だけしか知らないそうです」
「そうだったの。それなら美味しいのも納得だよ」
エリーゼとパンナコッタを堪能して、僕のお店に向かいます。




