第83話 【威風堂々の凱旋】城下の熱狂と無能家老の没落
出仕停止処分が解け、俺たちは実に久しぶりに我がホームグラウンドである那古野城への帰還を果たしていた。
先頭を行くのは俺と、俺に寄り添う嫁候補たち――帰蝶、直子、ゆず、吉乃の美女四人。そして最強の英豪家臣団と、精密射撃を誇る五十人の根来衆。さらに牛車に揺られる養徳院とそのお供たちを従え、堂々たる大行列で那古野の城下町へと足を踏み入れた。
迎えてくれたのは、街道を埋め尽くすほどの領民たちの盛大な大歓声だった。
那古野の城下でも大浜の戦いを題材にした「信長二十四人衆」の流行歌が大流行していることは、忍者達の報告で知っていたが……それにしても想像以上の盛り上がりだ。まるで城下全体が祭りの熱気に包まれている。
俺たちは一新された馬具を纏う神馬スレイプニルハーフに跨がり、大通りをゆっくりと進む。沿道の民衆から押し寄せる歓声と熱気が肌を刺した。
「信長様ぁぁぁぁぁッ! お帰りなさいませぇぇぇッ!」
「信長様! お命が無事で本当によかったッ!」
あちこちから上がる歓声に、俺は手綱を握りながら軽く手を振って応える。そのたびに黄色い悲鳴と歓声が爆発した。
「見ろよ! あれが噂の『天下御免の傾奇者』だぞッ!」
「すっげぇぇ! あれが歌に詠まれた長い朱槍か……!」
「慶次様ぁぁッ! こっち向いてぇぇッ!」
身の丈を越えるド派手な朱槍を肩に担ぎ、悠然とスレイプニルを操る滝川慶次。流石は傾奇者、民衆の視線を独り占めにして不敵に笑っている。
「おい、あの人が単眼坊主の鉄の棒だッ!」
「一目で分かる威圧感だな……杉谷善住坊様だッ!」
片目に眼帯を巻き、巨大な鉄棒を背負った善住坊の巨体は、どこへ行っても一目瞭然だ。
「物干し竿ってあの長刀のことか!?」
「小次郎様ぁぁぁ! 格好いいぃぃッ!」
「諸岡一羽様はどこぉ!?」
「富田勢源様ぁ! 素敵ぃぃッ!」
「愛洲小七郎様ぁぁぁぁッ!」
それぞれの推し武将の名を叫ぶ民衆の声援が飛び交う。だが……いくら耳をすましても池田恒興の名を叫ぶ声援だけが聞こえてこない。歌の歌詞でどう扱われているのか、後でじっくり確認するとしよう。
熱狂する城下町を抜け、那古野城の正門へと到達した。
重厚な城門の前で、苦虫を噛み潰したような物凄い顰め面で俺たちを出迎えた男がいた。失脚した元筆頭家老――林秀貞だ。
秀貞の苦々しい姿を確認し、俺たちは一斉に下馬した。
「フン……信秀様より筆頭家老の任を解かれましたゆえ、引き継ぎのためにこうして待っておりましたぞ。まさか貴様のような大うつけが、再びこの那古野城へ堂々と戻ってくるとは思ってもみませんでしたな」
皮肉たっぷりに吐き捨てる林秀貞。俺は鼻で笑い、冷ややかな視線を送った。
「ふっ、俺が那古野を離れていた間に、城下は随分と活気を失って寂れたようだな。ろくに政治も動かせなかった奴が大口を叩くなよ。……おい、引き継ぎはこの者たちに任せる」
俺は秀貞の嫌味を真っ向から皮肉で返し、背後に控えていた海野棟綱と真田幸隆の二名を前に出させた。
「海野棟綱だ。引き継ぎの帳簿の検分、よろしく頼むぞ」
「真田幸隆と申します。どうぞよしなに」
二人が粛々と挨拶を述べると、林秀貞は鼻で笑い、露骨に侮蔑の眼差しを向けた。
「ふん、何処の馬の骨かも分からん田舎侍どもが、尾張国の筆頭家老の重責や複雑な政務を理解できるのかな?」
明らかな煽りと挑発。すると、車椅子の上から天才軍師・山本勘助が片目を鋭く光らせ、一歩前へ躍り出た。
「虚言を吐くな、戯けがッ! 棟綱殿は清和源氏の流れを汲む海野氏の直系であらせられるぞ! かの源頼朝様より『弓馬四天王』と称えられた英傑・海野幸氏公の正統なる子孫だ! 貴様のごとき小物が無礼を口にしてよいお方ではないッ!」
勘助の一喝と眼力に、林秀貞は「ひぃっ!?」と悲鳴をあげて退散するように後ずさった。
「よ、酔っ払いの軍師が何を血迷った戯言をッ! そんな名門の御仁が、このような大うつけ者の家臣に収まるはずがなかろうッ!」
「おい……言葉に気をつけろよ?」
ドスの効いた低い声と共に、海野棟綱が凄まじい威圧感を放って前へ踏み出した。
「同じ信秀様の家臣とはいえ、織田家の嫡男であらせられる信長様への侮辱は断じて看過できん! 控えよッ!」
棟綱は迫力に満ちた顔で林秀貞を睨みつけ、腰の刀の柄にガチリと手をかけた。
それだけではない。俺の後ろに控える新免無二や佐々木小次郎、滝川慶次ら「信長二十四人衆」の豪傑たちが、一斉に殺気と怒りを剥き出しにして秀貞を射殺さんばかりに睨みつけたのだ。殺気の渦に巻き込まれ、秀貞はガクガクと膝を震わせ、顔面を蒼白にさせている。
(……ここで林秀貞を斬り捨てたら流石に不味いか? いや、史実でも結局は後で追放する奴だしなぁ……)
俺がそんな物騒な思考を巡らせていた、その時――。
「まあまあ、秀貞さんも棟綱さんもそれくらいにしなさいなぁ。今ここで死んでしまっては、大事な引き継ぎもできなくなってしまいますわよぉ?」
最後尾の牛車から降りてきた養徳院が、ほんわかとした優しい笑みを浮かべながら間に入ってきた。
彼女独特の温かい雰囲気に包まれると、場のピリついた緊張感が一瞬で氷解し、家臣たちの殺気も自然と消え去っていく。
養徳院の仲裁によってその場は収まり、林秀貞、海野棟綱、真田幸隆の三名は引き継ぎのために別室へと向かい、俺たちは本丸へと入城した。
――そして数日後。
別室での引き継ぎと精査を完全に終えた海野棟綱が、呆れ果てた表情で俺のもとへ報告にやってきた。
「信長様、林の野郎ですが……政務など大したことはやっておりませんでしたぞ。面倒な行政や計算は、すべて下の文官どもに丸投げしておりました」
続いて、真田幸隆が口元に不敵な笑みを浮かべて補足する。
「ええ。林は引き継ぎの際、やたらと嫌味っぽく『尾張国の独自の流儀』とやらを説明しようとしてきましたが……棟綱様がすでに尾張の制度を完璧に理解されており、林が言い出す前に全て先回りして指摘されました。林の奴は目を丸くして絶句し、最後は借りてきた猫のように何も言えなくなっておりましたよ」
「……なるほどな」
前筆頭家老・林秀貞。口ばかりで実務能力はゼロ。
やはりこの男、我が陣営には一ミリも必要ないな。




